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番だなんて人違いです  作者: みのみさ


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21/27

21 「私は君のために番を見捨てたのだ」

 クリスタは目の前に並べられた簪に戸惑った。

 全て青い花の飾りがついている。どれでもお好きな物をどうぞと言われた。マリカがお勧めのコッコラ家御用達のお店である。


 イオリの温泉まんじゅうへの愛で、和解の場は早めに終わった。カグヤの高慢さに対する意趣返しだと思っていたら、イオリの素でやらかしていた。カグヤのマウントに対抗するために、敢えてイオリに話を振ったのだが・・・。

 クリスタは思わずすんとなってしまった。何だか、温泉まんじゅうに負けた気分だ。

 午後からフルスティ家で祖父との顔合わせがあるが、予定より早く終わったので時間が余っている。イオリに買い物に付き合って欲しいと連れてこられたのが、この店だった。


「あの、イオリ様。お買い物とはこのカンザシのことですか?」

「ああ、初めて君に贈る我が国の装飾品がお詫びの品だなんて申し訳なさすぎる。ぜひとも、私から贈らせてもらいたい。

 人族の習慣では婚約者に自分の髪や瞳の色の装飾品やドレスを贈るものなのだろう?」

 イオリの中では候補が抜けてすでに婚約者の認識だ。訂正はめんどくさいことになりそうだから、そのままにしておくかと、クリスタは内心で天を仰いだ。


「君の茶色の髪には明るい色が似合うと思うのだが、初めての贈り物だ。私の色を身につけて欲しい」

 にこにこと顔を綻ばせる伊織の髪は紺色で瞳は青だ。紺色だと暗すぎるから、青い飾りのついた簪を贈りたいらしい。

 クリスタはイオリの瞳と目の前の簪を見比べて、小花が垂れさがっている物を選んだ。

「これが一番イオリ様の瞳に近い色だと思います。お花は見慣れない物ですが、これもイオリ様たちのお国のものですか?」

「ああ、藤の花を模しているな。本物の藤は紫色なのだが、我が国には紫髪の者もいる。誰でも身につけられるように色違いの意匠も用意されているのだ」

「そうなのですか」

「お客様、よろしかったら、髪に挿してみてはいかがでしょうか?」

 店員が声をかけてきてクリスタより先にイオリが了承の返事をだした。クリスタの目の前に大きめの鏡が運ばれて店員が櫛で髪を梳かしてくれる。軽くアップにして簪をさすと、手鏡で背後からの姿も映してくれた。


「うん、いいな。よく似合っている」

「ええ、素敵ですわ。婚約者様のお色ですし、普段使いから準フォーマルな場までと幅広く使えるデザインで当店一のお勧めでございます」

「・・・あの、それではこちらにします」

 クリスタは若干目を彷徨わせた。イオリが実に幸せそうに「うん、婚約者。いい響きだ・・・」と感動していて、店員の目が生温く感じる。

 プレゼント用に包装してもらって店を出ると、イオリがすっと手を差し伸べた。


「クリスタ嬢、この後は一緒に昼食をいかがだろうか? この近くに美味しいカフェがあると、琴音が言っていた。女子生徒に人気らしい。その、少し街歩きしてみないか?」

「ええ、そうですわねえ」

 クリスタは少し思案してから頷いた。ヒールのある靴だがそう高くはないので散策しても大丈夫だ。イオリがぱあっと顔を輝かせて、クリスタと手を繋いでくる。

「そうか、私たちの記念すべき初デートだな。はぐれないように手を繋いで行こう!」

「え、ええと、はい。はぐれると困りますから」

 クリスタは苦笑して頷いた。

 ぶんぶんと尻尾を振り回していそうな雰囲気が隣からしている。犬の散歩、と思いかけて、さすがに失礼かと頭の片隅に追いやる。


 イオリと連れ立って歩くのは学園で図書館に行った時だけだ。あの時よりも高さのある靴で歩くのはゆっくりめだが、イオリは彼女の歩調に合わせてくれる。

 マルコとパーティーに出席した時など、連れを気遣うことなく先に行かれてしまうこともあっていつも歩きやすい靴にしていた。お洒落なヒールのある靴など最初から選択外だった。

