膝の上
あの店から出てきた2人。
犯罪奴隷の小さい猫族のレセラ。小さいと言ってもわたしよりも背は高いけど。
もう1人は銀髪のほわっとした雰囲気のアイリス。アイリスも傭兵なのかしら?わたしの服装を見て希望が湧いたと、服装がかわいいと褒めてくれている。まぁ、いいセンスしてるじゃない?
この世界……だとかって、わたしの従者みたいな言い方してたのが気になるけど。もしかしたらアイリスも従者と同じ、かなりの変わり者なのかもしれないわね?
そういえばダブ港に置いてきてしまった従者、さっきまで怒ってて大変だったわ……。
帰って来てからずっと拗ねてて面倒だったので、やっとのことで寝かしつけて家を出たところで2人と出会ったのよね。
いまから行こうとしていた場所へアイリスを連れていくことになったので、大通りで拾った馬車に乗って3人で王都の北部地域へと向かっている。
「ねぇ、フラウラちゃん? 馬車でどこまで行くの?遠く?」
「フラウラでいいわよ。素敵な服屋は王都の北側の外れにあるの。大体30分くらいかしら」
「フラウラって呼ぶね……! あ、あたしのことはお姉ちゃんって呼んでね!!」
そういいながら、膝に乗せたわたしをぎゅっと抱きしめるアイリス。
「いや、やっぱこの状況はおかしいと思うのよ、アイリス」
「だって2人乗りの馬車なんだから仕方ないじゃない!フラウラが一番小さくてかわいいから、いちばんお姉さんのあたしの膝の上に乗るしかないんだよ」
ちょうど通りかかった馬車が1対1で向き合って座る2人乗りの小型の馬車だったのだけど、3人で乗れる馬車を待つのが煩わしかったので、アイリスとレセラが一緒に座ってくれないかと頼んだの。でもね、気が付いたらわたしはアイリスの膝の上。これ、わたしが子ども扱いされてるよね?
「……あなたたぶん勘違いしてると思うけど、わたしは20歳よ?」
わたしの言葉にアイリスは一瞬、抱きしめる力を緩める。
「え!? うそでしょ、10歳くらいに見えるのに……」
「エルフは長命種だもの、人族とは身体の成長速度が違うの」
「でも、小さくてかわいいからあたしがお姉ちゃん!」
そういいながら抱きしめる腕に力をこめるアイリス。
「ふたりは何歳なの?」
「あ、レセラは17歳で、あたしは先日15歳に……。でもね、あたしが一番お姉ちゃんでいいでしょ!?」
……うん、やっぱりすごく変わりなのだろう。
「農地……」
わたしとアイリスの話に興味を示さず、向かいに座って馬車の外を眺めていたレセラがつぶやく。
「本当だ、さっき城門を出たとこだよね? 王都のすぐ外に農地があるの?」
「あなたたち、王都に来るの初めてなの?」
王都の北側が広大な農地になっていることくらい、王都で生活する者なら誰もが知っているはず。
南側は商業区と居住区、中心にフィリア様が建立した大聖堂と王家や貴族の屋敷、北側は農地の他に、ちらほらと古い商店や工房が点在しているわね。
「私は王都に出入りするとき、馬車ではいつも寝ていました」
そういいながらレセラは眠そうな顔をしている。なんの罪を犯した奴隷なのかは聞いていないけど、随分と太い性格をしているようね。
「あ、あたしは……クラテール帝国から来た旅人なんだ」
クラテール帝国から?
