第12話 指輪で填める支持者への勧誘
× × × 09
そうして舌鼓を打つ晩餐を終え。
宿酒場を営む主人たちに食器類を片付けてもらった後。
「それでは、導師の支持者について話しましょう――と、行きたいところなんすけど……」
「あはは。いや~……、こんなに美味しい料理と冷たいビールを振る舞われては、
大抵の人は酔い潰れてしまいますよ」
パウルの言う通り、リヒトとレイラ、パウルとオリヴァーを除く4人が、
寝息を立てていたり、船を漕いでいる状態となってしまっていた。
「それにしても導師様と同行者様はお酒にお強いのですね?」
「いえ。俺なんかは導師となってから女神様の加護で酔えなくなってしまったんすよ」
「おやまあ!」
「そんな俺とは違って、レイラは体質なんだよな?」
「はい。ミルテ村では、子どものときから薄めたビールを飲むんですけど、
酔う? という感覚を、味わったことがないんですよね」
「そう言うパウルさんとオリヴァーくんは、やっぱり商人だからっすか?」
「ええ。なにかと酒の席で商談が進んだりしますから、
僕なんかは鍛えてもらった方なんですよ。けれど、オリヴァーの方はと言うと」
「オイラも酔わない体質っすよ。逆に酒飲んで馬鹿騒ぎできる連中が羨ましいっすよ」
「この通り……、商人としての資質は充分なんですけどね」
営業苦笑いを浮かべてみせるパウルに、オリヴァーは苛立たしげに話を促した。
「それよりもご主人、こんな状況でどうするんすか?
導師様も人が悪いっすよね? 酒で酔わせてから契約を結ぼうだなんて、悪質っすよ」
「オリヴァー!? キミってやつは……、席が離れてなかったら殴ってるところだぞ!?」
「まあまあパウルさん、彼の言う通り事実ですから。
レイラも、気持ちは有り難いが席に座り直してくれ」
殺気だったパウルとレイラが同時に席を立ったので、リヒトは二人を宥めたのだった。
「オリヴァーくんの言う通り、これでは話にならない。
けれど、誰かが酔い潰れてしまうことさえも、予定の内の一つだったんだ。
まあ、一見胡散臭く見えるかもしれないが見ていてくれ」
リヒトは、タネも仕掛けもございませんとばかりに
両手になにも持っていないアピールをしてから、
片手を上げ、もう片方の手を受け皿のようにして、
「搬出」という一言で、アイテムボックスを開いたのである。
すると、上げていた方の手から、受け皿の手へと『一つの指輪』が現れ落ちたのだ。
「おお~~!!」
「なんだ、ただの手品じゃないっすか。旅芸人のオハコっすよ」
「その通り、指輪を出したこと自体は手品みたいなものさ」
拍手までしてくれたパウルと、オリヴァーの反応は対照的であった。
レイラの怒りのボルテージがぴきぴきと蓄積していく。
「しかしこの指輪を見てくれ。指に填めるには輪が少し広いだろ?
どうぞパウルさん、確認してみてください」
「おぉ、これはどうも」
パウルは指輪を受け取ると目を見開いた。
「なんとまあ……! ダブルV字型なんて……。しかもこれ、填まってるのダイヤですか?」
「ええ。元の商品はガラスだったんですけど、生成の過程でダイヤになったんすよ」
「ガラスからダイヤに……!? と言うか? こんな精緻な作りの指輪……、
生まれてこの方、僕は見たことがありませんよ。
ただそれだけに……、指輪にしては幅広な点が惜しい……」
「ではそれを、人差し指にでも通してみてくれませんか?」
「はぁ……? こうですか?」
こういうとき、なんの疑いもせず指示に従ってくれる人は有り難い。
そうしてパウルが人差し指に指輪を通すと、
キュッと引き締まって、丁度良いサイズにフィッティングが行われたのである。
パウルとオリヴァーの時が一瞬だけ止まった。
「オリヴァー……、今の見てたかい?」
「見てたっす……。ヤバいっすねソレ……」
「驚いていただけて何よりです。
ですがその指輪の本質は、サイズを変えられることじゃないんすよ」
「そうなんですか?」
「ええ。少し確認してみてください。
パウルさんはもう、おわかりになられていると思いますよ? その指輪の使い方を」
「え? 指輪の使い方を……? ――――!!?」
唐突に理解に至って、パウルは冷や汗をだらだらと掻いた。
「大丈夫っすかご主人!?」
「待て、平気だ……。そこで座っててくれていい……。導師様――、この指輪は……」
「あなた方が来るとわかってから、クレセト様の命で事前に生成しておいた物です。
一応、制限付きなんですけど、
それは、あらゆる回復・補助魔法と、生活魔法を行使できる『女神の指輪』なんですよ。
世間で言うところの神器っすね」
宿酒場の店内を、いっとき、沈黙が支配した。
「馬鹿げたこと言ってんじゃねえっすよ! そんな話信じられるわけねえじゃないっすか!」
「待てオリヴァー……、この話はどうやら本当のようだ……」
「ご主人まで何言ってるんすか!?」
「だから待て……、今すぐそれを証明する……。
この指輪を貸してくださったのはつまり、
僕が酔い覚ましの魔法を使って、4人を起こせばいいんですね?」
「そうです、さすがは商人のパウルさんだ、呑み込みが早い。よろしくお願いします」
