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番だなんて人違いです  作者: みのみさ


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22/27

22 「君も私を一番大切にしておくれ」

今回はシリアスなお話。

 初めて見た久遠家の嫡子はとても綺麗なお人形のような女の子だった。ぼうっと見惚れていた翡翠は姉に声をかけられてはっと我に返った。

「翡翠、どうしたの? 庭園に行かないの?」

「え、い、行くよ」

「早くしないと置いて行くわよ」

 三公家の子供たちの中で一番年上の姉はさっさと歩きだす。すでに何度もお披露目には参加しているので慣れた足取りだ。

 翡翠の目はチラチラと輝夜を追っていた。もの慣れずにきょろきょろとする輝夜はぎゅっと父の手にしがみついている。新たな公家の一員となった幼女を周りは微笑ましい目で見守っていた。


 四阿にお茶の支度が整っていて、大人と子供は別のテーブルだった。

 輝夜は父から離れて不安そうに俯いているが、花蓮が面倒をみていた。クッキーという人族で定番の焼き菓子がだされて、恐る恐る口にする様子がとても愛らしい。

「お煎餅よりも柔らかくてボロボロ崩れるな」

「まんじゅうのほうがお腹がいっぱいになる」

 奏と伊織が遠慮なくクッキーを頬張っては言いたい放題だ。すでに彼らの皿は空っぽで、おかわり用に手を伸ばしていた。彼らの妹がジト目で睨んでいる。


「お兄さま、ずるい。残しておいてよ」

「かなでさま、全部食べちゃったの?」

 伊織の妹の琴音は奏の番だ。伊織がお披露目後に奏が御影家に遊びに来て番だと発覚した。

 番になると相手に餌付けしたくてたまらなくなるものなのだが、まだ子供の奏は食欲に負けた。

 琴音が恨みがましい目で奏を見つめている。琴音は奏にあーんしようとクッキーをとってあったのに、奏は全部食べてしまったのだ。

 奏はあたふたとして周囲に目をやった。


「え、えっと、ごめん。珍しかったから、つい食べちゃって。おかわりはまだある?」

「申し訳ありません。先ほどの皿が最後でして」

 給仕人が申し訳なさそうに頭を下げた。奏は青い顔になって、琴音がうるっと涙目になった。

 翡翠はやれやれとまだ残っていた皿を奏の前に置いた。彼は輝夜に見惚れていてあまり食べていなかったのである。


「お腹が空いてないから、あげるよ」

「え、翡翠のなのに、いいの?」

「うん、琴音がかわいそうだから」

 ぐぬぬっと奏が渋面になり、琴音がぱあっと顔を輝かせた。雅が尊敬の眼差しを注いでくる。 

「さすが、翡翠さま。お優しいわね、お兄さまにも見習ってほしいわ」

「ありがとう、ひすいさま。ひすいさまにはこれをあげる」

 琴音がとっておいたクッキーをよこしてきて、今度は奏が涙目になる。


「そ、そんな、琴音。僕にあーんしてくれないの?」

「かなでさまは忘れてたからあげない」

 ツンと琴音がそっぽを向いて、奏が絶望した顔になる。あーあという顔で伊織が二人から、そろおっと距離をとる。薄情にも巻き込まれたくないようだ。

 花蓮が年長者らしく仲裁に入った。


「ほらほら、ケンカはおよしなさい。輝夜姫が驚いてしまうでしょう。皆、輝夜姫よりお兄さんとお姉さんなのだから、模範になるように努めないと恥ずかしいわよ?

