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再会

 マダラミドリ蜘蛛を探しながら、E区画の上を箒で飛んでゆく。

 特区の魔植物達は凶暴だ。

 箒目掛けて、棘付の蔓が飛んできたり、弾丸の様な種が飛んできたりする。

 すっかり慣れたものだが。


 上空にはルティアナの張ったトラップ、下には凶暴な魔植物。


 シキがいなくなってから三年間、文字通り休む間もなく働いて、ルティアナやシルフ、イノスに鍛えられ、今では一人で特区に来ても良いと許可も貰っている。


 死ぬような危険な目に合う事はもうなくなったが、それでもシルフはあの日の約束を律儀に守って付いてくる。

 付いてきてくれるが、基本的には変に手助けはして来ない。側で見守っていてくれて、本当に危険な時だけ助けてくれる。


 頭の良い雷獣だ。


 うまく魔植物の攻撃を躱しながら、低空で目当ての蜘蛛を探していると、目の端にゆっくりと動く黒い影を捉えた。


 「いた」


 箒をぐるんと回転させて、牛ほどもある大きな黒い影に近づくと、思ったとおりのマダラミドリ蜘蛛が、のそりのそりと林の中を歩いていた。


 今日が満月で良かった。

 月明かりのない新月だったら、夜でもぼんやり明るい魔植物園の中でも、林の中の蜘蛛を見つけのに苦労したかもしれない。


 「林の中かあ。まあ、ホタルブクロの群生地に居られるよりはマシか」


 林の中だと、マダラミドリ蜘蛛の攻撃に加えて、他の魔植物からの攻撃も躱さないといけない。

 十分やりこなせる仕事だとは思えるが、楽ではない。


 「シルフ、手出し無用だよ」

 「ぎゃう」


 分かっていると返事をし、蜘蛛目掛けてスピードを上げる箒とは逆に、速度を落とし距離をとる雷獣。


 飛び交う蔦を軽く躱して、蜘蛛の背に飛び降りると、マダラミドリ蜘蛛は煩わしい小虫を追い払うかの様に、糸を飛ばして来る。

 意思があるかの様に次々に襲い掛かってくる糸を防御魔法を使いつつ、巧みに躱し、その腹に鞄から手早く取り出した注射器を突き刺す。


 「ごめんね、ちょっとチクっとするよー」


 途端に足をばたつかせ、暴れだす大蜘蛛にバランスを崩さない様に風魔法を使いながら、注射器のシリンジを引いていく。


 もちろんその間も無数の蜘蛛の糸がこちらを捕まえようと襲いかかり、その合間を縫うように林の中から蔦が飛んでくる。


 それらをまとめて防御魔法で遮り、二本目の注射器に体液を採る。


 「もう、あと一本で終わりだからね」


 三本目の注射器を腹に刺した時、視界の端に嫌なものが見えた。


 「あー、嫌なのが来ちゃったな。早くしないと」


 林の中から紫色の小さな実を付けた蔓が、スルスルと伸びてきて、防御結界にぶつかりその実を弾かせる。


 ふわりと甘ったるい匂いが辺りに立ち込めた。

 この紫色の実が弾けた時に出るガスは、かなりの猛毒だ。随分身体に慣らしてはいるので死にはしないが、吸い込めば身体の動きがかなり鈍くなってしまう。


 とっさに息を止めたものの、甘い匂いと感じる程度には吸い込んでしまった。

 目の前の紫の実に気づいた瞬間に風魔法でガスを飛ばしたのだが、運悪く背後にも紫の実の蔓が来ていてそちらの対応がほんの少し遅れてしまった。


 同時に何種類もの攻撃に対応しないといけない特区は、やはり一筋縄ではいかない。


 くらりと目眩にも似た感覚に、急がなければと、三本目の注射器を素早く刺して体液を吸い取る。


 針を引き抜いた後、魔獣用の傷薬をさっと塗りぬけ、箒に飛び乗った。


 「もう終わったよ。ありがとう」


 とりあえず距離を取ろうと、箒を動かしたとき、鞄の蓋がちゃんと閉まっていなかったのか、ころんと一本の注射器が転がり落ちた。


 「あっ!」


 注射器は蜘蛛の足元へと落ちて、地面をコロコロと軽く転がっていく。


 「踏まないでっ!」


 まだ興奮している蜘蛛のギザギザの付いた大きな足が、バタバタと地面を叩くように振り下ろされている。