「わかりました……」
パウルは深呼吸してから、2回拍手をして声を掛けた。
「さあさみんな起きて? これから大事な話をするよ?」
パウルがしたのはそれだけのことだ。
だというのに、ハンナもエルンストも、テオバルトもユリアーネも、
4人が同時にパチリと目蓋を開き、上体を起こしたのである。
「あら、わたくし……、酔い潰れていた……にしては、スッキリしていますわね?」
「申し訳ございません旦那様……、少し……記憶が飛んでしまっております」
「これは一体……? いつの間にテーブルの上を片付けられたんで?」
「なんだか不思議な感じがするな? 気持ちよく酔い潰れてたハズなんだが……?
その割には身体に酒が残っていない……何故だ?」
皆の赤らんでいた顔もすっかりシラフに戻った。
オリヴァーは座っていた椅子をガタつかせ、腰を抜かしたかのように狼狽えた。
「う、ウソだぁ……! こんなのっ、あり得ないっすよ……!」
「でも現実だ……。実際に僕は皆を起こすことができた……。
しかもこれは……、――そうか!
制限付きと言うのは、連続で魔法を使うことができないということなんですね!?」
「正解です。正確には、クールタイムというのがございまして。
効果の強い魔法を使うほど、次に使えるまでの時間が長くなるんすよ」
「へ~~! と言うことは……、使いどきが肝心なんですね!
その制限でバランスを取って、なんでもできるようにはしていないと?」
「そうなんすよ! や~、やっぱ商人の人は違うな~」
「良かったですね、リヒトさん」
「ああ! 理解が早くてホント助かるよ――――、搬出」
そう言ってリヒトが、似たような指輪を更に五つも出してみせたのでパウルは固まる。
そんな彼の様子にリヒトは構わず小声で耳打ちした。
「この二つが、
あらゆる攻撃魔法とあらゆる回復・補助魔法を行使できる『女神の指輪+』です。
これをテオバルトさんとユリアーネさんに。
残りの三つはパウルさんのと同じ指輪なんで、起こした4人に説明をお願いできますか?」
「ええっ……? 僕がですか?」
「はいっ。やはりこういうときは、実際に使ってみた人が証言してくれると
より相手に伝わると思うんすよね……。お願いできませんか?」
リヒトの懇願にパウルは悩んだ。
だが、オリヴァーの反応からするに、同じパターンになることは目に見えている。
それなら、導師側でない人間が話して聞かせた方が信じてもらい易い。
妙にリヒトに突っかかるオリヴァーの態度に、レイラがだいぶ我慢していたのもある。
実は、目に見えて殺気が高まっていたので、コレ以上はさすがに危険だ。
今でさえも、まさかリヒトさんの頼みを断る気じゃねえだろうなお前という目をしている。
パウルからしても地味に怖い。
「…………わかりました。引き受けましょう」
「ありがとうございます!」
「良かったですねリヒトさんっ」
「ああ! 実に有り難い」
レイラの機嫌も直ったようだ。
とは言えパウルは、指輪を填めてしまった時点で予感していたのだ。
これだけの力を任されるからには、それだけの大役が待っているということを。
× × ×
タダより高い物は無いと、指輪の力を恐れたオリヴァーは填めてみる事すら辞退し。
パウルの誘導にまんまと乗せられ指輪を填めてしまった4人は、
自分がもう〝魔法を使えると理解している感覚に〟衝撃を受けていた。
例えるなら、習った覚えもないピアノで難しい曲を弾けると急に自覚したような感覚だ。
指輪を填めた時点で魔法の使い方がインストールされるわけだから戸惑って当然である。
中でも慈善冒険者ペアのテオバルトとユリアーネは複雑だった。
リヒトから促され、肌身離さず携帯していた『冒険者カード』を確認してみると、
冒険者ランクの刻印が、DからBへと変貌していたからである。
それは冒険者カードが魔導具の『登録機』によって生成されていることから、
カード自体が〝冒険者の所持する魔導具を判定している〟からなのだ。
つまり、今の二人なら高ランクの依頼を引き受けることができる。
無論それは導師の支持者となることに同意したのならばの話だが。
それはさておき、やはりと言うかなんと言うか。
長年、慈善冒険者を拗らせてきた二人の反応は、やはりそう素直なものではなかった。
「神器級の指輪を手にして、一足飛びでBランクか」
「嬉しいやら悲しいやら、有り難いのか不服なのか……、とても複雑な気分だ」
「まあ、お二人ならそう仰るだろうと、クレセト様もわかってたんすよ。
だから――、女神の指輪を生成する際に、俺にこう指示したんです……。
固有効果に『魔導具判定』を付け加えなさいと」
そこまで言われても、二人にはピンと来なかったらしい。
テオバルトは眉根を寄せた。
「魔導具に、魔導具判定なんか付けてどうするんで?」
その理解の悪さにレイラが膨れた。
「まったくもお! テオバルトさん達はリヒトさんの事を全然理解してないじゃないですか」
「いや……? そんなつもりはないんだがな?」
「わかってないですよ! 村を案内したときも、露天風呂のときも!
