獣人奴隷
買われるのを待っている奴隷ほど暇なものはありません。
本があれば暇を持て余すことはないのですが、奴隷にそんな権利はないようです。残念。
私は10日ほど前から奴隷として生活しています。いえ、まだ買われてないから正確には奴隷候補。
犯罪奴隷制度は、人手不足を解消するために犯罪者に労働を課す制度で、奴隷となった犯罪者は主人の元で無償の労働を一定の期間務めることにより奴隷身分から解放されます。
私の罪は連続窃盗罪、奴隷として労働を3年間行えば元の生活に戻ることができるのですが、今のところ私は買い手が付きそうにありません。
私、とても不人気な泥棒猫ですね。
この街に来る前、10日間ほど王都の奴隷取引所で買い手が現れるのを待っていたのですが、農工業や身体強化のスキルを保持していない私は魅力が無いようで、買い手は見つかりませんでした。
労働者に向いているスキルを持っていない上に非力な猫族。背も低く痩せており、貴族宅で捕縛された日から原因不明の体調不良も続いています。今の私は明らかに不健康そう。
同時期に刑期奴隷となった筋骨隆々な男たちは、広大な農場を持つ貴族たちにすぐに買われていきました。
結局ただ一人の売れ残りとなってしまった私は、魔族との戦争の最前線である隣国のクラテール帝国に移送されることに。
クラテール帝国では労働力はもちろん、魔族との戦いのために常に戦闘員も必要とされているので、戦力として奴隷の価値も高いようです。貴族宅へ侵入するような能力を持つ私は、農地よりも前線で何かの役に立つだろうと判断されたようです。
もしかすると、魔族との最前線で私、活躍してしまうかもしれませんね。
まるで獣王レオンティオスの物語のように、魔族を切り払って切り払って……いや、私の腕力ではレオンティオスのような活躍はできないですね。無念。
私はさきほど、ロンド王国を出国するために城下を離れダヴ港へ移送されてきました。今夜はダヴ港の夜市で店を開いて最後のひと粘りをするそうです。
王都で買われなかった私を買おうなんてする変わり者が、こんな港町にいるわけ……。
「お嬢ちゃん、奴隷を買いたいのかい?」
……なんと市場にその変わり者が現れたかもしれません。
「お嬢ちゃん、果物みたいにお小遣いで買えるような金額じゃないんだなぁ、奴隷は。お父様を連れてくるか、貴族様と結婚してからまた来てくれな」
商人と話す人物に目をやると、私と同世代くらいの少女。庶民的な服装をしていますが、足元には身分を思わせる革のブーツ。
何やらあたふたとした反応をしていて、その声はとても小さく私まで聞こえてきません。
「っすぅ~……」
少女はしばらく挙動不審な仕草をしてから、大きく深呼吸をします。そして奴隷商人の目をまっすぐ見て話し始め、その声が私まで聞こえてくるようになりました。
「失礼しましたわ。こちらの獣人の奴隷、おいくらで譲っていただけるか教えてくださいます?」
「お、おう。この子は王都から連れて来たばかりの犯罪奴隷なんだが……大金貨10枚だ」
先ほどの様子とは変わって堂々とした口ぶりで商人と交渉を始める少女に、商人は驚きの表情を浮かべながら答えました。
「大金貨10枚? まぁ悪くない金額ですわね」
大金貨の価値は私にはよく分かりませんが……なんの価値もない私が、罪人になったことで大金貨で取引されることになるなんて。
「ははは、買うだけならな、まぁそこまで高くはないだろう? でも奴隷というのは仕事を用意して、生活の面倒を見れる貴族や商人じゃないと売る事はできないんだ。お嬢ちゃんに売ることはできないから、家の人を連れてきてくれないかな」
「わたくし、貴族ではありませんわ」
「貴族の子じゃないのかい? だったらなおさらだ、しっかりとした身分が証明できないと話にならないね。すまんなお嬢ちゃん」
子供をあやすような口調で少女の言葉を茶化す商人。