 イオリと過ごす時間が増えるたびに元婚約者との違いが明らかになっていく。マルコが無神経すぎるのか、はたまたイオリが気遣いできる男なのか。

 イオリの感性はちょおっとだけ残念で独特な褒め言葉だが、好意が含まれているのはわかっている。何もなしよりは遥かに好感触で彼といるのは心地よかった。

 恋と呼ぶにはまだ早いが、そのうち芽吹くものがありそうな予感はしている。

 クリスタは繋いだ手にくすぐったさを覚えて少しだけ面映い。手を繋ぐなんて子供の頃に兄としたくらいだ。自分の手より大きくて厚い手のひらになんだか落ちつかない気分になる。


「あの、イオリ様。いつもお花やお菓子をいただいていますし、今日は簪まで贈ってもらいました。何かお返しがしたいのですが、イオリ様が欲しいものはありますか?」

「お返しとか気にしなくていいのだが。私がしたくてやっていることだし。

 こちらでは『釣った魚に餌はやらない』などという諺があるらしいが、我らの常識では伴侶に餌付けは基本だ。給餌行動は求愛や溺愛の証だしな」

「それは諺ではないのですけれど・・・」

 クリスタはそう言えば、以前に『あーんで食べさせ合うとか言っていたな』と思いだした。


(え、まさか婚約者になったら、それやらなきゃなの?)


 それはちょおおおっとハードルが高いなと内心で赤くなったり青くなったりと狼狽えていたら、イオリに首を傾げられた。

「クリスタ嬢、歩き疲れたか? 少し元気がないようだが。足が疲れたなら、おぶって行こうか」

「い、いいえ! 大丈夫です、ご心配なく」

 クリスタは大慌てで答えた。イオリのことだから、周囲の視線を気にすることなく本当にやりそうだ。

 クリスタが淑女らしく表面を取り繕っているのを見抜く眼力はすごいのだが、その後のフォローが残念すぎる。


 クリスタはこほんと咳払いした。

「その、お返しを考えていただけです。わたくしの色は髪も瞳も茶色ですから、贈り物にはぱっとしない色でしょう。イオリ様に喜んでもらえる物は何かと思いまして」

「温泉まんじゅうで十分だ。君と婚約できるだけで嬉しいのだから」

「そういうわけにはいきません。大体、温泉まんじゅうは我が国にはありませんから、公女様のように手作りするしかないですよ?」

「手作り! 君が作ってくれるなら、なんでもいい。温泉まんじゅうでなくても構わない」

 イオリは再び感動してふるふるとしている。ちょびっとだけ目も潤ませて感涙とか、相変わらずポジティブすぎる。

 ちょっとこの人、大丈夫かな? といささか不安になって、クリスタの頬がひくつく。


 微妙な会話を続けていると、目的のカフェに到着だ。先ほどの買い物中に護衛が先ぶれで予約を入れてくれて並ばずに席につけた。

 二階のテラス席で観葉植物をパーテーションにして他者の視線を遮っていた。見晴らしの良い個室のような空間だ。

 護衛はパーテーションの外側で待機で二人で席に着いた。メニュー表を仲良く眺めて、本日のお薦めランチからそれぞれ選んだ。

 イオリは海鮮グラタンでクリスタはごろごろ野菜たっぷりのシチューだ。


「クリスタ嬢、手土産にここの焼き菓子でも持参しようと思うのだが、ご家族のお好みではどれがいいだろうか?」

 イオリがテイクアウトメニューを見ながら尋ねてきた。

「まあ、いつもわたくしの好物を持ってきてくれていますもの。今日は祖父母と挨拶するくらいですし、そんなに気を使わないでくださいな」

「しかし、初対面で手ぶらは格好がつかないし、挨拶は大事だろう。甘い物がお好きでないなら、酒類はどうだろうか? 珍しい果実酒なども手土産によいと思うのだが」

 イオリが思案していると、給仕が現れてランチが届いた。相談はまた後でとなったのだが、クリスタははたと気づいた。二人きりの食事風景だ。

 もしかして、これは『あーん』される機会なのでは?