 お茶をいただいたら、お庭で遊んでもいいと言われているわ。早くいただいてしまって、お花畑に遊びに行きましょうよ」

「お花畑より木登りがしたい。奏、競争しよう」

「で、でも、琴音が・・・」

「わたくしはお花畑に行きます」

 琴音がキッパリと宣言して奏がガーンとショックを受けている。伊織はそんな友人を遠慮なく引きずって木登り競争に連れて行った。翡翠が彼らのお守り役で後をついて行く。

 琴音はもらったクッキーを女子で分け合って食べることにした。輝夜が目を丸くしてクッキーと奏(哀愁漂う後ろ姿)を見比べる。


「こうたいしさまはいいの?」

「いいもん、かなでさまなんて」

 ぷくうと琴音が膨れて、雅が彼女に味方する。

「そうそう、お兄さまは伊織さまと遊べばケロッとなるわよ」

「琴音姫は奏様の番なの。犬も喰わないというものだから、二人には関わらないほうがいいのよ」

 花蓮が苦笑して雅がうんうんと頷いている。輝夜はどうしたらいいのかわからなかったが、年長者の花蓮の言うことならばいいのかな、と納得した。


 女子はお花畑で、男子は庭園の木登りだ。

 公家の子供たちは皇家を支える人材になり得る。お披露目後はいつも通りお茶会で交流をはかっていた。

 輝夜のお披露目は何事もなく無事に終わった、大人的には。

 子供たちの中では輝夜と伊織と翡翠の三角関係の始まりだ。

 翡翠は次子で婿入り可能だった。跡取りの輝夜との縁組はちょうどよかったのだが、伊織を気に入った輝夜が承知しなかった。

 翡翠は輝夜の気が変わればいつでも伴侶候補に名乗りをあげるつもりで、早速番探しを始めた。


 番の気配を感じれば何があっても惹きつけられるものがあって、自然と足が番のもとへと動く。番を感じる距離には個人差があるようで、魔力量が多いものほど遠方からでも気づくと言われている。

 翡翠は安定した竜形になることができるようになっていて、郷間を竜になって飛んで移動した。郷内は馬車でぐるりと回って確認する。故郷はいつでも探せるから後回しだ。久遠公の郷と御影公の郷を一年かけて巡った。手がかりはなしで、番がいるならば故郷しか残っていない。

 翡翠は竜形で飛ぶ練習で郷内の上空はよく飛行していた。何かを感じたことはなかったから、番はいないのだと楽観視していた。物見遊山のつもりでのんびりと馬車で巡った。


 最後の村も手がかりはなしで、ようやく帰宅できると気を抜いた時に村の奥に裏山に続く小道を見かけた。

 なんでも優秀だが変わり者の薬師の一族が山腹に居を構えているという。

「すぐに薬草が手に入るからと、わざわざ山の中腹に住んでおるのですよ。綺麗な湧き水の近くで希少な薬草が自生しているとかで。

 熊ごときに負ける我らではございませんが、害獣はともかくとして自然災害が起こると危ないと言うても聞いてもらえませんでのう」

 村長が白い顎髭を撫でながら嘆息した。末の孫娘が嫁いでいるから心配しているのだ。


「最近は薬草栽培も手掛けていて、畑を開墾するために伐採地区を増やしておりましてなあ。

 土壌が脆くなっているところがあると猟師から報告があがっておるのですが、今まで無事だったから平気だと聞く耳を持ちませんで」

「そうなのか。もしかして、土砂崩れの危険があるのか?」

 翡翠は従者に尋ねた。従者はこの辺りの出身で案内役も兼ねている。

「過去の記録では大規模な災害が起こったことはありません。危険度は開墾の規模にもよると思います。戻ったら管理課に視察の提案をあげておきましょう」

「視察、かあ。ねえ、ちょっと様子を見に行ってみないか? 都に戻ってからだと数カ月先になるし、危険があるようだったら間に合わないだろう?」

「若様、視察と称してもう少し羽を伸ばしたいのですね?」

「ははっ、バレたか」

 翡翠は従者のジト目に朗らかな笑みを返す。


 従者と護衛だけの少ないお供で自由に出歩けるのは帰宅するまでだ。さすがに弧月家の公子となれば市井の者のように気軽には出かけられない。帰宅の目処がついた途端、自由に振る舞う時間が惜しくなったのだ。

 従者は護衛としばし相談してから戻ってきた。

「山腹ぐらいまでなら登山しても大丈夫でしょう。帰りは竜化して戻ればすぐですし。今から行ってみますか?」

「いいのか、早速行ってみよう!」

 翡翠はうきうきとしていた。

 頑強な竜人にとっては登山もピクニックと変わらない。村長から紹介の手紙と孫娘宛の伝言を受け取って気軽に登り始めた。お弁当も持たされて気分はすっかりピクニックだ。


「若様、ご機嫌ですね。ようやく、都にも帰れますし、番探しも無事に終えましたね」

「ああ、晴れ晴れとした気分だ。お前たちもここまで付き合ってくれてありがとう。戻ったら、休暇を取らせるからのんびりとしてくれ」

「ありがたいお言葉ですね。古道(こどう)は愛しの番とようやく婚姻だな」

「ええ、若様の番探しのおかげで資金が貯まりました。若様には心より感謝しております」

 古道と呼ばれたのは年若な護衛だ。御影公の郷で番と出会った経験を買われて同行した。番探しのアドバイザーでもあった。


「古道が番と出会ったのは年末の大市だったのだろう? ずいぶんと人混みで混雑していたと思うが、よく見つけたな」

「お互いに惹かれあっていて相手からも近づいてくれたから出会えました。なんだか、心が浮き立ってハイな気分で、てっきり市の熱気に浮かされていたと思っていたのです。それが、だんだんと心が満たされていって足が勝手に動いたといいますか。気づいたら、目の前にいた娘の目が金の竜瞳になっていて。

