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【WEB版】エレメントエンゲージ ―精霊王の寵姫たち―【第1巻発売中/第6部まで完結】  作者: 雨宮ソウスケ
第6部

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第29話 その頃のライドは④

 さて。その頃のライドというと。

 ロゼッタたちと別行動をとって三日後。

 夜遅く。とある小さな街で、ライドたちは宿の一部屋に泊まっていた。

 せいぜい二百人程度の村とも呼べそうな街だ。大都市に比べると流石に閑散としたこの街には宿が一つしかなかった。むしろ一階の食堂がメインのようで、宿泊部屋は、とても上等とは呼べない趣だった。

 まず三人でチェックインしたはずなのにベッドは一つだけだった。椅子は数脚あるが、テーブルも一つ。ただ、部屋自体は広い。毛布などの予備の寝具は用意されているようなので、要は、一名以外は雑魚寝をしろということなのだろう。まあ、この広さなら三人でも泊まれないことはない。実際には二人だけなのだが。


「……さて」


 ライドは魔剣をテーブルに立てかけてると近くの椅子に座った。

 それから指と足を組むと、小さく息をついて、


「ここまでは順調だな」


 そう呟く。ライドの視線の先には二人の人間がいた。

 一人はセリアに似た女性騎士。その手には長大メイス(アンブレラ)が握られている。

 そしてもう一人はシンホルク殿下に似た少年だった。

 しかし、その少年の姿は不意に崩れ落ちていく。しゅるると糸が解けて、人の形を崩しているのだ。数秒後には床に大量の糸だけが残った。

 他方、変化があったのは女性騎士の方もだ。

 同じように体が糸状になって解けていくが、彼女の場合は完全には崩れ落ちない。女性の体の中からネコ耳を持つ小柄な少女が現れたからだ。

 ――そう。体に密着する極薄スーツを着たレオである。


「順調なもんかよ」


 レオが、ぶすっとした表情で言う。


「今日だけで何回襲撃を受けてんだよ」


 そう愚痴を零しつつ、指先をくるくると回した。床に落ちている大量の糸が集まり、分厚い防寒具のようなコートと、大きな軍靴(ブーツ)に姿を変えた。

 レオの標準装備である。ただ、レオはそれらを纏わない。

 極薄の密着スーツ姿のままで、ぼふっとベッドに身を投げ出した。


「疲れた疲れた疲れた」


 ゴロゴロとベッドの上を転がるレオ。


「すまないと思ってるよ」


 ライドは苦笑を浮かべて少女を労う。


「だが、これで順調なんだ。オレたちは囮役を全うしているんだからな」


「つうか、おれは本来無関係なんだよ」


 ネコのように四つん這いになったレオが、ライドの方を見て軽く頬を膨らませる。


「ロゼッタ繋がりで協力してるが、おれがロゼッタの姉ちゃんのためにここまで頑張る必要なんてねえだろ」


「……まあ、殿下はお前にもちゃんと報酬を出してくれるという話だ」


 ライドがそう言うと、レオはジト目を見せた。


「暗殺者が真っ当に働いてどうすんだよ。しかも同業者をぶちのめしてさ」


 今日までの襲撃者。恐らく全員がプロの暗殺者だった。

 音もなく襲撃をし、無駄な会話もなく命を狙う。執拗に狙いつつも、劣勢になればすぐさま撤退する。集団として訓練されているのが推測できる相手だった。

 そのため、未だ捕虜の一人も捕られることが出来ていなかった。


「……同業者か」


 ライドは双眸を鋭くした。


「奴らの正体に、お前には心当たりがあるのか」


「さあ、どうかね」レオは片手で肩を竦めた。


「おれから言えんのは同業者ってことまでだな。まあ、それ以上白状させたいんなら」


 そこで、ごろりと仰向けになって、にひっと笑う。


「おれを尋問することだな。なにせ二人きりで決闘も中断してかっらな。おれを自分色に染め上げるチャンスだぜ?」


 こう言えば、倫理観の高いライドは手を出してこない。

 レオにしてみれば、いつもの軽い挑発だった。

 しかし、今夜のライドは少し違っていた。

 沈黙して少し天井を仰ぎ、


「……そうだな」


 ポツリと呟いた。レオが「え?」と目を瞬かせる。

 ライドはおもむろに立ち上がった。


「お前との奇妙な関係もそろそろ決着をつける頃合いか」


 そう告げて、ライドはベッドの上にいるレオの元に近づいてくる。


「え? ダーリン?」


 思わぬライドの行動にレオは動揺し上半身を起こした。すると、両脇をライドに掴まれて持ち上げられた。レオは「え?」と丸くする。困惑する間にも、逃れようもなく彼に強く抱きしめられていた。


(―――え、あ)