「クリスタ嬢、美味しそうだな。早速、いただこうか」

「え、ええ、そうですね」

 クリスタは挙動不審になったが、なんとかイーリス仕込みのマナーを披露した。サービスの食前酒を口にした途端に、「クリスタ嬢、そう言えば・・・」と声をかけられて思いきりむせこむ。

 ゴホゴホッと口元を覆ったナプキンが赤く染まっていった。

「クリスタ嬢!」

 イオリの焦った声がして、護衛が慌てて中に飛び込んできた。




 輝夜は落ちつきなく室内をうろうろとしていた。

 伊織たちと和解した翌日で明日には帰国予定だ。そろそろ何らかの知らせが届くはずだと期待と不安で緊張していた。

 昨日のお詫びの品で作った温泉まんじゅうにはカタリーナの伝手で手に入れた仮死状態の薬を混ぜてあった。すぐに効果がでては怪しまれるので、摂取後数時間で効くように調整した。竜人族には健康に問題がない程度だが、人族には十分効き目がでるはずだ。


 カタリーナの母が病弱なせいか、公爵家のお抱え医師は様々な薬に精通していた。運よく、この仮死状態薬についても詳しかったから、南国に興味のあるフリで話を聞きだした。やはり、人族は獣人や竜人に比べると脆弱らしく、他種族より少量の薬でもよく効いたり、他種族では問題がないのに人族だけ影響がでる薬もあるという。

 実験する暇はなかったが、人族に効く分量は混ぜたのだ。何らかの不具合がでるはずだった。

 昨日のうちに知らせがあると思っていたのに、何もない。クリスタが倒れた直後なら混乱もあるだろうと待っているのだが、まさか輝夜から尋ねるわけにはいかない。向こうの出方を待っている状態で非常にもどかしい。

 翡翠とお茶をしている最中もずっと上の空で心配されてしまった。


「輝夜、どうした。やはり、公爵令嬢との別れが辛いのか?」

「え、ええ。翡翠様、予定より滞在期間が短くなってしまったから残念で」

「しかし、あの令嬢にはしてやられた。我らも不注意だったが、彼女の傲慢さで不利益を被ったから、そう惜しむことはない。

 久遠公が護衛付きで学舎通いを認めてくださったから、君に相応しい友人が本国でできるさ」

「そうでしたら、よいのだけど。でも、カタリーナ様にはお世話になったから、帰国してお礼の手紙だけはだしておくわ」

「ああ、そうだな」

 翡翠はお茶を飲んでから、お茶菓子を手にした。輝夜も手にして可愛らしく小首を傾げる。


「翡翠様、伊織たちにもお手紙をだしたほうがいいかしら? わたくし、慣れない学園生活で失敗してしまって、伊織たちには本当に悪かったと思っているのよ」

「輝夜、わかっているとは思うが、君が公の場にでるのは皇帝陛下にご挨拶する必要のあるものだけだ。普段は郷からはでられない。文通をしていても滅多に会えなくなる。却って寂しくなるのではないか?

 学舎に通えば新しい友人もできるだろう。もう幼馴染だけにこだわることはないぞ」

「そんな、翡翠様・・・」

 輝夜はしょんぼりとして金の瞳をうるっとさせたが、内心ではイライラとしていた。


 手紙はクリスタの様子を知る口実だ。もしかしたら、想定よりも薬が効かなかったのかもしれない。一命を取り留めたかもと思うと、不快感でいっぱいになりそうだ。

 輝夜は今は厳しい措置を取られているが、数年もすれば父も翡翠も緩めてくれると思っていた。二人とも輝夜には甘いのだ。大人しく反省している様子を見せて甘えれば、許してくれるはずだ。

 その時に伊織が番から解放されていれば、彼との未来もあり得るかもしれない。

 輝夜が内心を隠して涙目で見上げたら、翡翠がはあっと大きくため息をついた。


「輝夜、君が伊織に未練があるのはわかっているが、番を得た相手に恋慕するのは恥ずべき行為だと承知しているな? いい加減、諦めてくれ。でないと、今以上に厳罰に処すしかなくなる。

