20 「私たちは友人なのだから、遠慮はいらない」
前半はやらかした令息たちのお話。忘れられていそうな彼らの人物紹介。
マルコ(クリスタの元婚約者)
アルト(イーリスの元婚約者で第二王子)
ヘンリ(フローラの元婚約者)
クラウス(ユリアナの元婚約者)
マルコは掃除を終えた室内をぐるりと見渡した。
一月半を過ごした騎士団の寮は個室を与えられたが、寝台と机と椅子があるだけの狭い小部屋で寝るためだけの場所だった。実家の使用人部屋のほうがまだ広くて快適だろう。
それでも、初めて自分の手で全てを整えた生活の場だ。それももう終わりかと思うと、少しは愛着を感じる。
「マルコ、終わったのか?」
半開きのドアから顔を覗かせたのは同じく騎士団で扱かれていた仲間、アルトとヘンリだ。彼らはマルコの頬に貼られたガーゼを目にして、ひくりと頬をひきつらせた。
つい先日、マルコが元婚約者の祖父から鉄拳制裁を受けた場に居合わせてしまった。現役の考古学者と聞いていた先代のフルスティ伯爵は騎士団員に勝るとも劣らない体格で、拳に体重を乗せた実に見事なクリティカルヒットを放った。
現地調査や発掘作業に携わるアウトドア派で普通のご老体よりも頑強だと言うが、未だ鍛錬を欠かさないマルコの祖父と腕相撲でいい勝負ができるとか。絶対、ご老体などではないと思った。
事実、一発くらったマルコは伸びてしまい、実家に連行されたクラウスに続いてのダウンだ。
クラウスは解毒薬服用後に元婚約者に復縁の手紙をだしたせいで、即実家行きになった。
彼の姉が引き取りにきて『あんな手酷い別れの後でも、まだ自分を好きでいてくれると思うなんてどれだけお花畑思考なのかしら。嫌だわ、頭に蛆でも湧いているのではなくて?』とビシバシ弟の頭を鉄扇で殴りまくった。
騎士団のしごきではまだまだ甘いようだと、実家の過疎地域活性化政策とかで開墾事業に放り込まれた、らしい。
最初に『しんどい、つらい、しぬ』と書かれた手紙が届いたが、それ以降はこちらからの手紙にも梨の礫だ。
「い、生きてるよな?」と彼らが顔を見合わせて心配していたら、クラウスの領地出身の先輩からぐっと親指を立てられた。「ベツジンのよーになられております」との返答に安堵していいのか、恐ろしく不安になったが、まあ生存は確認されているから問題はない(?)はず・・・。
ものすっごくマズい解毒薬に閉口して、毒薬ではないのか⁉︎ といちゃもんをつけて、服薬を中止して以降は綺麗さっぱり忘れていた。まさか、中止したせいで破滅の果実の影響がでたとは思わなかった。パーティーで連行後に嫌がったのに強制的に再び毒薬もどきの解毒薬を飲まされて、十日間は食欲も湧かなくて、げっそりと窶れた。
その後に騎士団の下っ端生活に放り込まれて、最初は愚痴と嘆きで不平不満ばかりだった。クラウスが手紙を出したのはこの頃だ。次第に、貴族生活との違いを実感するたびに貴族としての矜持や役目も思い出してきた。
確かに、一人の女性を複数人の男性で囲って、他者を排除とか。
いくら、相手が聖女で護衛の名目でもあり得ない行動だよな、と第三者の視点で冷静になってきた。正気に戻ると、魔術学園での振る舞いが、特に卒業記念パーティーでの愚行に青くなった。
きっとこの先の人生も含めて、黒歴史のトップを飾る行いだ。何か失敗するたびに引き合いにだされそうだと憂鬱になっていたら、面会したオリヴェルから実に爽やかな笑みでトドメを刺された。
あの事件は学生たちの戒めに今後の学園で末長くずううううっと語り継がれる、と言われたのだ。
小冊子にして新入生に配るから、いや、すでに配り終えた後だとか。思わず、膝から崩れ落ちた。後から話を共有した友人たちも、だ。
態度を改めたら、社交界に復帰できるかもしれないと思っていたが、そんなのは高望みだった。この先、一生公の場にでるのは無理だろう。恥ずかしすぎて死ねる。
マルコは婚約者を蔑ろにした報復だと気づいた。
以前、鍛錬に夢中になって約束をすっぽかした時にも、オリヴェルに目だけ無表情の笑みで王都内の全鍛冶屋に出禁にすると告げられたのだ。
鍛冶屋に出禁とか、剣や武具の購入ができないだけでなく、修繕だって無理だ。騎士志望者には死刑宣告に等しい所業だった。にこやかな笑みで告げる男を悪魔だと思った。こんなのが義兄だなんて恐ろしくなったが、婚約者の交流をサボったマルコが悪いと言われて何も言い返せなかった。
遅刻するくらいなら最初から詫びいれろや、妹に迷惑かけるなと脅さ・・・、もとい、忠告されたので、時間厳守が無理な場合は連絡を入れることにした。それでも、妹より大事な用は何かとネチネチいびられたが。
マルコがため息をつくと、ヘンリに心配された。