 レオは目を見開いた。が、困惑して動揺しつつも、その両手は反射的に――あるいは本能的と呼ぶべきか、彼の背中を強く掴んでいた。


「……形無(・・)のレオ」


 そんな彼女に対し、ライドは告げる。


「お前に完全に足を洗わせるのなら、やはりオレの女にすべきなんだろうな」


「ダ、ダーリン……?」


 レオは全身を震わせた。その眼差しは陶然とし始める。

 対し、ライドはレオを片腕で抱きかかえ直して、再び歩き出す。魔剣を立てかけているテーブルの方へとだ。


「ま、待って。お願い。待って」


 すると、レオはふるふると頭を振って、か細い声で言う。


「ダ、ダメ。先に風呂に。だって、今日は汗もかいてるし」


(……レオ)


 そんな普段と違うレオを腕の中に収めつつ、ライドは魔剣を手に取った。


(いきなりですまん。たぶん会話を聞かれている。お前の結界に反応はないか?)


 レオの耳元でライドはそう尋ねた。

 ここまで密着して初めて聞こえる小さな声だ。

 その言葉にレオもハッとする。すぐさま表情を鋭くした。

 いくら休息のためとはいえ、彼女は無防備に擬態を解いた訳ではない。

 事前にこの宿を中心に糸の結界を張り巡らせていたのだ。もし宿の周辺に敵らしき姿があればすぐに気づくように。

 だが、糸の結界に敵らしき反応はない。


(……反応はねえよ)


 ライドの首に手を回し、顔を寄せてレオが囁く。


(おれ自身も気配を感じねえ。ダーリンの勘違いじゃねえのか?)


(……いや)


 ライドは双眸をさらに鋭くした。


(勘と言えば勘だが、正直、悪寒を感じているんだ。グルードゥと戦った時とはまた違う久しぶりの感覚だ。こんな危険な感覚を覚えさせられた相手は忘れない)


 一拍おいて、


あの男(・・・)と同じだ。その可能性は考えてはいたが、これはもう間違いないな)


 ライドは天井を見上げた。

 レオの細い腰をより強く抱えつつ、一呼吸入れて、


「……お前の復讐は失敗に終わったぞ」


 覚悟を決めて、その存在に語り掛けることにした。


「お前が仕向けた形無のレオはオレが返り討ちにした。そして彼女はオレの女にすることに決めた。もうお前の配下じゃない」


「ダ、ダーリン?」レオはライドの横顔を見て目を瞬かせる。


「ここ数日の暗殺者どもの元締めもお前か? 執拗な襲撃に迅速な撤退。あの頃に対峙したお前の部下たちと動きがそっくりだ」


 ライドは天井を見据えたまま、語り続ける。


「まあ、それはお前にとって別件の依頼だったとしてもだ。いずれにせよ、レオはもうオレの女なんだ。みすみす殺させるつもりはないぞ」


 そう宣言する。レオは唖然としつつも、ライドに身を預けていた。

 すると、


『いやはや相も変わらず』


 その男の声は天井の方から響いてきた。


『あなたは女子供に甘いのですね。自分を殺そうとした者まで救うのですか?』


「レオはもうオレの女だと言っただろう」


 淡々とした声でライドは答える。


「おかしいか? 自分の女を守ることは?」


『ふふ。そうですね。おかしくはありませんよ。ですが』


 男はクツクツと笑っているようだった。


『わざわざ庇護下をアピールするような下手な演技は不要ですよ。警告せずとも、あなた相手に巣をつつくことがどれほど危険なことかも私はよく理解しています』


 一拍おいて、


『とはいえ、残念ながら全く手を出さないという選択肢はもうありませんが』


 男がそう告げた直後のことだった。

 ライドは鞘を投げ捨てるようにして強引に魔剣を抜いた。

 すかさず一閃すると、金属音が響き空中で何かが火花を散らした。それは火の粉と共に弾け飛び、ライドたちの背後の壁に突き刺さった。


「見えねえ刃だと!」


 レオが双眸を見開いた。

 突如、生まれた壁の裂傷。そこには透明な刃が突き刺さっているようだ。

 レオは「ちィ!」と舌打ちしつつ、糸の塊であるコートや軍靴(ブーツ)を呼びよせるためにライドから離れてようとするが、


「動くな! レオ!」


 彼女を抱くライドの腕と、彼の強い警告がそれを止めた。


「今は隙にしかならない! オレにしっかり掴まれ!」


「くそ! 分かったよ!」


 レオはライドの指示通りに、彼の肩や背中に手を回した。

 直後、無数の見えない刃が二人に襲い掛かる!

