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聖女の奇跡

 買っちった。


 ……合法奴隷獣人を……買っちった!!


 契約魔術を奴隷商にかけてもらった時に繋いだおててが、小さくて、柔らかくてドキドキしてしまった。

 心配になるほど細身で小柄なこの猫耳少女は、少し癖のある黒髪ショートとちょっと眠そうな大きな瞳がとても愛らしくてかわいい。とにかくかわいい。

 ああ、かわいい。

 ケモミミのフレンズができた!ウェルカムようこそ!

 ……いや、まだ友達になってもらえるか分からないけど、きっと仲良くなれるだろう。


 勇者パーティのメンバーと関係がうまくいかなかったのはあたしの能力不足が大きな原因ではあるけど、意思の疎通に問題があったことも原因の一部ではあると思う。

 要するにコミュニケーション不足だ。


 初めて会った時に横柄な態度だったなんてフォティアに言われてたけど、あれはこの世界で初めて目が覚めたとき、知らない場所に混乱してしまって「わたしは、あいり、すだ」などと意味不明な名乗りをしてしまったのが原因。そのまま訂正する機会を失って、この世界でのあたしの名前は「須田愛李」ではなく『アイリス』になってしまったわけです。すれ違いが原因なんです。

 いや、魔法使いみたいな綺麗なお姉さんが目の前にいたら海外かと思うじゃん!? そしたら言語が通じる、まったく知らない別世界でしたって話でね……。


 この獣人の女の子と仲良くなるために、そんな不幸な勘違いやすれ違いが起こらないように丁寧に接していきたい。


 それにしても、すごく体調が悪そうに見えるから心配だな。

 質素な麻の半袖短パン姿の細身の身体で、とても気怠そうにふらふらとあたしについて歩いてくる。

 早く休ませてあげたいから、宿を確保するために街区に戻ろう。


「えっと……よろしくね。あたしはアイリス」

「……花の?」

 そうだ、アイリスは花の名前……あたしの国だとアヤメなのかな?この世界でもメジャーな花のひとつ。

「そうそう、花と同じ名前のアイリス! あなたのお名前は?」


 ……人と会話するのは苦手だけど、かわいい獣人ちゃんが相手なら《《あたしのまま》》でも話しかけられそう!

 倉庫街から路地へ戻り、会話をしながらゆっくりと歩いている。


「……名前は……ありません」

 おっと、この猫ちゃん、吾輩みたいなこと言い出したぞ。


「ご両親が付けてくれた大切な名前があるでしょう?」

 あたしの言葉に少女は俯き、小さい声で返した。

「親はいません。私は孤児院で育ったので……」


 あ、失敗した。丁寧に接していきたいと決意したばかりなのに、いきなり会話の選択肢を間違えてしまった……。

「ご、ごめん……」

「いえ、気になさらないでください」

 しばらく無言の時間が続く。どうしよう。

「でも……、レセラと呼ばれていました」

「レセラ、かわいい名前……!」

 親につけてもらった名前は分からないけど、孤児院ではレセラと呼ばれていたと言うことかな。


「ご主人さま、私を買っていただきありがとうございます。……労働力として役に立てるか分かりませんが、精一杯ご主人さまに尽くします」

 なんていい子なの!

「レセラ! お姉ちゃんがレセラを幸せにするからね」

「え、幸せに……?」

 レセラは怪訝な顔をする。奴隷として買われて、幸せにするとか急に言われても意味わからないか。ちゃんと説明をしないとね。

「えっとね、あたしの使命のためにレセラが必要なんだよ」


 うーん、我ながら説明が下手。亜人の友達を作って日常系な日々を過ごす。それが、この世界でのあたしの使命。でも説明が難しい。

「使命……? そうなんですね。それでは、私はそのご主人さまの使命のために全力で尽くします」

 こんな適当な説明なのに、あたしに尽くしてくれるだなんてなんていい子なの!