 踏まれて割れてしまったら、せっかく採取した体液が無駄になってしまうし、また蜘蛛に痛い思いをさせてしまう事になる。


 とっさに箒を戻すと、注射器目掛けてスピードを上げ、バタつく足を躱して地面すれすれを擦るように箒を飛ばす。


 「よしっ!」


 うまく右手で注射器を捕らえられ、一気に上空へと駆け上がろうとしたその時、箒がぐんと引っ張られた。


 隙をついて蜘蛛の糸が箒に絡みついたのだ。


 そのまま糸は箒ごとフィオナを地面に叩きつけようと、振りかぶり飛ばされる。


 地面に叩きつけられる!


 反射的に身体は強張ったが、頭は冷静だった。

 

 ま、いっか。イノス仕込みの呪術もあるし。

 叩きつけられた瞬間に、糸を切断して立て直そう。


 イノスに教えて貰った呪術で自分に一定以上の衝撃が来ると、呪術が発動し、勝手に防御結界が発動するというのがある。


 だから叩きつけられても、自動的に結界がクッションになってなんともない。


 地面に叩きつけられる少し手間で、そろそろかなと、悠長に考えていると近くで膨大な魔力が膨れ上がるのを感じた。


 あれ?早くない?それに何この魔力!?大きい!


 「何やってるの!?」


 叫び声と共に、背中に風圧と誰かの手の感触。


 「え?」


 箒に絡んでいた糸はすでに切られ、気づけばふわりと柔らかい風と共に、地面の上に降ろされる。


 「え?え!?」

 「一人でE区画に来るなんて何考えてるの!」

 「へ?」


 

 周りには見た事のない完全防御結界。


 その真ん中で自分を抱えるようにしながら、のぞき込んでくる茶色の瞳に、何度も瞬きをする。


 「シ、キ……?」


 見上げた先には、ずっと会いたくてたまらなかった人。

 長く伸びた髪を後ろで一つに結んでいて、雰囲気は少し変わっているが、紛れもなくシキだった。

 

 「もう少しで地面に叩きつけられる所だったんだよ!なんで防御結界も張らないの!?あ、もしかして何か毒で動けないの!?ちょっと待って、今ポーションを……」

 「待って、待って!違うから、大丈夫だよ!私はなんともないからっ」

 「だったらなんであんな危ない真似をっ!」

 「え?危なくなんてなかった……」

 「とりあえずここから離れよう。ムラサキカズラが沢山いたから。ガスを吸い込んだら危険だ」

 「え!?ちょっ」


 問答無用でその腕に抱き上げられ、そのままシキは箒に乗ると、一気に特区から離れ、チューリップ畑に降りる。


 シキはふうっと息を吐いて、ゆっくり地面に降ろしてくれた。


 「ぎゃう!」


 途端、追い掛けてきたシルフが、シキの横腹に体当たりして、鼻先をぐりぐりと押し付ける。

 勢いに押され後ずさりながらも、シキは嬉しそうにその真っ白な体毛に手を伸ばし、わさわさと撫でた。


 シルフに先を越されてしまった。


 「ぎゃう!ぎゃう!」


 シルフは帰ってきたシキを見て、興奮を隠せないのか、パリパリと軽く放電までし始めた。


「シキ!シルフが興奮してるっ!離れてっ」


 とっさに防御結界を発動させようとすると、シキが大丈夫だと言うように首を振った。


 「シルフ!駄目っ……」


 そう言い終わる前に、シルフから強い雷がバチッと音を立て放たれた。


 「シキ!」


 辺りが真っ白に染まる。


 「あはは。シルフ元気そうだね!」


 思わず瞑ってしまった目を恐る恐る開けると、シキは今の雷撃をものともせずに、再びわさわさとシルフを撫で回した。

 シルフはやってしまったという顔で尻尾をしゅんとさせたが、シキが笑って撫でてくるのを見て、再び尻尾をぶんぶんと暴れさせる。


 「シキ!大丈夫ですか!?」

 「全然平気だよ。薄く完全防御結界を身体に張っていたから」


 シキは思う存分シルフを撫で回してから、その手を離すと、十分に撫でてもらえて満足したのか雷獣は少し離れて横たわった。


 シルフが離れたのを見て、シキはゆっくりこちらに近づいてくる。


 茶色の瞳に視線が捉えられ動かせない。


 「フィオナ」


 大きく懐かしい両手が頬を包む。

 

