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話しかけて来る人

 コミュ障の天敵。

 それは『話しかけて来る人』に間違いない。

 ショップの店員、居酒屋の客引き、そして狭い馬車の中でやたらと話しかけてくる見知らぬ女性。


「こんにちはぁ。聞いてくださいよぉ、わたくしはお嬢様の付き添いでダヴ港まで来ていたんですけど、朝起きたらお嬢様は先に帰ってしまってましてぇ」

 めちゃくちゃ喋る女性と遭遇してしまった。

 しかもなんだそのふわふわした喋り方。語尾を伸ばすな。


 ダヴ港の安宿に泊まった翌日。午前中の馬車で王都に向かっている最中の出来事だ。

 朝起きたらレセラはベッドの足元で丸くなって寝息を立てていて、あまりのかわいさにこの世界にまだ『カメラ』が存在しないことを心底恨んだ。

 せっかく早起きしたので、軽く朝食を取ってから乗客が少ない早朝の馬車で王都に向かって出発したのだけど、逃げ場のない空間で見知らぬ女性に話しかけられまくっている。

 とてもつらい。


 どこかの貴族の使用人だろうか。ひとつにまとめた紫色の長い髪に丈の長い黒と白のエプロンワンピース、それと革のブーツを履いている。いわゆる『クラシカルメイド』の服装だ。

 この世界でこの形の『メイド服』の文化はまだ見たことがなかったけど、もしかすると転生者がロンド王国にメイド服を持ち込んだのかな?


 あたしは必死に愛想笑いで心の距離を取ろうとしているけど、メイドのおしゃべりは止まらない。

「そちらの方は……犯罪奴隷さんですか? もーダメですよぉ、悪いことしちゃ。オラクル様に誓って、これからしっかりと罪を償うんですよ」

「オラクル様に誓って……」

 今まで黙っていたレセラが、急にメイドの言葉に反応した。

「オラクルって確かロンド王国では国教のようなものなんだよね?」

「そうですご主人さま。この世界を創造したと伝えられている龍神、オラクル様の敬虔な信者がロンド王国には多いです」


「あらあら、あなた様はまだこの世界に詳しくないようですね? わたくしが何でも教えてさしあげますねぇ。わたくしはオラクルの者ですし。あっ、わたくしのことはリナって呼んでくださいねぇ」

 ん?なんとなく言葉に引っかかりを感じながらも、あたしは無言で頷く。


 正直言って、この世界の常識についてはあたしは疎い。

 エレインにこの世界のことについていろいろと教わってはいたけども、まだ一年間しかこの世界で暮らしていないのだから。

「ご主人さまはクラテール帝国からの、移住希望者です。私は昨晩、ダヴ港でご主人さまと奴隷契約を結ばせていただきました。あの……犯罪奴隷の私が一緒の馬車に乗ってしまって、申し訳ありません」


「いやいや、そんなの気にしなくていいですよぉ! あなたは礼儀正しくて素晴らしい子ですねぇ。とても綺麗な魂をお持ちです!」

 うんうん、うちのレセラは礼儀正しくて、綺麗な魂を持ってるのは間違いない。全力で同意する。きっと虫も殺したことがないよ。森へおかえり、って優しく言って虫を森に帰してるに決まってる。

「この馬車に乗ってるという事は、目的地は王都ですかぁ? 王都では犯罪奴隷が入店できないお店が多いから気をつけてくださいね? 泊まれる宿も少ないかもしれませんねぇ」

「えっ……」


 重大情報をゲットしてしまった。とてもマイナスな情報だ。

 これからの行動のことを特に考えずにあたしは犯罪奴隷であるレセラを衝動買いしてしまった。

「犯罪奴隷の多くは貴族領の農場や港湾での労働力として使役されるので、王都でともに行動する人はほとんどいないんですよねぇ。王都民の中には、犯罪者と同じ店で食事ができるかーって怒る人もいて、ほとんどの店で犯罪奴隷は入店禁止なんですぅ」


 なるほど。犯罪奴隷は牢獄で過ごす代わりに奴隷として働きながら刑期をすごしているんだ。そりゃ、店への入店拒否や宿泊拒否は、経営者の権利として認められるのかもしれない。

「港だったり、田舎の方の村だったら、ちゃんと働いてれば何も気にされないんですけどねぇ」

 でもそもそもあたしは働きたくない。レセラを働かせるつもりも今のところはないんだ。

 勇者パーティ時代の貯蓄がそこそこあるので、しばらくは2人でのんびりと暮らそうと思ってるのだけど……。


 もし王都で泊まれる宿が見つからなかった場合、王都をすぐに抜けて小さな村にでも移動しないとならない?