リヒトさんは散々言ってたじゃないですか」
「そう……? だったか?」
「私にもわからん……。何だ……? ヒントでもあったか?」
腕を組み、首を傾げる二人に対し、レイラの瞳がどんどん冷たくなっていく。
「では訊きますが……、リヒトさんは一体なんの導師ですか?」
「それはもちろん……アレだろう? アレ」
「ああ、もちろんアレだ。アレの導師だ!」
「あのお二方~……? あんまりふざけると同行者様がお怒りになられますよ?」
気遣ってくれたパウルへ、レイラはニコやかな笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ、気にしないでください。もし本当にお忘れなら、
わたしがお二人の頭をド突いて思い出させますから」
「狂信者すぎるだろ!? 冗談だ冗談……!」
「憶えてる! 憶えてるとも! リヒト殿はダイソアーの導師なのだろう!」
「そうですよ……。それならどうしてわからないんですか?」
尚も首を傾げる二人に、リヒトは答えてやった。
「俺が生成できるのは、あくまでもダイソアー品なんですよ。
だからそもそも女神の指輪は魔導具じゃない。
つまりその冒険者カードは、指輪の魔導具判定〝だけに〟反応して、
あなた方本来の実力を示してるんすよ」
テオバルトとユリアーネが驚きに目を見開いたのでリヒトは説明を続けた。
「もっと正確に言えば、魔導具の強さでランクがかさ上げされてる冒険者とは違い、
お二人のカードには指輪の強さが反映されてないんですよ。
言うなれば、真の実力が示されていると言っても過言ではないでしょう」
顔を見合わせたテオバルトとユリアーネは、改めて自分たちの冒険者カードを眺め。
今の今まで漂わせていた納得のいかない空気感を、
ふ~……と息を吐き出すことで吹き飛ばしたのだった。
「くさくさとした態度を見せてしまって申し訳ない……」
「これでは実質Dランクと一緒だな……。
自分たちの実力を自負できていないから、小者じみた振る舞いを取ってしまう」
テオバルトは、テーブルにひたいが付きそうなほど深く頭を下げてみせた。
ユリアーネもそれにならう。
「そして済まないリヒト殿……。
俺達はきっと……、あなたに対してもやっかんでいたんだと思う……」
「せっかくクレセトさまに目をかけてもらったのに、恥ずかしいばかりだ……」
本気で反省しだした二人に、リヒトは首を振ってみせた。
「そんなことないですよ。別に他人を羨んだっていいじゃないっすか。
俺だって、別の誰かが導師になってレイラの隣に立っていたら、やっかんでますよ」
カッと赤面したレイラは隣のリヒトを(何言ってんのこの人!?)とばかりに凝視した。
「だから、そうやって自分たちのことを内省できるお二人だからこそ、
クレセト様も目をかけてくださってるのだと思いますよ」
「そうか……。だといいんだがな……」
「なに、大丈夫さ。反省はしたんだ。これからはBランク冒険者としての自覚を持てばいい。
そうすればきっと、クレセトさまの期待にも応えられるだろう」
「そうだな……。他人を羨んで腐るのもいい加減に卒業するとしよう」
「――となれば、Dランク冒険者だから支持者の話を断るという線は無くなったわけだな」
「違いない」
二人は改まってリヒトへと向き直った。




