使命
食事を終えて支払いのための店の奥のカウンターへ向かうと、厨房のほうからおかみさんが姿を見せる。
その右腕は麻布で固定され、ところどころ添え木が見えている。
「賢者さま、また来てくださってありがとうございます。ん? あぁ、厨房で盛大に転んで折れちゃいましてねぇ」
あたしの視線に気づいたおかみさんは、固定された右腕をさすりながら応える。
確かこのお店はおかみさんが料理を作っていたはずだけど……。
「いやぁ、本当に参っちゃいましたよ。料理の提供も遅くなってしまって申し訳ない」
そういえばいつもより店がうまく回ってない感じはしたけど、厨房が回っていなかったのか。
こんなに大勢のお客さんの食事を左手だけでこなしているわけ? いやきっと無理して右手も使ってるに決まってるじゃん。おかみさんが無理をして鶏肉のミルク煮を作れなくなったら、この店にとっても街の人にとっても大きな損失だよ。
でも巫術の治療は安いものではないし、治療院には行けないのかもなぁ。
自然治癒だと2か月……いや、無理をしたらもっと長引くかも。
巫術の治療か……。
ふと騎士団で出会った巫術士アルテアの姿を思い浮かべる。
帝国の姉妹国である隣国のロンド王国から騎士団の支援のために派遣されてきた凄腕の巫術士。あまり喋るタイプの子ではなかったけど、怪我人を見つければ無言で治療して回るような、回復職の鏡のような子だった。
背も高くて、あたしみたいにおどおどしてる無言ではなくて、クール美人なタイプ。憧れる。
お世話になった人が怪我をしていたら、アルテアならさらっと治癒しちゃうんだろな。
「では、賢者さま、今日のお代は……あれ、どうしました?」
無言でおかみさんの固定された右腕に手をかざす。クールに。
「癒しよ」
その声とともに、かざした手から柔らかい光がおかみさんの右手を包む。
「え、えぇ!?」
痛みや違和感が引いたのか、おかみさんが右手を振り回して驚きの声を上げる。
巫術で生計を立てている人もいるからむやみに巫術を使うのは良くないけど、美味しいご飯を作る調理人の右腕はなによりも宝だ。これは世の中のためなのだ。
驚きの声をあげるおかみさんに反応して店内がざわつき始める。
まずい、騒ぎになる前にここから逃げ出したい。
あたしはいそいそと銅貨を用意するが、おかみさんに制止される。
「け、賢者さま!ありがとうございます! やはり、賢者さまはこの世の全ての術を使いこなすという噂は本当だったんですね!」
感謝を伝えてくるおかみさんの大きな声と集まる視線で、あたしの身体が熱くなるのがわかる。いや、なんだその噂は。
「何とお礼を言ったらいいか……そうだ! 今後のお代は全て結構ですので、 ぜひ毎日お越しください!」
そこまで感謝されるのはとても嬉しいけれど、来店するたびに感謝されるのはちょっと気まずい。そしてめっちゃ恥ずかしい。
あたしは軽く会釈をして、ざわつく店内から逃げ出すように店を出た。あたしの耳にはいつまでも大きな声のおかみさんの感謝の声が届く。
やっぱり帝国内じゃそこそこ顔が知られてるし、恥ずかしすぎてもうあの店には顔を出しづらいな。無料で鶏肉のミルク煮を食べられる権利はもったいないとは思うが。
できれば目立たずにひっそりと暮らしたいんだよ……。
そういえば、アルテアが言ってたな。ロンド王国は人間と亜人が助け合って暮らしている平和な国だって。クラテール帝国を離れて、隣国のロンド王国で暮らすという選択肢もあるかもしれない。
せっかくエルフや獣人が存在しているこの世界に生まれ変わったんだもん。たくさん亜人の友人を作りたい。
ハーフエルフのかわいい友人、エレインとはもう会えなくなっちゃったけど……。
決めた! あたしはこれから、ロンド王国へ移住して亜人の友達を作るために行動しよう。
亜人の友達を作って、ほのぼのした日常系の主人公になるぞ!
