第11話 ビールとパンでわからせる
× × × 08
枯れていた公衆露天風呂は、村を出てすぐ、信託の森へ向かう脇道に存在していた。
長年うち捨てられていたのは湯が途絶えたから。しかしその理由は、
人が良いミルテ村ながらも年々女神に対する信仰心が薄まっていったことで、
クレセトによる土地の加護が途絶えてしまい、
それに伴って湯が止まってしまっていたのだ。
そんな理由から、信仰を取り戻した今のミルテ村であれば、
ちょちょっと掘るだけで湯が湧き出ることをクレセト本人から教えてもらった為、
リヒトを主体とした村の一同は、公衆露天風呂を再建することにしたのだ。
誰でも気軽に入れる露天風呂を用意できれば、村の衛生面でも良し。
信徒が訪れる聖地としても、物珍しさに客が訪れる観光地としても良し。
なによりも、導師の支持者とならん者たちが村を来訪する予定だと聞かされれば、
これはもう『聖地ミルテ村』にとっての初のお客様となる。
であればおもてなしせねばと、村の皆は全力で露天風呂の整備に尽力したのだ。
その甲斐あって、リヒトが案内した男性陣側の男湯も、
レイラが案内した女性陣側の女湯も、それはもう好評を得ることとなった。
リヒト側は、
温泉を掘り直すのに使った拡大解釈品『ボーリングシャベル』の解説から始まり。
風呂と言えばそう――、ダイソアーには浴室周りの便利グッズが揃っているからには、
露天風呂に生成して用意した数多のバス用品やバスグッズを紹介しまくったのである。
湯桶に風呂イス、ボディータオルにバスタオルから、その他諸々なんでもござれだからだ。
しかし、ひとっ風呂浴びるのに何故そんな尺を使ったのか?
理由は三つ。
1.村人たちが晩餐の支度をする時間を稼ぐ為。
2.ダイソアー品がこの異世界でどれだけ優れているかをパウル達に知ってもらう為。
3.レイラから、くれぐれも先に上がってしまわぬよう釘を刺されていた為。
特に3番が重要で、女性二人に実際の商品を試してもらう時間が必要だったからだ。
何故ならばダイソアーでは、
シャンプー、コンディショナー、ボディソープまでもを取り扱っているからなのだ。
いやいや、その程度の商品で何をそんな大袈裟なと思われかもしれないが、
税込み110円や220円の商品でも、
この異世界でリヒトが生成すると、最強・最高品質になるメリットがある。
言ってしまえば、110円の商品が現代世界の最高級品クラスとなるのだ。
それは実質、中身の成分が変容しているとさえ言える。
そんなボディケア用品を一度でも使ってしまったら最後、大抵の人間が虜となる。
故に、たった3人しか居ないハズの女湯が、
とんでもなくかしましくなったのは当然の帰結と言えよう。
レイラがハンナとユリアーネの背中を流したり、髪を洗うサポートもした甲斐あって、
湯から上がった二人はそれはもう上機嫌であった。
パウルとテオバルトも、
それぞれのパートナーがしっとり綺麗になった姿には、
思わずときめき直してしまった程であった。
× × ×
ミルテ村がいくら女神の恩恵に預かっているからといって、
公衆露天風呂でもてなされ、果ては晩餐でもご馳走になってしまうのはどうなのかと。
パウルたちは食料も含めた様々な品を寄付しに来た手前。
届けようとしていた品々が、導師の奉仕によって殆どが不用となってしまったが、
食べ物であればまだ提供のし甲斐があるでしょうということで。
晩餐会場の宿酒場へは直行せずに、
村の広場へ移されていたマルクト行商隊の幌馬車に立ち寄ったときのことだ。
酒のつまみになりそうな加工肉、干しタラやニシンの塩漬け。
ドライフルーツのレーズンやナツメヤシ、イチジク。
豆類のエンドウ、レンズ、空豆なども皆で手分けして下ろしていたところ。
何故かこのタイミングで、宿酒場で待っているはずの村長ミゲルが、
レイラの養母カルラと、鍛冶屋の親方ゲンを伴って、
例の『軽々収納キャリーカート』を引きながらやって来たのである。
こんなとき商人のパウルはやはり機敏だった。
「これは村長様がた……! すみません、お待たせしてしまったでしょうか?」
「いやいや。パウル殿たちが宿酒場まで寄付品を持ち運んでくれようとしていると、
女神様からお告げをいただきましてな」
リヒトとレイラを除く、荷下ろししていた全員の時が止まった。
女神がその程度のことでフッ軽なお告げを――、伝言をするものかと。
いくら村長と言えど、一人の人間に対して距離感が近すぎではないかと。
ひょっとしてたばかられているのではとさえ慈善冒険者ペアは考えたが。
荷下ろしの様子を誰かに見られた気配もなければ、つい先ほど始めたばかりなのである。
状況的に考えて、本当に女神から連絡がいったとしか考えられず愕然としたのだった。
「して、パウル殿よ。折り入ってミルテ村から相談がございましてな……」
(来た……! 小麦の融資の話だ!)