奴隷を買うには最低限でも奴隷を毎日食べさせていく財力が必要なのです。身分不相応に奴隷を購入してしまい結果的に自身が罰せられて奴隷身分に落ちてしまった、などという大衆向けの創作話も存在しています。
「仕方ないですわね……」
おもむろに少女は何かを取り出し、それを乗せて商人へ見せました。私の位置からは見ることはできなかったのですが、商人の表情はみるみる変わっていきます。
「ぐぉ!? そ、そういう事なら先に言ってくださいよ、お嬢様!」
いったい何を見せられたのでしょうか? 商人の態度が明らかに変わりました。
「ところで本当に大金貨10枚の価値があります? 高すぎると思いますわ」
「そ、そうですかね?」
先ほどとは打って変わって、商人が慌てふためきながら対応をしています。
「奴隷の働き先は主に肉体労働……ですが、この奴隷は腕力が強くない猫族のようです。それに大変! この気怠そうなご様子、何か病気を患って体調を崩していらっしゃるのでは? すぐに働けるか分からない状態の奴隷に、大金貨10枚で買い手が付くかしら?」
少女は私の価値が低いことをとても的確に指摘します。実際にそうなのだけど、ハッキリと言われすぎて悲しくなります、少し。
「この奴隷が売れ残ればその期間の生活費がかかるわけで、その費用はあなたのご負担になるのですよね?」
「うぐ……。確かに今ここで売り切ることができればありがたいですが……では大金貨8枚でいかがでしょうか?」
「このまま売れ残った奴隷さんをあなたが今後も養っていくことになりそうですわね?」
「ぐぬぬ……」
堂々と交渉する少女に商人はずっと気圧されています。
「……ではお嬢様、大金貨5枚でいかがでしょうか?」
「はい、商談成立ですわ」
そう応えながら、少女は大金貨5枚を商人へ手渡します。
あれが大金貨……。初めて見ました。大金貨5枚が私の値段。
「負けました! ありがとうございます、お嬢様! それでは契約の手続きを始めさせていただきますね」
商談が成立し、私はこの少女に買われることになったようです。
奴隷商に立ち上がるよう促され、私は目眩を感じつつも、どうにか力を入れて少女の前に立ちました。
「奴隷契約を書き換えます。お嬢様、お手数ですが、奴隷と左手を繋いでください」
「分かりましたわ」
私は手を動かすのも怠かったのですが、それを察したのか少女は私の手をそっと取り包み込むように両手で優しく繋ぎました。奴隷商は準備が整ったことを確認し契約魔術の説明を始めます。
「この奴隷には左手首の腕輪に隷属の契約魔術がかけられています。主人に危害を加えるような言動を取ると、この腕輪から激しい雷撃が走る魔術が発動します」
「雷撃が……。これをわたくしの意思で外すことはできます?」
彼女は私の腕輪に目を向け、意外な言葉を発しました。奴隷との契約の証である腕輪を外したいだなんて、一体なぜ?
「いやいや、お嬢様。これはこの国の奴隷制度で定められたものなので、この犯罪奴隷が刑期を終えるまで外すことは許されません」
奴隷商の言葉に,少女は不満を顔に表します。
「まぁただ……契約の強度を変える事は可能です。重犯罪者であれば、最初は命令以外の行動ができないような強い縛りを付けますね。この子なら…1番軽い縛りでも良いですかね? 主人に危害を加えない限りは自由に行動できる契約です」
「それがいいですわ! その条件で契約をお願いします!」
「わ、わかりました」
少女の言葉に戸惑いを見せながらも、奴隷商は魔術の詠唱を始めました。その言葉が空気を震わせ、私たちのつないだ手が熱を帯び始めます。そして私の腕輪が光り、契約魔術の力が新しい主人に書き換わったようです。
「契約の魔術が終わりました。これで、お嬢様がこの奴隷の新しい主人となりました」
「これから、よろしくお願いいたしますわ。かわいい黒猫さん」
私の主人となった少女は左手を繋いだまま、優しく微笑みました。




