聖騎士襲来③
約束の時間から十分後。
俺は遅れながら到着すると、ベンチに座って目を瞑るシェンの姿を視界に納めた。
「悪いシェン、遅くなった。まだこの村の地理に疎くてな」
「おっ、来たね。全然気にしなくていいよ。私も気持ちは分かるし。......じゃあ、さっそく始めようか」
遅刻に対して特に怒っている様子も見せずに、軽くお尻をはたくと広間の中心へ歩を進めた。
村の広間というのは、通行人の最も行きかう場所でもある。
見慣れない聖騎士と勇者である俺が対峙していたら、嫌でも目に留まるだろう。
それに加えて、決闘が行われることをどこぞのシスターが言い触らしていたらしいしな。
いつの間にか広場を囲むように人だかりができていた。
「観客もいっぱいで盛り上がってきたね。大丈夫?緊張してない?」
「正直手足の震えが止まらないな。手加減してくれてもいいんだぞ」
「ふふっ、冗談言えるくらいには平気ってことだね。よし、私も本気で行くから遠慮しなくていいよ!」
シェンは上機嫌に言い放つと、腰に下げていた騎士剣を鞘から抜いた。
両手で構え、深く息を吸う。
こういうのは木刀とかでやるものじゃないのか。
想定外の事態に慌ててつつも聖剣を抜き、中段に構えた。
気を抜けば怪我じゃすまないかもな。
心臓の鼓動が速くなっていくのを感じながら、注意深く相手を観察する。
騒がしい外野と対照的に、両者の間には沈黙が落ちていた。
シェンの膨らんだ肺から空気が排出され、彼女の姿勢が一瞬低くなる。
それを合図に。
「.....ふっ!」
俺は脚に意識を集中すると、瞬時に眼前まで距離を詰めた。
その勢いのまま剣を振りぬき.....
カンッという金属音とともに、綺麗に軌道を逸らされた。
無駄のない足運びで移動したシェンは、体勢のくずれた俺に向けて剣を振り下ろす。
「くっ!!」
なんとかタイミングよく剣を合わせるも、大きく後ろへ後退させられる。
次の瞬間にはシェンは眼前に迫っており、息つく暇もなく攻撃を加えてきた。
避けて、弾いて、ローリングして、受けて受けて受けて受けて......
———気が付けば、俺は防戦一方を強いられていた。
「ほらほら、ちゃんと防がないと!当たったらかすり傷じゃすまないよ!」
「......っ!」
勇者の力を得たとはいえ、俺は力まかせに剣を振るだけ。
素人ながらに必死に剣を動かし、攻撃を受け続けている。
一撃一撃が重く、全身に振動が伝わってくる。
間違いない。一手間違えれば死ぬ。
ちらとシェンの表情を窺うも、息一つ切らさず涼しい顔をしていた。
そこには先ほどまでの友好的な彼女はいない。
ただ目の前の相手を倒さんと、無心で剣を振るう聖騎士の姿がそこにはあった。
いくら動きがスローに見えるからと言って、シェンの剣速も常人の域にはない。
だんだん捕らえきれず勘だよりな動きを強いられてきた。
やはり、剣術ではシェンに及ばないか。
一応想定していた事態に冷や汗が滴るも、歯を食いしばって剣を受け流し、思考を切り替える。
このままでは敗北するのも時間の問題だろう。
彼女に連れられ、修行漬けの毎日が始まってしまう。
だが、何も手がないわけではない。
何も戦闘力だけが勝敗を分けるわけではないことを教えてやろう。
俺は力任せに剣を振りぬき、シェンと一瞬距離を放すと。
「......っらぁ!!」
思いっきり地面に聖剣を突き刺した。
突然の奇行に呆気にとられたシェンは苦笑すると。
「急にどうしたのかな。そんなとこ攻撃したって、私には」
効かない。そう言い放つのと同時に、周囲から幼く大きな声が響いた。
「勇者様~!頑張れ~!!シュトゥーア教徒なんかに負けるなぁ~!!」
「.....え?」
たかが子供の声援一つ。そんなものでシェンの心が大きく揺さぶられることはないだろう。
しかし、それを皮切りに二つ三つと増えればどうだろうか。
「......っ!そうだそうだ!シュトゥーアなんて血も涙もない機械集団、ぶっ飛ばしちまえ!」
「あの時の恨みを晴らしてくれ!勇者様!!」
「僕のママを返してよ!許さない、許さないぞシュトゥーア正教会!!」
次々と飛ばされる野次に、シェンの顔色がだんだん青ざめていく。
「な、なにを言ってるの?私、なにかした......?」
言っている意味がわからないと、周囲からの悪意の籠った視線に狼狽え始める。
もう一押しだな。
「知らないのか?ここの村人がシュトゥーア正教会に受けた非人道的な行為を」
「え?なに、言って....そんなこと、今どうでもいいじゃ」
「どうでもいいか。確かにどうでもいいかもしれないが、少なくともシェンはシュトゥーア正教会所属の聖騎士だ。自分の所属する団体が犯した罪を知る義務はあると思うが?」
心当たりがあるのか、唇を震わせて鋭く睨むシェン。
やはりこれは有効打になりえそうだ。
「悪いが、勝手に話させてもらう。ここの村人たちは、元は旧シュラーフバッハ村にいたそうだ。だが、魔人の襲撃にあって移住を余儀なくされた。そして行き着いた先がここ、ネオシュラーフバッハ村だそうだ」
「そ、そうなんだ......でも、それがどう関係するっていうの?まさか、私たちが魔人をけしかけたとでもいうつもり?」
「いや、違う。問題は移住の際、この村にたどり着くまでに、大勢の村人が死んだことだ」
先ほど宿屋で得た情報。それを、最も効果的な場面で提示していく。
「.......どういうこと?」
「簡単な話だ。村を襲撃され、碌な食事もとれないまま何日も歩き回った。その結果、栄養失調で死人が出始めた。......そんな極限状態の時、シュトゥーア正教会の人達にあったそうだ」
「......」
その先は予想できると、俯いたまま言葉を発しない。
「シュトゥーア正教会は村人たちを助けなかった。水も食料も豊富に持ち合わせていたにも関わらず、だ。確かに優しさを当然のものとして強請るのは間違っていると思うが、それでも助けられる命を、彼らは救わなかったんだ」
「それは.......でも、そんなこと私に言われても困るよ。もしそこにいたのが私なら、食料を分け与えてた。だから私を責めるのはお門違いだよ」
「ああ、シェンは悪くない。だが、シュトゥーア正教会に所属していることもまた事実。わかるだろ?」
どう言葉を発したらよいものか、胸中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたシェンは、苦し気な表情でこちらを見てくる。
観客はこれでもかとシェンを責めたて、挙句の果てには石を投げるものまで現れた。
こつん、こつんと後頭部に投げ込まれ、視覚的にもシェンが悪人であるかのように思わせられる。
ここまでは予定通りだ。
シェン自身の罪ではないのにもかかわらず、大衆はまるで彼女が極悪人かのように攻め立てる。
今朝の朝食の時、彼女に向けられる視線、態度からもわかっていたことだが、相当シュトゥーア教徒は嫌われているらしい。
おそらく本人さえも、自分が咎人であるのでは錯覚しているのではないだろうか。
さて、次のステップに移行するか。