そもそもパウルたちは、ミルテ村の者が小麦の借り入れに現れなかった為、
子爵の嫡男アルドリックから様子を見てこいと遣わされたのである。
断らざるを得ない旨と返答すべき内容は出発前から考えていた。
妻のハンナも、使用人のエルンストも、テオバルトもユリアーネも、
傲慢な貴族の言いなりになるしかない自分たちの境遇を苦しく思った。
しかしただ一人、見習いのオリヴァーだけは違った。
「小麦の融資なら受け付けられないっすよ?
グレイヴ子爵の若様から商人ギルドが脅されてるんで、
どれだけもてなしてもらっても頷けないものは頷けないっすから」
自分の主人が言いにくいことを代わりに言ってやったのかもしれないが、
エルンストから脳天めがけて肘鉄を打ち下ろされ、オリヴァーは撃沈し。
当然主人のパウルは慌てる事となった。
「うちの見習いが大変失礼をいたしました! 申し訳ございません!!
なんとお詫び申し上げたらいいか……!」
「ほっほっほ、それには及びませんぞ。
ではゲン殿、カルラ殿、我が村で採れた小麦を見せてやってくだされ」
「おうよ」
「待ってました」
ゲンとカルラが引いてきたキャリーカートの中身は、どこからどう見ても空にしか見えず。
ついにボケたかとユリアーネが失礼な事を思ってしまう程、パウル達も戸惑ったのだが。
その空っぽであるハズのキャリーカートから、
ゲンとカルラがすいすいと小麦の詰まった麻袋を取り出してみせると、
度肝を抜かされたパウルたちは驚愕の絶叫を轟かせたのである。
「良いですかな? 折り入って相談したいのは他でもない。この小麦と、
パウル殿が寄付してくださろうとしていた食料を交換してほしいのですわい」
「ええええ~~!? いやいやそんな……!
寄付する為に運んできた品なので、お代は結構――、なんですが……」
ただでさえ増税が課されているのに、
不足しているハズの小麦と交換では意味がわからない。
せめてもの運搬費に粗悪な小麦と交換ならわからないでもないが。
前代未聞の商品を生成する導師が召喚された村なのだ。
この流れからして、お代は結構です――で済ませてはならないとパウルは判断した。
「失礼を承知の上ですみません、中身を検めさせてください。――エルンスト」
「承知いたしました」
麻袋に素早く駆け寄ったエルンストが麻紐をほどきにかかったので、
灯り持ちをしていたレイラがダイソアー品『調光機能付ランタン』で照らしてやると、
中身を確認したエルンストが目を見開き、声を震わせて報告したのである。
「かつて見たことがない……! 大っっ変、良質な小麦でございます!!」
「ウソだろ……!? そんな馬鹿な!」
「デタラメを言うんじゃない! 私は騙されないからな!」
「あらあらまあまあ……、これはこれは……!!」
テオバルトとユリアーネ、ハンナまでもが駆け寄って確認し喧々囂々となる。
その様子に、復活したオリヴァーが自分の頭を撫でながらパウルへと尋ねた。
「いつつ……。ってことはなんすか? ご主人が小麦を貸し付ける必要もなければ、
寄付金程度の品と、大金に替わる小麦を交換してくれると仰ってるんで?」
「そういうことになるね……」
「ほっほっほ。遠慮は無用ですぞ」
「いえ……。良質な小麦ともなればそうは行きません。
もしもの為にと商売用の資金も持参しております。
この小麦はしかと相場の値段で買い取らせていただきましょう」
「そうですか……。村にとっては実に有り難いことですわい。恩に着ますぞパウル殿」
「こちらこそ。良い取り引きの機会をくださり、誠にありがとうございます」
ちぇー、せっかくの棚ぼたが勿体ねぇ~とオリヴァーは愚痴をこぼしたのだが、
背後に立ったハンナから肩にポンと手を置かれると、シャンと背を伸ばして、
荷下ろしへと慌てて戻ったのだった。
パウルは良質な小麦の量に、改めて感嘆の息を漏らした。
「いやはやしかし、この小麦も、導師様のお力添えと女神様による奇跡の賜物ですか……。
あまりにも驚きの連続で……、さすがの僕でもわかってきましたよ」
だがその感想にレイラは頷けなかった。
「いいえ、それは甘いです、大甘です!
