第28話 二代目もいささか問題あり
「ライラ! ヒューイ!」
危機的な状況にリタが叫んだ。
ジュリもジョセフも険しい表情を浮かべていた。
「リタ! どいて! 焔裂戟で撃ち抜いて脱出口を作るわ!」
と、竜骨の杖を構えてジュリが言う。
リタはジュリを見やり、「ええ!」と頷いた。
「気を付けて撃って! ライラたちに当たらないように!」
そう指示を出した時だ。
『いや! 大丈夫だ! 思いっきりやってくれ!』
ザーバの肉壁の向こうから男性の声が届いた。ヒューイの声だ。
リタたちは目を見開いて肉壁の向こうを凝視する。
「ヒューイ! 二人とも! 無事なの!」
ザーバの肉壁越しに、リタがそう叫んだ。
それに対して、ヒューイは「ああ! 俺たちは無事だ!」と声を返してくれたが、ライラからの返答はない。
何故なら、その時、ライラは唖然としていたからだ。
ライラは金棒を握りながらも、ぺたんと腰を地につけていた。
彼女の周囲にあるのはザーバの肉壁のみ。頭上まで覆われていた。完全に呑み込まれてしまった状況だ。しかし、肉壁はある一定以上は近づいてこない。まるで見えない球体の壁に堰き止められているような趣だ。恐らくはヒューイの神聖魔法だろう。この圧倒的な質量さえも通さない、驚くほどに強固な結界だった。
「大丈夫か? ライラさん」
「あ、ああ」
心配そうに声を掛けてくるヒューイに、ライラはただただ頷いた。
「すまねえ」ヒューイはライラの両足に目をやった。
彼女の両足は、タイトパンツが一部剥がれて軽い火傷を負っていた。
「すぐに治癒してやりてえんだが、ここまで強力な結界を張ったままだと、治癒魔法までは同時に使えねえんだ」
「あ、ああ。そうだろうね」
ライラはまだ困惑しつつも頷いた。ヒューイは相当に破格な神官のようだが、これほどの結界にはやはり全力を用いる必要があるのだろう。
「リタさん!」
ヒューイは肉壁越しにリタに対して叫んだ。
「俺もライラさんも大丈夫だ! 今は結界を張っている! 脱出するために、とにかくザーバの体を焼いてくれ!」
『分かったわ!』と、リタの返事が聞こえてくる。
ヒューイは頷くと、地に腰をつけるライラに目をやった。
「その足だと動くのは辛そうだな」
「大丈夫さ。これぐらい」
そう言ってライラは立ち上がった。痛みはあるが無理をすれば動けなくはない。
「流石に痛むけどね。けど、ここで無理しなきゃ脱出もままならないだろ」
ライラはそう告げたが、ヒューイは「う~ん」とあごに手をやった。
「いや。そこまで無理しなくてもいいぞ」
言って、短剣とメイスを腰の後ろに納めた。それからライラに近づき、
「ちょいと失礼するよ」
そう告げて、ライラの両足に片腕を回した。
ライラが「へ?」と声を上げる。そして男性にも勝る体格の彼女は軽々とヒューイに抱き上げられていた。いわゆるお姫さま抱っこだ。
「俺がいるんだ」
ヒューイはライラの顔を見てニカッと笑った。
「ライラさんが無理する必要はねえ。金棒を落とさないように俺に掴まっていてくれ」
「な、な、な……」ライラは目を見開いていた。
が、すぐにハッとして、
「な、なにしてんだい! あんた!」
「いや? 動けない仲間を抱えてるだけだが?」
ヒューイは平然と答える。ライラはパクパクと唇だけを動かした。
「仲間は絶対に見捨てねえ。それもウェザーの生き方から習ったことだ」
「い、いや、けど、私は……」ライラは視線を逸らした。
「凄く重いから。抱えて動くなんてキツイだろ?」
「いやいや。何言ってんだよ」ヒューイはカラカラと笑った。
「全然軽いって。きっとゴーランの半分もねえよ。こりゃあ身体強化なんかしてなくても楽勝だな。しかもすげえ柔らかいし、いい匂いだし。こんな役得を受けて悪いなって思ってるぐらいだよ」
「あ、あんたねえ……」
思わず頬を赤くしてヒューイを見据えるライラ。
「もしかして、あんたって人たらしとか女たらしとか言われてないかい?」