「……そう、なんでロンドに来たの?」
わたしの言葉が冷たくなったことに気づいたのか、慌てたような声で続けるアイリス。
「あたしは争いごとが苦手で、魔族との戦闘とかまったくダメなんだよね!帝国の人たちとも気が合わなかったし、てか人間がそもそも苦手で、ロンド王国が平和な国だって聞いていたから、この国に移り住んで亜人の友達を作ってのんびりと暮らそうと思ってたの!」
アイリスは弁明するように早口で話した。
亜人の友達を作って、のところでわたしを抱きしめる手に力が入っていたけど、人間が苦手だから亜人と仲良くしようってこと?単純ね。
「まぁ、争いごとが苦手ならこの国で暮らすのが妥当だわ。帝国では争いから逃げることはできないもの。もう100年以上、魔族領との国境を取ったり取られたりしているけど、魔族との最前線という立場を利用してクラテール帝国だけが成長しているのよ。ロンド王国はこんなにも貧しい国だというのにね」
「そ、そうなんだ……。フラウラは帝国が嫌いなの?」
「大嫌いよ、クラテール帝国も、帝国騎士団も。あと、帝国騎士団に武器を提供しているロンド王国の商人も大嫌いだわ」
思わず語気が強くなってしまい、馬車の中に沈黙が訪れる。
「ごめんなさい、帝国騎士団は嫌いだけど、帝国の民が嫌いなわけじゃないわ。アイリスのことも悪く言うつもりはないし、わたしの服装の良さを理解できるから好感度は高い方よ?」
「う、うん、ありがとう。あたしもフラウラだいすき、こんなかわいいエルフのお友達ができて嬉しい!」
お姉ちゃんと呼ぶつもりはないけど、友達と呼ばれることには抵抗はない。むしろ、わたしの洋服について理解してくれる人はロンド王国でも少ない……というかほぼ居ないので、アイリスとは仲良くしたいと思う。
「そうね、アイリスはこの洋服の良さを理解できるから、友達になってあげてもいいわ」
「ほんと!? やったぁ、エルフの友達ができたぁ」
そう伝えると、アイリスは膝の上でわたしを抱きしめる手にいっそう力を入れた。
子ども扱いされるのは好きではないけども、まぁアイリスが嬉しそうだから許ししてもいいんじゃない?
「でもさっき、メルクリウス商会から出てきたわよね、武器を買っていたの?」
「そ、それはっ……」
「ご主人はなにも買っていません。私は明日から傭兵ギルドの仕事をするので、無理を言ってダガーを買っていただきました」
ぼーっと馬車の外を眺めていたレセラがアイリスを擁護する。
ロンドはそこそこ平和で魔獣の被害くらいしか問題は起こらないけど、傭兵ギルドの仕事をするのに丸腰ってわけにはいかないわね。
「そういう事なら必要最低限ってことね。わたし、あの武器商人が大嫌いだけど、身近な生活を守るのに必要な刃物くらいは仕方ないわ」
再び馬車に沈黙が訪れる。わたしはどうも他人との会話が苦手で長続きしない。
もう少しで目的地に着くはずだけど、アイリスは私を膝にのせて抱きかかえたままそわそわしている。
「そ、そういえば、フラウラは昨日はダヴ港で何をしていたの?」
「昨日? あぁ、昨晩は布を探していたの。ロンドのとある貴族が着ていた服がとても……柔らかそうで、それと同じ生地を探しているのだけど、どうしても見つからないのよ」
「柔らかい生地の服……? コットンとかウールとか?」
「いいえ、どちらでもないわ。近くで見ただけで触れることはできなかったのだけど、あの服はそこらに流通しているものとは明らかに質が違ったの。あの艶は見たことがなくて……」
「艶のある質のよい生地……もしかしてこの国のどこかでシルクが生産されている……?」
アイリスが聞きなれない言葉を口にした。
「シルク……?」
「シルクっていう糸があるって、噂で!噂で聞いたことがあるんだよね。滑らかな手触りで、とても軽くて美しい素材なんだって」
わたしの質問に、慌てたようなそぶりでアイリスが答える。なんかこの子ずっと、あわあわしているわね。
「聞いたことないわね……。やはり、王国の外まで生地探しの範囲を広げる必要がある……?」
そんなことを考えているうちに、馬車は目的地に到着した。




