3話 弱虫ハンス
「……弱虫ハンスですわね?」
「ち、違います!断じて違います!」
あまりにも早すぎる否定。
思わず笑みがこぼれる。
「あらあら。随分と饒舌ですのね」
「違うと言っているでしょう!」
「では――“あの時のあなた”は、どなたでしたの?」
『やーい!やーい!弱虫ハンス!』
『えーん……。』
幼い頃、ハンスは親に連れられてよく王宮に出入りしていた。
次の国を担う少年の圧倒的な強さを前に、ハンスはしばしば涙を流した。
『ちょっと!殿下!』
『げっ、サブリナ!』
『王太子殿下ともあろうお方が弱いものいじめだなんて、はしたないですわ!』
『うるせえ!俺は認めてねえぞ!お前との婚約!』
『うるせえ、ではありません!俺ではなく私!私の未来の夫になる方にはそんな言葉遣いは許しませんわ!この前だって───。』
『あー、うるせ!お前嫌い!』
サブリナの口数が増えると、王太子はいつも逃げていた。
『大丈夫ですの?』
『えっ、く……。ありがとう……。』
『全く、いくら相手が殿下とはいえ、毎度泣かされてどうしますの!そんなことではお家は守れませんわ!』
『……サブリナ様は、強い方が好き?』
『え?まあそうですわね。嫁ぐなら殿方には強くあってもらわなければなりませんわ。』
ハンスは顔を赤らめ、指先をいじりながらしばらく黙り込んだ。
『……殿下より、好き?』
『えっ?』
サブリナ様はふっと失笑する。
『殿下のことは好きでも嫌いでもありませんわ。お父様と陛下がお決めになったことですもの。婚約ってそういうものですわ。』
サブリナは強く、光り輝いたかんばせを少年に送る。
『……ぼく、殿下より強くなる。』
『は?』
落ちていたツツジの花びらを持って、夢中でサブリナ様に迫る。
『ぼく、大人になったら殿下と決闘する!強くなって殿下に勝つ!そしたらサブリナ様……ぼくと結婚して?』
いつものサブリナなら躱しそうなものだが、ハンスはあまりに必死に映ったんだろう。サブリナはしばし言葉に詰まってしまった。
『……そうね。もし殿下に勝ったら考えてあげますわ。』
『……!絶対だよ!絶対!約束!』
サブリナは返事をしなかった。少年はそれを肯定と受け取った。
「あの弱虫ハンスがここまで力をつけたのは褒めて差し上げますわ」
「……そうだ。私は弱かった」
ハンスはテーブルの上で強く拳を握る。
「だからあの頃、誓った」
「……強くなると。何があっても、あなたを守ると。」
「は、ハンス……?」
あまりにギラギラした眼差しに、思わずたじろいでしまう。
「……失礼しました。今のはお忘れください。」
しばしぎこちない会話が続き、ハンスとの2回目の顔合わせは終わった。
「……なんだか最後のハンス、変でしたわね。まあ私にゾッコンでしたものね。つもる思いもあるのでしょう。」
自分の部屋から庭に咲き誇った白いツツジを眺める。
「白のツツジの花言葉、なんだったかしら。」
それは次のハンスとの顔合わせで知ることになる。