「大丈夫ですか? マルコはヒーロネン家の領兵になるから、一番遠くの僻地まで行かねばなりません。しっかりと体調を整えたほうがいいですよ」
彼らは騎士団でのしご・・・、もとい、教育的指導が終わって、それぞれ処罰を受けることになっていた。
「すまない、私が兄上の相談をしたばかりに・・・」
アルトが顔を曇らせて、マルコは苦い顔を横に振った。
「破滅の果実を提案したのは俺だったから。アルトももう気にしないでくれ」
騎士団の寮に入る時に『もう殿下呼びはしないでくれ。その資格はない』とアルト本人から言われた。
それ以降、名前呼びで対等な付き合いになった。幼少期から殿下のご友人でいたよりも、現在のほうがよほど親しくなった気がする。・・・まあ、同病相憐れむかもしれないが。
アルトは王位継承権から外されただけでなく、王族籍も剥奪で母方の遠縁で伯爵家の養子になる。特別養子縁組ではないので、伯爵家を継ぐ資格はない。名ばかりの貴族令息だ。
伯爵領では貴重な魔法生物が多数生息しているが、密猟者が後を絶たずに取り締まりに苦労している。密猟者には他国の者もいるので取り調べは貴族籍の者が行っているが、危険で苦労の多い仕事で貴族令息には倦厭されていた。これまでは平民の腕の立つ兵士を騎士待遇で養子に迎えていたが、今後はアルトが密猟取り締まりの責任者に就く。
元王子が荒っぽい密猟者と渡り合えるのか心配だが、ヘンリだって実家の鉱山開発の責任者になる。こちらも荒くれ者や中には犯罪者で刑罰中の鉱夫相手の危険で厄介な仕事だ。時には視察で自ら鉱山の中に入ることもあり、貴族令息には人気のない仕事だった。
「計画を立てたのは僕ですし。乗り気でなかったクラウスには悪いことをしましたね」
「でも、聖女様をお守りすると張り切っていたのはクラウスだったから・・・」
ヘンリの言葉にマルコが口を濁す。一番アニタに入れ込んでいたのはクラウスで、彼らは引きずられた形で聖女にのめり込んでいったのだ。
アニタに惚れ込んでもパーティーでの愚行をやらかさなかったら、まだ若気の至りで済ませることができたのだが、今更だった。
アルトが気持ちを切り替えるようにぱんと手を叩いた。
「もう反省会はやめよう。後悔も懺悔もたくさんした。私たちは明日からそれぞれの道を行くんだ。
総団長がこれまでの労いでお別れ会を開いてくれるそうだ。久しぶりにご馳走がでると先輩方にも感謝されたぞ。
ここでお世話になった礼は新天地で生かさねば、な」
「ああ、そうだな」
「ええ、その通りです。落ちついたら手紙をだしますから、返事をくださいね」
「もちろんだ」
「手紙かあ、何を書けばいいのかな。苦手なんだけど」
「元気だとか、無事だとか。そんな一言だけでいいですよ」
「ああ、助けが必要だったら、素直に求めてくれ。私たちは友人なのだから、遠慮はいらない」
アルトが手を差し出して、ヘンリもマルコもガッチリと握手を交わした。
恋に焦がれ敗れて身分を失い、転落人生を歩むことになったが、彼らの友情だけは変わらない。周囲から腫れ物扱いで遠巻きにされたりしたが、騎士団で他の下っ端と平等に扱かれて、不変なものもあるのだと学んだ。
クラウスともできるだけ連絡を取り合っていこうと、彼らは永遠の友情を約束したのである。
クリスタはイオリのエスコートでホテルのロビーに足を踏み入れた。
カグヤから帰国前に挨拶をしたいと申し込まれた。カタリーナの話を鵜呑みにしたお詫びをしたいと和解を求められたのだ。
クリスタにしてみればもう関わり合いになりたくないのだが、密会は誤解だったにしてもテラスで抱き合っていた(実際はこけたのを助けてもらった)姿を晒したから無関係とは言い切れない。ミヤビやコトネにもカグヤの今後の待遇改善に繋がるから、とお願いされたら頷くしかなかった。
イオリが憂鬱な顔をするクリスタに申し訳なさそうに眉を下げた。
「クリスタ嬢、気乗りしない気持ちはわかる。無理を言ってすまない」
「いえ、『和解した』形にすることが必要なのでしょう?」
「ああ、君に負担をかける気はなかったのだが・・・」
カグヤは当主権限を伴侶となるヒスイに譲り渡すことになり、必要最低限の社交のみ参加になるそうだ。郷内に軟禁の形で、個人的に会う機会は今回を逃すとなくなる。
カグヤの謝罪は公家同士の仲を取り繕うパフォーマンスでもあった。イオリの番を受け入れるならば避けては通れない道だ。
クリスタはイオリの袖をつんつんと引っ張った。
「申し訳ないと思うなら、イオリ様の好きな『温泉まんじゅう』を贈ってください。わたくしも食べてみたいのです」
「え、それでいいのか?」
イオリが意外そうに首を傾げた。うん、いいのだ。