 でも、あの小さい子が着ていたかわいい服が気になっているんだよ。服屋巡りをしたいけど、レセラと一緒だと難しいのか……。

「王都で犯罪奴隷の方が行動しやすくなる方法も一応あるんですけどぉ」


 リナの一言に、あたしは即反応した。声は出さずに身振りで。

「あらまぁ、王都で奴隷の子と一緒に過ごしたいのですね? あなた様は珍しい方ですねぇ、とても素敵だと思います」

 メイドさんはぱちぱちと拍手をしながら、ふわふわと話し続ける。なんかやりづらい。

「それは、王都に到着したらすぐにギルドへ登録することです。ギルドに登録をして、働いて、税を納める立場になるのです。そうすれば犯罪奴隷でも王都で入店を拒否することはできなくなるのですよぉ。うーん、傭兵ギルドがいいですかねぇ?傭兵ギルドなら他のギルドよりも登録が簡単だと聞きます」

 なるほど。奴隷としての無償の労働ではなくて、ギルドに登録をして働く。その稼ぎから納税をすることになるので、市民と同じ権利を手にすることができるってことか。

 うーん、でも傭兵ギルドねぇ……。商人の護衛や魔獣の駆除、あとは雑用みたいな肉体労働まで、騎士ギルドが受けないような仕事を幅広く請け負うのが傭兵さんたち、っていうイメージだけど……。

 レセラをそんな危ない職業につかせるわけにはいかない。


「ただし、ギルドで働いた実績によって刑期が軽減されることもあるそうです。奴隷契約で使役できる期間が短くなることもあるので、ギルドに登録するメリットは少ないんですよね」

 レセラの刑期が短くなるのは歓迎だ。奴隷身分から早く解放させてあげれるならそうしたい。その後も一緒にいてくれる保証はないけど……。

 ただ、レセラを傭兵ギルドなどという危険な職業に就かせたくはない。あたしが養っていくからレセラは働かなくていいんだよ。


「ご主人さま。可能であれば私は、傭兵ギルドに登録したいです。孤児院では薬草の採取や、魔獣を狩ることなどもやっていましたので、働くことで少しでも稼いでご主人様のお役に立ちたいです」


 虫も殺さなそうなかわちいお顔のレセラが魔獣を狩っていたなんて。孤児院の暮らしはやっぱり貧しくて辛かったんだろうな。

 あたしといるうちは働かなくていいのに。危険なことはしなくていいのに。傭兵の男の人たちに任せておこうよ。

 でも、これからの行動のために傭兵ギルドに登録しておいた方が良いんだろうな……。ギルドに登録して、安全な仕事だけ受けるようにすればいいんだ。迷い猫の捜索とか、落し物の捜索とか。


「本当にいい子ですねぇ。うちのお嬢様もこれくらい礼儀正しくて真面目だったら嬉しいのですがぁ」

「リナさまは、亜人に対して偏見はないのですか?」

 あれ、レセラはあたしのことをご主人さまって呼ぶのに、リナのことは名前呼びなんだ。ふーん。別にいいけどね?

「偏見? あるわけないですよ、ロンド王国ではオラクル様の元に、みな平等ですからね。わたくしがお仕えしているお嬢様も亜人ですし、ロンド王国では珍しいことではないですよぉ」


 亜人のお嬢様!? ちょっとそれは仲良くなりたいかもしれない。


「それにほら、この馬車の従者だってケットシーさんですしねぇ?」


 そういえばこの馬車を運転している従者は、ケットシーという二足歩行の猫の亜人だ。

 確か、猫族などの獣人は精霊の加護を受けた亜人で、ケットシーは精霊の加護を受けた猫らしい。どちらも妖精さんなんだね、かわいい。


「ケットシーは魔獣を使役する能力を持つ者が多いので、馬車の従者を生業とする方が、多いと聞きます」

「まぁ、あなた博識ですねぇ。ロンド王国の馬車の多くは彼らの力によって運営されていますよぉ」


 うんうん、そうだろう。レセラは博識でいい子なんだぞ。


「ありがとうございます。あの……リナさまはまるで、天使のような方ですね」

「あらあら、それは嬉しいですわぁ」


 ん? このおしゃべりメイドが天使だって?

 見た目はまぁかわいいといえばかわいいが、天使ってイメージかというとおしゃべりがすぎる。いや、天使が寡黙なのかは知らないけど。

 レセラはなぜか妙にこのリナのことを気に入ってるみたいだ……嫉妬しちゃうぞ。


 おしゃべりメイドの会話の追撃は王都に着くまで5時間ほど続いたが、ずっとレセラが話をしていてくれたので助かった。

 しゃべり倒してくれたおかげで、ロンド王国の王都での暮らしについての知識はだいぶ得ることができたので、そこは素直にリナに感謝しよう。


 とにかく、レセラを傭兵ギルドに登録して、普通に行動できるようにしないと王都での暮らしは不便そう。

 とは言っても、あたし自身は王国の傭兵ギルドに登録するつもりはない。

 元の身分を誰にも明かすことなく、ひっそりと暮らしたいからね……。

6月は2話の7エピソードを更新していきます。

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