 次の御影公を廃人にするわけにはいかないのだ」

 翡翠が懐から小瓶を取り出して輝夜の目の前に晒した。見覚えがある小瓶はカタリーナからもらった仮死状態の薬だ。さあっと青ざめる輝夜に翡翠は憐憫の視線を向けた。


「これを手作りしたまんじゅうに混ぜたそうだな。念の為に見張らせていたが、まさか伊織の番に危害を加えようとしたとは思わなかったよ。密かにまんじゅうをすり替えておいたから問題はないが。

 輝夜、さすがにおイタがすぎるぞ」

「ひ、ひすい、さま。どうして・・・、い、いいえ、知らないわ。そんな薬。わたくし、何もしてないわよ」

 震え声の輝夜に翡翠は眉間に深いシワをよせた。


「知らないなら、なぜこれが薬だとわかった?

 わざわざ公爵令嬢が口利きして手に入れた薬で、獣人族で扱われているものだ。仮死状態になって一時的に心の臓が止まるらしいな。ご禁制ではない通常の医薬品だそうだが、医師の処方箋がないと手に入れられないという。

 君は公爵家のお抱え医師からわけてもらったのだろう?」

 輝夜ははくはくと口を開け閉めした。まさか、翡翠に全てばれているとは思わずに頭の中が真っ白になる。


「第一王子の側近から公爵令嬢の動向に怪しい動きがあると忠告されていた。また、君が良からぬことに利用されるのではと密かに見張り役をつけておいたのだ」

「・・・第一王子の側近?」

「ああ、フルスティ伯爵令息、伊織の番の兄だそうだ。どうも、密会の噂で責めたてたから公爵令嬢を警戒していたようだな」

「そ、そんな・・・」

 輝夜は酸素を求めるように息を呑んだ。まさか、クリスタの関係者にしてやられるとは思いもしなかった。ただの地味な伯爵令嬢だと侮っていた。

 翡翠はすっと目を細めて狼狽える婚約者を観察していた。


「輝夜、番を排除しても伊織が手に入るわけないとわかっていただろう? 廃人にしたいほどあいつが憎かったのか?」

「な、何を言うの、翡翠様。わたくしが伊織を憎むなんて、そんなバカなこと」

「ならば、なぜ番を排除しようとした?」

「そ、れは、番の絆が切れると思ったからよ!」

 輝夜は古い文献から見つけたと白状した。まさか、振られて伊織を憎んだと思われるなんて予想外だ。伊織の耳に入るのが怖くて、誤解を解くために全てを語った。


「輝夜、それは誤解だと思うぞ。番を失っても廃人にならないのは番との忘れ形見がいる場合だけだ。

 文献の皇族の女性はもしや孕っていたのではないか?」

「え?」

 輝夜は激しく瞬きを繰り返した。すっかり混乱して冷静さを失っていた。よく頭が回らない。

 翡翠は考えをまとめるように口にした。

「未婚女性の妊娠は醜聞となる。公式記録に残されなかっただけで、その女性は出産したのではないか?

 女性は番を失っても廃人にならずに孤児院を経営したのだろう。表向きは子供を孤児として、自分で育てるために孤児院を作ったのなら、つじつまはあう」

「え、番との子供がいたから、女性は廃人にならなかった?」

「ああ、そう考えるのが自然ではないか?」

「そ、そんな・・・」

 輝夜は呆然となった。瀕死状態で番の絆が切れると思ったのに、誤解だったなんて。


 翡翠は立ち上がると、輝夜の前に跪いてその手をそっと握った。

「輝夜、私は出会った時からずっと君だけを見てきた。君が伊織に懸想していたのはもちろん知っている。

 でも、あいつはもう番と出会ってしまったのだ。不毛な恋には終止符を打て。

 私ならば番と出会うことはなく、君を最優先にできる。これからずっと君を守ると誓おう」

「ひ、ひすいさま・・・、そんな、わたくしは・・・」

「輝夜、私は君のために番を見捨てたのだ」

「番を、見捨てた? え、何を・・・、翡翠様?」

 輝夜は翡翠の衝撃的な告白に目を見張るばかりだった。

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