また土下座されそうになったり、阻止した挙句に抱きしめられたりするよりは心臓に優しい。さすがに兄もお説教したり、お邪魔虫で妨害はしないだろう。実に平和的な解決法だ。
「材料が手に入れば料理人に作ってもらえるだろう。まずは小豆に黒糖に・・・」
イオリが頷いて、食材に思いを馳せている。
彼らは自国から料理人も連れてきていた。イオリたちが留学の間に郷土料理が恋しくなった経験から、必要不可欠な人材だ。プロなら自国の食材が手に入らなくても代替え品でなんとかしてくれるだろうと期待している。
ちなみにカナデもイオリも自分で料理したこともあるが、料理の才能がないと思い知った。『無理せずプロにお任せ!』を習得したものである。
クリスタたちが最上階につくと、侍女が出迎えて案内してくれる。一番広い部屋に通されると、カグヤとヒスイが待っていた。
「足を運んでもらってすまない」
「安全上の問題があるからな、気にするな」
ヒスイとイオリが挨拶を交わし、カグヤがしおらしげに着席を促す。
「まあ、ようこそ。こちらへどうぞ。我が国のお茶を用意していますの」
「お気遣い、ありがとうございます」
クリスタが席に着くと、目の前にお茶と茶色で丸い物が置かれた。お茶は緑色で竜人族の国で飲まれている緑茶だろう。
クリスタはイオリから好物の温泉まんじゅうには緑茶が一番だと聞かされていたので、興味深そうに見つめた。
「我が国のお菓子で、伊織の好物の温泉まんじゅうよ。料理人に手伝ってもらってわたくしが作ったの。ぜひ、召し上がってね」
お詫びの品を手作りしたのだとカグヤは胸を張って自慢げだ。クリスタは手を合わせて目を輝かせた。
「まあ、これが温泉まんじゅうですのね。本当に色合いがわたくしに似ているわ、ねえ、イオリ様?」
「ああ、そうだろう。君を見る度に、温泉まんじゅうが食べたくなったものだ。この美味しそうな色は本当に君の瞳のようで、綺麗な茶色だろう?」
「・・・伊織、無粋な真似はしたくないのだが、まさかご令嬢を温泉まんじゅうに喩えて称えているのか?
それはちょっとどうかと思うが・・・」
ヒスイが遠慮気味に口を挟んできた。イオリの無粋さはよく知っているので、一応助け船のつもりだ。
イオリが真顔で頷いた。
「ああ、私の好物だからな」
「いくら、好物でも食べ物に喩えるなよ。もっと他に花とか宝石でも喩えるものはあるだろう?」
ヒスイが苦虫を噛み潰した顔で忠告すると、クリスタがコロコロと笑った。
「まあ、お気遣いありがとうございます。でも、わたくしは気にしていませんから大丈夫ですわ。イオリ様の感性は独特だと心得ていますから」
「・・・お前の番は心が広いな」
ヒスイが複雑な顔でイオリを見やると、ドヤ顔で大きく頷かれた。心なし、いらあっとさせられて、ヒスイの顔がひくりとなる。
カグヤはぽかんと口が開きそうになるのをなんとか堪えた。まさか、イオリの朴念仁さを許容する女性がいるとは思わなかったのだ。
「で、でも、温泉まんじゅうなんて、ごくありふれた物よ? 我が国ならどこでも手に入る、普通の食べ物だわ。褒め言葉にならないでしょう?」
「イオリ様の好物ですから。好意を告げられているのだと想像はつきますわ」
「う、嘘でしょ。そんな悪しゅ「輝夜、他にもお詫びの品は用意してある。侍女が運んでくれたから、お渡しするんだ」
ヒスイが『悪趣味』と言いかけた言葉を遮ってきた。これ以上の失言はマズいと視線で訴えられて、カグヤはひくっと息を呑んだ。
イオリの好物暴露でマウントを取ったつもりだったのに、逆に親密さを見せつけられるとか。屈辱で怒鳴りつけてやりたいが、ヒスイは父からお目付け役を頼まれているのだ。彼の前では大人しくするしかない。
カグヤは渋々と桐の箱を差しだした。中には薄いピンク色の小花の飾りが入っている。
「我が国でしか咲いていない桜の花の簪、髪飾りです。カイタラ商会が扱ってくれているのよ。
わたくし、年の近いお友達が幼馴染以外にはいなかったので、学園では浮かれてつい羽目を外してしまって。馴れ馴れしくして申し訳なかったわ」
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。公女様は学舎には通われなかったのですか?」
クリスタが不思議そうに問うと、代わりに答えたのはヒスイだ。
「輝夜によからぬ虫がついては困ると久遠公が敬遠されていたのだ。実際、学舎を見学しただけで輝夜のファンが押し寄せてきて大変だったそうだ」
「まあ、そうですの」
カグヤほどの美少女ならあり得る話だ。
クリスタが納得して頷くと、イオリから温泉まんじゅうの美味しさを熱く語られた。
ヒスイは引き気味だったが、なんとかずれまくった話を誘導して、謝罪を受け入れてもらったと和解成立したのである。