 ああ、出会えたのだ、と深い幸福感に酔いしれました。相手も同じだったと言っていました」

「羨ましいぞ、古道の番は身分も年も釣り合っていたしな」

 従者が羨望のため息をつく。彼は独身で番もいないと判明している。翡翠は揶揄うように肩を叩いた。


「そう嘆くな。戻ったら、姉上にいい相手を紹介してもらうように取り計らうから」

「ええっ! 若様、やめてください、勘弁してください。さすがに姫様のお手を煩わせるなんて畏れ多いですよ」

「そうですよ、姫様の人脈を思うと、胃が痛くなりそうです」

「ははっ、褒美にはならないか」

「むしろ、罰ゲームかと思います」

 げんなりする従者が面白くて、翡翠は声をあげて笑った。子供らしい仕草に従者も護衛も目を丸くする。

 もうすぐ12歳になる翡翠は公子らしい振る舞いをすでに身につけていた。番探し中でも態度を崩すことは稀で珍しい姿だ。番探しの義務を終える開放感でいっぱいなのか、若様もまだまだ子供なのだなあと彼らは微笑ましく思っていた。


 ぽつりと水滴が頭に当たり、木々の間から空を見上げると黒雲が広がっていた。

「若様、雨が降ってきました。まだ、登り始めたばかりですし、引き返しましょう」

「ええー、すぐ止むかもしれないのに」

「山の天気は変わりやすいですから、油断は禁物です。すぐに本降りとなるかもしれません。雨具の用意はありませんから、お風邪を召したら大変です」

「でも、せっかく登ったのに。お弁当だってまだ食べていない」

 護衛にも進言されて翡翠は不満げに顔をしかめた。

「では、明日また挑戦しましょう。少しくらいなら滞在を伸ばせますから」

「ええ、楽しみが明日に延びただけですよ」

「・・・そうかもしれないけど、残念だなあ。もう少し様子を見てみないか?」

 翡翠が珍しく駄々を捏ねている。それだけ楽しみにしていたのかと従者たちは不思議に思った。まあ、都に比べて田舎の村では娯楽などないから仕方ないかもしれない。

 従者たちはなんとか主を宥めすかして下山した。

 雨は夕方には止んだから、明日また登山できるはずだった。しかし、夜半過ぎに本降りとなった雨は三日間も降り続いた。四日後にはようやく晴天に恵まれたのだがーー


「朝方に地鳴りがしたかと思うと大規模な地滑りが起こった。薬師の一族の館が飲み込まれてしまったのだ」

 翡翠は苦しげに顔を歪めて語る。

 使用人も含めて十一人の犠牲者がでた。助かったのは外に出ていた使用人が三人ほどだ。彼らは畑や周囲の様子を見に行っていて、竜化して助かった。館内の者は竜化しても崩れた建物や流れ込んだ土砂に押しつぶされたらしい。

「本当は彼らを救えるはずだったのだ。大雨が続く中、古道が竜化して避難を呼びかけに行くと言ってくれた。でも、私はそれを断った」

「・・・翡翠様、どうして?」

 輝夜は常にない翡翠の苦しげな姿が怖かったが、黙っているのは耐えられなかった。早く話を終えて、いつもの翡翠に戻ってほしかった。


「下山した私はどうしても諦めきれなくて、薬師一族の元に向かおうとした。

 登山が楽しみだったのではない。なんだか、行かなければならない。大事な何かがあそこにあるという気がしてならなかった。雨が止むのを待てなくて行動しようとしたら、古道に止められた。

 古道に番を感じとったのではないかと言われて、私は混乱した。番はいないと思っていたから。

 そして、番を見つけてしまったら、君のことは諦めなければならなくなる。君への想いがまだ見ぬ番への想いで塗り替えられそうで怖かった。

 私は子供だったのだ、自分のことしか考えていなかった。

 古道が危険を承知で警告に行くと言ったのに、もう少し様子を見るように命じた。もし、古道が巻き込まれたりしたら、私の護衛がいなくなるし、古道の番が廃人になると言ってしまった。古道は私の番かもしれない相手を案じてくれたのに、私は卑怯にも彼の番を引き合いに出して思いとどまらせた。