 「シキ……」


 吸い込まれるようにその瞳を見つめ、ゆっくり目を瞑ろうと睫毛を震わせた時、ゴン!と頭突きをされた。


 「なんで一人でE区画になんかいくの!?しかもマダラミドリ蜘蛛とやり合ってて、心臓が止まるかと思ったっ!僕が来なかったら、あのまま地面に叩きつけられて、蜘蛛の餌食になっていたかもしれないんだよ!?」

 「ったあ……」


 わりと容赦なくされた頭突きに涙目で呻いてい間にも、シキのお説教は続く。


 「三年経ってるからフィオナも前より強くなってるのかもしれないけど、あれは無謀だよ!なんでルティと一緒に来なかったの!?」

 「ルティは今出張中なの。でもシルフと一緒だし、それに……」

 「出張中なら尚更じゃないか!それにシルフもシルフだよ!なんで側にいたのに助けないの!?」


 急に飛び火してきたシキのお説教に、シルフが、ぎゃうっ?と狼狽える。


 「待って!シキ、シルフは悪くないの!手を出さないでって私が頼んだの!それに……」

 「なんでまたそんな事をっ。君を見つけた時の僕の気持ちが分かる!?三年ぶりにやっと会えると思った大事な人が、蜘蛛に叩きつけられそうになってたんだよ!?本当に、本当に……、心臓が潰れるかと……」


 最後は苦しげにつぶやくシキに、なんだか申し訳なくなってしまい、その背に腕を回して囁く。


 「シキ、ごめんなさい」

 「もうしないって誓って。一人で特区に行かないって」

 

 もう、何度も一人で特区に来ているんだけど……。


 「あの、シキ、聞いて?」

 「誓って。お願い」

 「いや、だからその……」

 「フィオナ。これ以上危険な事はしないで」


 肩をがっちりと掴まれ、聞く耳をもたないシキに、さすがにこちらも我慢の限界がきた。


 「シキ!聞いてってば!私もう何度も特区に一人で来てるからっ!ルティにも許可は貰ってるの!マダラミドリ蜘蛛の体液採取も何度かやってるから!さっきはシキが庇ってくれなくても呪術が発動して叩きつけられる事はなかったの!分かってて防御魔法を使わなかっただけなの!私、シキに追いつけるように、ここ三年間物凄く頑張ったんですよ!?もう庇われるだけの新人じゃないんです!毒の耐性もだいぶついたし、一人で大抵の素材は取りに来れるようになったの!前のままの私だと思わないで!」


 一気に言いたい事を叫び散らすと、シキが目を丸くしてこちらを見下ろしている。


 つい感情的になってしまったと、慌てて声を和らげる。


 「あの、シキごめんなさい。助けてくれたのに。でも、私もう一人でも結構仕事出来るようになったんですよ?それに本当に危なくなったら、シルフも助けてくれるから、危険な事をしてる訳じゃないの」

 「特区に一人で大抵の素材を取りに来れる……?」

 「そうですよ、もちろん、危なそうな素材の時はルティに付いてきて貰うけど、ちゃんと危ないかどうかの判断くらい出来るようになっているつもりです」

 「たった三年で……」

 「たった三年じゃないです。三年も経つのにまだまだシキに追いつけてない」

 「ああ……。頑張ったんだね」


 シキがくしゃっと顔を歪め愛おしそうに見つめてくる。


 「シキが帰ってきた時、がっかりされないようにって、すごくすごく頑張ったんです」

 「うん。ごめん。君を見くびってた」

 「本当ですよ!シキっ!」


 飛び込む様にシキに抱きつくと、背中に腕が回されきつく抱きしめ返される。


 「会いたかったんです」

 「僕もだよ」

 「シキ、本当にシキですよね?夢じゃないですよね?」

 「本当だよ。夢じゃない」


 背中に回っていた腕が離れ、見つめられると、ゆっくりと顔が近づいてきて、唇を塞がれる。

 長いキスの後、シキの胸の中にもう一度ぎゅっと強く抱きしめられる。

 嬉しくて、でもこれは本当の事なのかまだ信じられなくて、確かめるように背中に腕を回し力を込める。


 「シキ、任務終わったんですか?」

 「うん、終わらなきゃ帰らせて貰えなかったから、必死で終わらせてきた」

 「本当ですか?じゃあ、もうどこにも行きませんか?」

 