「ありがとう、すごく嬉しい! これから一緒に行動していく上で知っておきたいんだけど、苦手なこととかあったら隠さずに言ってね?」

「苦手なことですか……」

 レセラはふらふらと歩きつつ少し考え込んでから答える。考える仕草もかわいい。

「明るい場所は得意ではない……ですね。特に昼間の紫外線は苦手です」

「うん、分かった。昼間に行動することもあるとは思うけど、レセラが陽に当たらないようになるべく気を付けるね」

 透き通るような白いお肌のレセラ。紫外線からあたしが守ってあげないと。

 あれ? でもこの世界で紫外線の話題って初めて聞いたような……。紫外線って概念あったのかな。


「ありがとうございます。日陰からご主人さまに尽くさせていただきます」

 かわいい。こんなかわいい獣人の少女に、尽くしますって言われるなんて、あたしは前世でどんな徳を積んでいたんだろう。心当たりはない。


「ところで、レセラは何歳?」

「今年……17歳になりました」

「あ……うん、お姉ちゃんが幸せにするからね!」

 小柄だから年下かと思ったよ。まさか2歳年上だとは。

 でも、でもあたしがお姉ちゃんなの! ほら、あたしの方が背は高いし。


 ゆっくり歩きつつそんな会話をしてるうちに宿屋に到着。けれど、空いている部屋が1人部屋しかなかった。

 ま、まぁ女の子同士だからベッドはひとつでもいいよね……?

 これ以上歩き回りたくないし、まずはレセラの身体の不調を取り除いてあげないと。


 ☆ ☆ ☆

 

「レセラ、体調不良の原因に心当たりはある?」

 宿屋の寝心地の悪そうなベッドの上に座って、レセラと向かい合う。

 あ、かわいい。かわいすぎて、見つめ合うと素直におしゃべりできない。

「心当たり……。私は貴族屋敷に忍び込んで、そこで捕らえられてしまったのですが……」

 孤児が生活に困って盗賊になる事はこの世界ではよくある話だ。この身体の細さから察するに、レセラは今まで食べることにも苦労してきたのだろう。

「貴族屋敷で突然私は意識を失いました。気が付いた時には王国兵に捕まっていて、それ以来ずっと身体が重く感じています」

「すごく身体が怠そうだよね……」

 診た感じ風邪とかの体調不良ではなさそう。

 やっぱり魔族の呪いの魔術なんかで体調不良が引き起こされている可能性がある?

 うーん、でもそれなら奴隷として売りに出される前に王国の巫術士が解毒なり解呪なりの治療できたはずだしな……。体調不良のまま奴隷を売りに出すメリットなんてまったく無いから、巫術士には治療することができない症状なんだろうか。


「本当に原因不明の体調不良ってやつだ……」

 こういう時は細かい原因は考えず、《《最強の巫術》》を使ってみればいい。

 魔族との戦闘で騎士たちが原因不明の体調不良になった時、この巫術で回復できたことが何回かあったんだ。ちなみに理屈はよくわかっていない。

 普通の巫術士たちでは回復できないような、原因不明の状態異常を引き起こせる魔術を使う魔族がたまに出てくるんだよね。

 でも、レセラは魔族と関わって体調不良になった? 最近はロンド王国には魔族は侵攻してきてないハズだし、貴族宅に忍び込んで窃盗で捕まっただけなんでしょ?

 人間の魔術士が使う魔術なら王国お抱えの巫術士で流石に解呪できるだろうし……。


 まぁいいや、治療をしよう。

 今から使う巫術というのは聖職者が龍神様の力を借りて発動する聖なる癒しの術。

 あたしは聖職者ではないんだけど、まぁ使えてしまうんだよね。

 《《最強の巫術》》ってのはあたしが勝手につけた呼び名なんだけど、一般的には『聖女の奇跡』と呼ばれているらしい。


 深く呼吸をして、その『聖女の奇跡』を本来この世界で唯一使うことができる、聖女シャノンの姿を思い浮かべる。


「わたくしの目を見てください」

 あたしは聖女の口調を真似て、レセラを見つめた。

 普段のあたしは人の目を見て話すなんてできないけど、誰かになりきっている時は目を見て話せるんだ。

 聖女としてちゃんと清楚に振る舞っている時のあの子になりきって、言葉を紡ぐ。

「神よ、この者に奇跡の力を与えたまえ」

 あたしの手から放たれた光が、レセラを優しく包み込む――

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