 そうして、私は失ったのだ。番かもしれない存在を。

 あの日から、私の心には翳りが生じている。

 普段は気にもならないが、ふと気を抜いた瞬間に空虚な想いに囚われそうになる。そんな時は君を想うことで心の穴を埋めてきた」

 翡翠は温度のない目で輝夜を見つめてきた。


「おそらく、犠牲者の中に私の番がいたのだと思う。しかし、私は出会う前に失った。心の繋がりを得る前に、だ。

 私が廃人になることはないだろう。それでも、心に痛みを感じることがある。

 番を得る前でさえ、こうなるのだ。番と出会ってから失ってしまえば廃人となるのはとてもよく理解できる。

 輝夜、本当に伊織を想うならば番と引き離してはダメだ。この痛みに耐えられる竜人がいるとは思えない」

「ひ、ひすい、さま。わたくしは・・・」

「それとも、君は伊織を壊してでも手に入れたいのか?

 伊織の心などどうでもいいというならば、器だけへの想いだ。伊織に似た見目ならば誰でもいいとなるぞ」

「翡翠様、ひどいわ! そんな、誰でもいいなんて!」

「ならば、伊織は諦めろ。君の望みは破滅でしかない。

 御影家と皇家をも敵に回し、久遠公も滅ぼすぞ。それでも、君は望むのか? 自分自身だけでなく、お父上や一族郎党をも犠牲にすれば満足するのか?」

「ひっ、まさか、そ、そんな・・・」

 輝夜は青ざめた。翡翠に指摘されるまで破滅の可能性を考えもしなかった。


 翡翠は切なげな笑みでそっと輝夜の頭を撫でた。

「輝夜、何も案じることはない。私に番が現れることはないのだ。君を一生守って行くと誓おう。

 もし、君に番が現れたら、私は潔く身をひこう。番を引き裂くわけにはいかないと誰よりもよく理解しているのだから」

「・・・・・・」

 輝夜は何も答えられずにはくはくと口を動かした。

 伊織を諦められないが、彼の番を害そうとしたと翡翠にバレてしまった。翡翠が伊織に漏らしたりしたら、翡翠の言う通りになる。輝夜には身の破滅だ。

 翡翠は脅したりしてはいない。ただ、教え諭しているだけだが、どうしても弱みを握られた恐怖を感じてしまう。

 翡翠の胸三寸で輝夜の、いや、久遠家一族の命運が決まるのだ。


 どうして、こんなことに・・・。ただ、愛する者を望んだだけだったのに。


 輝夜はくらりと目眩がしてその場に倒れ込んだ。


 翡翠は輝夜をしっかりと抱き留めて、双眸に暗い光を宿していた。

 輝夜には番が現れたら身を引くと言ったが、不可能だ。番と出会う前に失ってしまった翡翠にはもう輝夜しかいない。輝夜まで失ってはあの日から生じた虚無な心の埋め方がわからなくなる。

 輝夜が公爵令嬢に嵌められていたのは知っていた。きっと、輝夜は伊織の番相手にやらかすと思っていた。そうなれば、輝夜の代わりに当主権限を任せられる可能性は高い。輝夜の行動を把握する立場になれば、操るのは容易い。

 まだ番探しを終えていない輝夜には番と出会う機会がある。翡翠はその機会を徹底的に潰すつもりだった。

 だって、翡翠には番がいないのに、輝夜が番と出会うなんてずるいではないか。彼女と出会ったからこそ、翡翠は番を失ったのだ。それも己の判断ミスで。


 輝夜には自分と同じように()()()()()番を失ってもらわなければ不公平だ。


 輝夜には罪がない、ただの八つ当たりとわかっている。だが、番がいないはずの伊織に番が見つかった。輝夜にも番が現れたら、どうすればいいのだ。翡翠の番は失われてしまったのに、自分だけ空虚な生涯を送るなんて耐えられなかった。

 出会う前ならば、それこそ金の竜瞳が顕現する前ならば、虚無な心を抱えはするが、廃人に至るほどではないのだから。

 

「輝夜、一生大切にするから。君も私を一番大切にしておくれ」

 翡翠は腕の中の愛おしい存在に己の望みをそっと囁いた。

ヤンデレ気味の翡翠ですが、監禁するつもりはありません。輝夜の番との出会いを阻むために監視するだけ。

もともと高貴なお家で使用人がいるのは当然の生活ですから、輝夜のお付きの者から翡翠へ報告があがっても束縛とは感じない、と思う。クリスタへの無礼で郷外への外出制限されたのは自業自得だし。

翡翠はそうなりそうだなと予測してたけど、見て見ぬふりをして自分に都合の良い展開になるのを望んでいたのでした。

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