「ん? いや特に言われてないな。ミイナは時々呆れるような顔をするけど」
ジト目で問うライラに、あっけらかんとヒューはイそう答える。
ライラは小さく嘆息しつつ、
「まあ、いいさ。まさかこんな形で昔からの願望が叶うとは思わなかったけど」
そう告げつつ、片手をヒューイの肩に回した。
「これが最善なのは確かみたいだね。なら『足』は任せるよ。ヒューイ」
「おう。任せてくれ。ライラさん」
「ああ、さん付けはいいよ」ライラはヒューイを見やり、双眸を細めた。
「ライラでいいよ。私らはもう仲間なんだろ?」
「おう! そだな!」
ライラの言葉に、ヒューイは頷いて笑った。
そしてヒューイは、
「そんじゃあ頼む! 派手にやってくれ!」
リタたちに向かってそう叫んだ。
そうしてヒューイたちは救出された。その後は冒険者ギルドに報告し、総出で巨大ザーバを始末することになった。そこにはリタたちやヒューイの姿もあった。
ザーバの完全な始末には丸一日費やすことになった。
そして――。
二日後。
リタたちの姿はホルディ教会前にあった。
そこにはボンサックバックを担いだヒューイもいた。ミイナの姿もあるが、義父であるジャックの姿はなかった。
「そんじゃあ行ってくるよ。ミイナ」
ヒューイはミイナの頬に触れた。ミイナは「はい」と頷いた。
「俺は必ず二代目天象剣の名を世界に知らしめる。これはその第一歩なんだ」
「はい。分かってます。けど、ヒューイ」
ミイナは少し離れて待つリタたちの方に目をやった。
特にリタとジュリとライラの三人をだ。
十数秒ほど彼女たちをじいっと見つめていた。どこか警戒するような眼差しだった。リタとジュリは――ちなみにジョセフも――キョトンとしていたが、ライラだけは少しばかり苦笑を浮かべて視線を逸らしていた。
「改めて見ると美少女ばかりで少し危惧していたのですが……」
ポツリとミイナが呟く。
「二人は全く意識にも入ってないみたいです。人たらしの兄さんにしては意外です。確固たる本命でもいるのでしょうか? とりあえず、あの中で可能性がありそうなのは一人だけのようですね」
そんな恋人でもある義妹の独白に、ヒューイが「ミイナ?」と首を傾げると、彼女は小さく息を吐いてかぶりを振った。
「……いえ。兄さんは天然だからこのリスクは仕方がないのです。まして英雄を目指すのなら尚更です。私もある程度は覚悟もしています。ただ一つだけ宣言しておきます」
ミイナは、ヒューイの顔の前に人差し指を突き出した。
「一番は私ですからね。それを約束するなら二番さんまでは許しますから」
「……? いや? なに言ってんだ? お前?」
ヒューイは首を傾げるばかりだった。
ただ、理解せずとも、ミイナの腰を両手で抱き上げて、
「俺の一番はお前に決まってんだろ!」
ニカっと笑ってそう告げた。ミイナは「……もう」と呟きつつ微笑んだ。
「そんじゃあ行ってくるよ」
ミイナを下ろしてヒューイは言う。ミイナは「はい」と頷いた。
ヒューイはゴーグルを外すと、教会の裏の方に目をやった。
そこには人の形の熱量が見える。
「……じゃあな。親父」
苦笑を浮かべて、ヒューイはそう告げた。
ヒューイはゴーグルを嵌め直してリタたちの方へ向かう。
「待たせたな。みんな」
「いえ。お別れはもういいの?」
リタの言葉に、「おう」とヒューイは答える。
「次にここに戻ってくる時は、俺が英雄になっている時だ」
「……そう」
リタは微笑んで頷いた。
「じゃあよろしくね。ヒューイ」
「おう。よろしく頼むぜ。リタ。みんなも」
言って、二人は握手を交わした。
こうして、リタたちに新たな仲間が加わった。
リタたちの旅は再開される。
目指す場所は、父の仲間が暮らすという街――シロックだ。
「じゃあ行きましょう! みんな!」
元気よく、リタが声を上げた。
元カノたち同様に、愛娘たちの冒険も続くのであった。