それがこの世界での、あたしの使命なんだ。そうに違いない。
☆ ☆ ☆
使命に目覚めたあたしは、すぐ行動を開始する。
ランケアの街を出て北部の港町オーベルジーヌまで馬車の旅を経て、翌日の午後には出国の船の上だった。
あたしは話しかけられないように端っこで小さくなっているが、周りでは乗客たちが何やら噂話で盛り上がっているようだ。『ロンド王国ではここ数年、貴族の不審な病死が続いている』だなんて物騒な話も聞こえてくる。
あれ、ロンド王国って平和な国だったのでは……。
まぁ、何か事件が起こってるのだとしても、あたしには関わりのないことだろう。
ロンド王国では穏やかな日々があたしを待っている。そうに違いないんだ。
それにしても、船が遅い。
精霊石を動力にしているようだけど、あまり風をつかめていないように感じる。
きっと安物の精霊石を動力にしているんだろな……。
勇者パーティで何回か船に乗ったけど、エレインの精霊術で船の運行はいつも順調だった。
エレインがいれば船の旅も安心なのにな……。
精霊と会話しているエレインを思い出しながら、小声で風の精霊の名を呼ぶ。
「お手伝いしてくれるかな、シルフ」
すると甲板を風が駆け巡り、力なく垂れていた帆が突如バサリと音を立てて膨らんだ。
「おお、この風ならいけるぞ! 帆を調整しろ!」
船員たちが一斉に動き出すと帆船は再び力を取り戻して進み始め、あっという間にロンド王国のダヴ港へと到着した。
風の精霊さんたち、手伝ってくれてありがとう。
☆ ☆ ☆
はぁー、疲れたぁ。
さて、乗客たちもほとんど降りたようなので、あたしもそろそろ船を降りよう。
入国の手続きに時間かかるかなぁ。日も沈み始めてるから、早く宿をとって休みたい。
……ん?
入国手続きって必要だよね? 船の降り口まで来たけど手続きをする施設が見当たらない。船員もいないし、あたしより先に船を降りた乗客たちはすでに街区へと歩き出していた。
「ここの港、手続き不要なの? そんなことってあるんだろうか……」
そういえば、出発する時も乗船料を支払った以外に特に出国の手続きはなかったな。
帝国のほかの港町にも行ったことがあるけど、そこでは船着き場に入出国を管理する施設がちゃんとあったもん。入出国手続きって仕組みはこの世界でも存在するはずだ。
もしかして、オーベルジーヌ港とダヴ港の間では人の移動が自由ってこと?
姉妹国である帝国と王国は歴史的な深い関わりからほぼ同じ国、だなんて話を冗談半分に聞いていたけど、冗談ではなかったのかもしれない。
入出国の審査なしで人の移動が行われている国なんだ。
あまりにもセキュリティが甘すぎやしないか……楽だから助かるけども。
……という事で、無事に隣国のロンド王国へ入国完了!
☆ ☆ ☆
「……あれは、うさ耳?」
宿を探すために街区へ向かっている途中、港の広場の向かい側を歩くうさ耳の少女が目に留まった。
あたりをキョロキョロと見渡すしぐさに合わせて、垂れたうさ耳が小さく揺れる。
でも兎人とかじゃなくて、フードを被った小柄な女の子?
うさ耳が垂れたフードのついた白とピンクのパーカーのような上着に、白いフリル付きの膝丈スカートを履いているようだ。
ゆめかわパーカーコーデって言うのだろうか。元の世界にいた頃、やってみたかったけどあたしは勇気がなくて挑戦できなかったコーディネートだ。かわいい。
縫製技術がまだあまり発達していないこの異世界で、あんなデザインの服は初めて見た……。
もしかしたらクラテール帝国のファッションが地味なだけで、ロンド王国や他の国ではオシャレでかわいい服が存在する?
すっごい気になる。
かわいい服のことが気になるけど、うさ耳の少女に話しかける勇気が出ない……。
遠目に様子を伺っていたけど、少女はしばらく辺りを見渡してから路地に入って行ってしまった。
港の広場は美味しそうな香りを振りまく出店で賑わっているけど、路地の奥にも何かあるのかな。
「うーん、すっごく気になるけど……」
決められない。
そう、あたしは決められない女だ。
人見知りで臆病で優柔不断で、そんで最近無職に……あぁ、自分で言ってて悲しくなってきた。
で、でもやっぱりかわいい服について聞きたい……!
うさ耳の女の子を追いかけて声を掛けてみよう。人間でも小さい女の子なら、きっと……きっと優しくお話をしてくれるはず!
かわいい服の謎を解明すべく、あたしは暗い路地の奥へと向かった――。