 どこからともなく次々と現れ、空中を飛びかう不可視の刃を、ライドは空気の音と直感で魔剣を振るい、悉く撃ち落とした。

 しかし、室内ではジリ貧だ。ライドは後方に跳躍し、窓を破壊。レオの頭を右腕でもかばいつつ、二階から宿の前の道へと飛び出した。

 ほぼ整地もされていない土が剝き出しの道だ。時刻が深夜に近いため、今は人通りも全くない。その場所でライドは顔を上げた。

 宿の屋根の上に目を向ける。腕の中のレオもだ。

 ライドが「やはり……」と呟く中、


(―――な)


 レオは驚いた。

 そこにいたのは知っている男だった。

 白い神父服に似た服を着た五十代ほどの男だ。

 斬り裂かれたような両目の古い裂傷が印象的な、オールバックに白髪を固めた痩身の人物だった。ただ、今は黒いサングラスを身に着けていた。


「あ、あんたは……」


 月を背に佇むその人物は、レオの暗殺の依頼者だった。

 ――そう。暗殺ギルド・奈落の怨嗟(クワイエットフォール)の長である男だった。


「おやおや。形無」


 男は、ふっと笑みを零した。


「それがあなたの本当の姿なのですね。初めて拝見しましたが、思いのほか愛らしい姿ではありませんか」


「……なんだと?」レオは表情を険しくした。


「あんた、おれの姿が見えるのか? 目を潰されたんじゃねえのかよ?」


「ふふ。あれから色々とありましてね」


 コツコツ、と男はサングラスの縁を指で二度突いた。


「ようやく実を結んだ長年の研究。さらには少々レアな道具も手に入れました。おかげさまで私の視力はほぼ回復したのですよ」


「そりゃおめでとさん。で、御大自らダーリンへの復讐に乗り出したってか?」


「いえいえ。その件はあなたに任せてましたよ。今回はあくまで私のリハビリと実験部隊の実践も兼ねた依頼だったはずなのですが――」


 そこで苦笑を浮かべた。


「まさかあなたが女性だったとは。しかも、すでにあなたの心は彼に堕とされてしまったようだ。暗殺者の裏切りは厄介です。ならば、今回の依頼の前にここで二人とも始末しようと考えたのですよ」


「け。そうかよ」レオはライドの首に強く抱き着いた。


「確かにおれはもうダーリンの女だけどな。けど、それでもプロだしな。あんたのことだけは秘匿してたよ。これでも依頼者への義理だけは果たしてたんだぜ」


 まあ、それももう時間の問題だったかもしんねえけど。

 と、小さな声で付け足した。


「……けどまあ、そうだな」


 レオはそこで表情を曇らせた。

 そして数秒ほどの沈黙の後、ガリガリと頭を片手で掻き、


「ああ~、くそ。やっぱもうここらが潮時か」


 レオは「ん!」と強く口元を結んで覚悟を決めた。


「ダーリン! ライド!」


 そしてライドの名を呼ぶと、身を乗り出して彼の頬に軽い口づけをした。


「……レオ?」


 いつぞやのような飼いネコを思わせるいきなりのキスにライドが少し驚いていると、レオはゆっくりと彼から顔を離してから、「……ん」と喉鳴らして、


「暗殺決闘はもう破棄だ」


 やや赤い顔でそう宣言した。続けて、


「つうか、暗殺稼業自体をここで引退だ。おれは足を洗う。これからは冒険者にでもなって食ってくことにするよ。ただ約束は守れよな!」


 一呼吸入れて、


「ちゃんとおれをライドの女にしろよな! そう言ったのはライドだからな! 言質も取ったかんな!」


「……いや、それは……」


 流石にライドも言葉を詰まらせる。と、


「はは。別に良いではありませんか。天象剣」


 男が朗らかに笑って言う。そしてその笑みのまま、


「ただし、この危地を二人して無事に潜り抜ければの話ですがね」


 そう告げた。すると街の陰から音もなく姿を現す者たちがいた。

 男の部下たち。恐らく奈落の怨嗟(クワイエットフォール)の暗殺者たちだ。

 あえて姿を現す者もいるが、未だ潜む者も数多くいそうだ。

 そして最大に警戒すべき男は、屋根の上にいる。


(……やれやれだ)


 ライドは右手に魔剣を、左手にレオを抱いたまま内心で嘆息した。

 ハンマーこと、ゴーランとの嬉しい再会はあった。

 ティアたちやダグたちとの再会も、とても待ち遠しい。

 だが、こんな最悪な再会だけは望んでもいなかった。


(オレの不運も大概だな)


 魔剣を静かに薙ぐ。

 とはいえ、不運などに殺されてやるつもりは毛頭もない。


「レオ。生き延びるぞ」


「おう。ライド」


 ライドの言葉に、レオは力強く頷いた。


 ライド=ブルックスの冒険は続く。







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