クレセトさまのお力とリヒトさんの発想は、まだまだこんなものじゃないんですから」
「俺はそこまで大したことはしてないぞ」
「そんなことないですよ。リヒトさんは頑張ってくれてます」
「はは、ありがとな。中にはレイラの発案も結構あるんで、
パウルさんにはまだまだ驚いてもらえる機会があるハズっすよ」
「え~? またまたあ……! こんなにも驚かされたら、
これ以上驚かされる余地なんてさすがにありませんよ。腰抜かしちゃいますって」
× × ×
晩餐会場の宿酒場にて。
パウルはビアジョッキを豪快に傾けて喉を鳴らしていた。
「ぷは~~! なんなんですかこのキンキンに冷えたビールはーーーー!?
一体全体どういうことですかー!? 教えてくださいお金払いますから~~!!」
「わかっ、わかりましたから、落ち着いてください。すまないがレイラ、頼む」
「はいっ」
襟首を掴まれる形で詰め寄られ、身動きが取れないリヒトの代わりに、レイラは厨房から、
中になみなみとビールの入った半透明の容器を取ってきた。
「お待たせしました」
「商品ステータスオープン」
■――――――――――――――――――――■
急速冷水筒
固有効果は『液体急速冷却』『冷蔵機能』
器の中に入った液体を急速冷却し冷蔵する。
■――――――――――――――――――――■
「詳細はこの通りです。元はただの容器を、中身が冷えるように拡大解釈品にしたんすよ」
「今ではミルテ村の一家に、2・3個はある物なんですよ」
「ええ~~~~!?」
パウルの目が急速冷水筒へ釘付けになるのも無理はない。
夫がこんなにも驚いている理由をハンナが代弁してやった。
「王都のギルドであれば、美味な魔獣肉を冷蔵する『魔導冷気器』も完備されてますが、
こと、食材の保存に欠かせない魔導具は、高値が付いて当然の代物なんですのよ?
しかもそれが大型の物ではなく、生活に根ざした適切なサイズともなれば、
王族などに送る献上品に当てられるのが、世間の習わしとなっていますわ」
「いえ、まあ……。俺が住んでた世界でも、
これ単品で飲み物を冷やせたらオーバーテクノロジーなんで、
クレセト様の奇跡の産物がどれだけ貴重なのかは、俺自身も重々承知してるところっすよ」
などと笑顔を浮かべてみせるリヒトの物言いに、ハンナは不服そうに唇を噛むと、
ねーねーこの人全然わかってくれてない~と言わんばかりに、
自分の夫の肩を不満げに揺らしたのだった。
「わかってるわかってる、わかってるよ。
導師様がよくわかってないことは、僕もよくわかってるから」
「いえ、誤解されないでください。リヒトさんはどちらかと言えば、
やり過ぎを懸念して、拡大解釈をセーブしてしまう方なんです」
「あら、そうなんですの?」
「ええ。今でこそ結構慣れたんすけど、特定の消耗品を無限にしなさいと指示されると、
どうしてもまだ抵抗がある感じですね」
「…………無限?」
「無限……?」
パウルとハンナの脳に宇宙が漂った。
そこで、同じようにテーブルに着いている慈善冒険者ペアが挙手をした。
「あの、すんません。それはそれとして――」
「この、白パンをふんだんに使った豪勢な料理に、
私たちなんかが手を付けてしまっても本当にいいのか?」
ユリアーネの問いにリヒトは頷いてみせた。
「もちろんっすよ。今日お越しくださった皆さんの為に、
村のみんなが腕によりを掛けて調理してくれたものですから。
逆に、残さず平らげてくれた方が嬉しいっす。どうぞお召し上がりになってください」
だがそう言われても、はいそうですかと食べるわけにはいかない。
ふっくらとした食感と小麦の甘みを感じられる白パンは、
基本的には貴族や裕福な商人しか食べられない高級品だからだ。
ライ麦で作られた黒パンしか食べたことがない者からすれば、
納税や現金化に使われる小麦で作られた白パンは、
言ってしまえば現金を食す行為にあたる。
「後から高額請求されても俺たちには払えませんぜ?」
「自慢じゃないが私たちは実入りが少なくてな。
あれだけ食べたのだから言うことを聞け、という話ならお断りさせてもらおう」
普通であれば警戒されて当然の事態。
パンを焼いたり調理した村人たちですら、試食の際には躊躇した程だ。
「そうっすね……、詳しい話を聞いた後で、
導師の支持者になるのは気乗りしない、というのなら、それはそれで構わないっすよ。
クレセト様も、本人たちの意思を尊重したいと仰ってましたし。
そもそも、このもてなし自体、皆さんの日頃の行いに対する褒美として振る舞うよう、