 また急にどこかにいってしまうのではないかと、不安で腕に力がこもる。


 「どこにも行かないって言うと嘘になっちゃうけど、ちゃんと魔植物園に復帰になったよ」

 「もう急に居なくなったりしないでくださいっ」

 「ごめん。黙っていなくなって、何年も帰って来れなくて本当にごめん。ねえ、フィオナ、まだ僕の事好きでいてくれてる?ずっと放ったらかしで愛想が尽きちゃったりしてない?僕がいない間に他の男を好きになっちゃたりしてない?」


 他の男を好きにの辺りで、腕の力がぐっと強くなって痛いくらいだ。

 その痛さと同じくらい、シキの気持ちが伝わって来て、嬉しさが込み上げてくる。


 「シキ以外の人を好きになったりしてません。シキが帰って来るのをずっとずっと待ってたんですよ?そりゃすごく寂しかったですけど、でもシキもここに戻ってくるために頑張ってくれたんでしょう?」

 「良かった……。ここに戻るために死ぬような思いをして任務を終わらせたのに、フィオナが心変わりしていたらって不安で不安で……」


 頭の上に落ちてくるため息すら愛おしい。

 胸に顔をすりよせると、シキの匂い。

 すうっと吸い込んで、抱きついた腕で背中をそっと撫でる。


 「シキ、なんか前より太りました?」


 触れたシキの背中は前よりがっしりとしている。そういえば背中に腕を回した時、以前より胴回りが少し太くなった様な気がした。

 

 「太ったって言うより多分、筋肉がやたら付いたせいだと思う……」

 

 筋肉?

 言われてみれば、以前より全体的に筋肉質になっている。

 細い事には変わりないが。

 さわさわと筋肉を確かめるように背中をさわっていると、一際ぎゅうっと締め上げられた。


 「フィオナ、もうだめ。それ以上されたら我慢出来なくなりそうなんだけど」

 「え?」

 

 首筋に吸い付くようなキスをされ、かあっと顔が熱くなる。シキが何を言いたいか分かってしまい、ぱっと話題を変えた。


 「そ、それよりっ、久しぶりの魔植物園はどうですか!?チューリップ畑も久しぶりでしょう!?」

 

 満月の月明かりの下、わっさわっさと揺れ動く巨大なチューリップ達に顔を向けると、シキの顔が畑を見渡すように上がる。


 「うん、すごく懐かしい気もするし、でも全然変わっていなくて、つい昨日も来たようなそんな不思議な感じ。フィオナ、僕ねここを離れて思ったんだ。自分で思っていたよりも魔植物園の事が好きだったんだなって。何度もここの事を思い出して、帰りたいって思った」

 

 さわさわと風が吹き抜け、ゆらゆらとチューリップが動き出す。


 「私もここが大好きです。だからずっとここでシキと一緒に仕事をしていきたい」

 

 シキはとても嬉しそうに笑う。

 シキがいない間何度も思い出した、あのふわりとした笑顔で。


 「やっぱり我慢できそうにないや。今すぐ管理棟に帰ろう」

 「え!?ちょっ、待って、シキっ」


 再び有無を言わさず抱き上げられてしまい、あたふたしている内に、シキは箒に乗って猛スピードで走り出す。


 「ひええっ!は、はや、早い!早い!シキ!怖いっ!」


 人を抱きかかえているのに、以前より数段早いスピードで森を飛び抜けていくシキに必死でしがみつき、目を回してしまいそうなのを必死で耐える。


 「このくらいのスピードで怖がるの?成長したんじゃなかったのかな?」

 「え!?こ、怖くなんか、な、ないですっ!」


 必死に虚勢をはりながらも、腕はシキの首にがっちりとしがみつく。


 「じゃあ、もうちょっと早くてもいいか。僕もね、三年でだいぶ成長したと思うよ?」


 くすりといたずらっぽく笑った側から、ぐんと引っ張られるかのような圧力がかかり、更に速度が上がる。


 「い、いやああああ!!!!早いっ、早いー!!!!」


 満月の光が注ぐ森。

 ふよふよと不思議な発光体。

 室内とは思えないほど、自然にそよぐ風。

 わさわさと動き回るイタズラ好きな魔植物達。


 今日も魔植物園は危険で平和に過ぎてゆく。


 そしてフィオナの絶叫は特区にまで響きわたった。

これにて、【ようこそ、第一級危険地区『魔植物園』へ!】は完結です。


最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。

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