クレセト様から指示された催しですから。その点はどうかご安心ください」
だがそれでも尚、パウルとハンナでさえ迷った。
たらふく食ってしまえば断りづらくなるのは自明の理。
いくら安心してくれと言われても、
今後の人生を左右しかねないくらいの事は感じ取っている。
そしてクライアントが手を付けなければ、
部下や雇われ側だって食べ始めるわけにはいかない。
これではせっかくの料理が冷めてしまう。
『ホント、根が真面目な人たちって要領が悪いのよね~。
まあ、そこが美徳で私は気に入ってるのだけど。
じゃあ、手筈通りプランBで行きましょう』
「やった! 役得ですよ」
「ふう……。まさか本当にクレセト様の言う通りになるとは思わなかったな。
実に人を見てらっしゃる」
女神の声がまだ聞こえない皆からすれば、
レイラとリヒトが急に脈絡のない会話を始めたので面食らったのだが。
『カテゴリー食品、その内の一般食品の生成を限定許可します――、承認!』
「ダイソアー商品――、
純粋ハチミツを3倍サイズで生成!」
レイラ以外、その場の誰しもが我が耳を疑った。日用雑貨だけならまだしも、
まさか食品までも生成できるとは思いもよらなかったからである。
しかし彼は発言した通り、自分の手の平に『黄色い蓋のボトル』を出現させたのだ。
そうしてリヒトは取り皿を引き寄せ、焼きたての食パン一枚をトングで取り分けると、
ボトルの蓋を手早く開けて、食パンの上にハチミツを豪快にぶちまけたのである。
その、とろみのある黄金色の液体は、
蜂の巣のカスや幼虫の破片など、混じり気の一つもない透き通ったもので、
家庭菜園的な養蜂で得られるものや、
貴族御用達の商品と比べても、常識を覆す品質であることが見て取れた。
彼はそれをバターナイフで綺麗にならすと、食パンを手に取り、
どういうわけか、レイラの口元へと差し出したのである。
隣の彼女がボンッと赤面した。
「そらレイラ、あ~~ん?」
「 ど う し て そ う な る ん で す か !?」
「どうしてもなにも……、そんな作戦なら自分が食べたいって言ってたじゃないか」
「 そ う で す よ !?」
「なら、ほら――、さすがにバターは生成できないが、一応はちみつトーストだぞ」
「 わ か っ て ま す よ ! 自分でいただきますから!」
このときのリヒトは素でわからず、瞬きしてから尋ねたのだった。
「どうして?」
「せっかくの味がわからなくなってしまうからです!!」
「そうか……。そういうものか……。ならどうぞ、召し上がれ」
「 い た だ き ま す !!」
なんで怒ってるんだ? ちょっと怖いぞとリヒトは思ったが、
何やら火に油を注ぐ予感がしたので、口に出すのはやめておいたのだった。
その判断は正解だったらしく、ぷりぷりしていたレイラも、
はちみつトーストにかぶり付き始めると、次第に上機嫌な顔へと変わっていった。
「ん~~~~、黒パンとも相性抜群でしたけど、白パンだと格別に美味しい~~♪」
無論、ハチミツくらいなら慈善冒険者でも背伸びをすれば買えなくもない。
だが、いつでも買えるわけではないし、
一般庶民が日常的に口にするには高価であるのもまた事実。
それが更に、贅沢な白パンとの組み合わせともなれば、
金額面的に考えても、ご馳走になれるチャンスは無いと言って等しい。
「どうっすか? 皆さんも是非ご賞味ください」
リヒトがハチミツのボトルをテーブルに置いて、ずいっと押し勧めると、
パウルはいよいよ覚悟を決めたのだった。
「これも商人としての勉強の為……、せっかくの機会だ、
みんなも有り難くいただくとしよう。
テオバルトさん達も――〝どうかよろしくお願いします〟」
「……! わかりました……。俺たちも腹をくくるとしましょう」
「そうとなれば私は遠慮しないぞ? リヒト殿、こちらの分のハチミツも頼めるか?」
「喜んで!」
そうしてようやく食事が始まってもみれば、
テオバルトたちは白パンを食べること自体初めてなのだが、
こんなに美味いパン料理は食ったことがないと絶賛の嵐で。
ハチミツを使い切ってくれて構わないとボトルを手渡された女性陣は、
嬉し涙を流しながら蜂蜜トーストを頬張ったのだった。
ちなみに一点補足しておくと、
レイラや村人たちは、大麦やライ麦を収穫した際の昼休憩などに、
クレセトの指示で褒美と元気づけに、
黒パンに合わせるハチミツをご馳走になった経緯があったのだった。




