月日は流れ
三年後。
「おめでとう!」
「結婚おめでとう!」
「お幸せに!」
晴れ渡った青空の下、教会の階段を真っ白なタキシードとドレスに包まれた新郎新婦が降りて来る。
新婦が幸せそうに笑って投げたブーケが、空を舞う。
きゃあっと歓声を上げながらブーケに殺到する着飾った若い女性達。
その女性達の頭上を軽々と飛び越え、ブーケはストンと手の中へ落ちてきた。
「え?」
胸元で瑞々しい香りを放っている白い花々に目を丸くしていると、先程ブーケを取ろうと躍起になっていた女性陣が集まって来た。
「ちょっとフィオナ!ずるいわよ!ここは年長者に譲るべきでしょ!」
「エマ、あなた彼氏すら居ないじゃない」
「オリーブだって居ないでしょ!」
「お姉ちゃん、エマさん、やめなよう。そんな風にガツガツしてるから彼氏出来ないんだよ?」
「アイビー!あんたね、言っていい事と悪い事がっ」
わきゃわきゃ言い合っている、アイビー、オリーブ姉妹とエマをかき分けて、新郎新婦がやって来る。
「ちょっとちょっと、喧嘩しないでくださいよ。結婚式の最中に」
苦笑いを浮かべながらも、幸せなオーラをまとい、やってきた二人が眩しくて思わず目を細める。
「チエリちゃん!ロアルさん!おめでとう!」
「ありがとう、フィオナちゃん。ブーケ取ってくれたんだね。次はフィオナちゃんとシキさんかなあ?」
「おいっ、チエリ」
「あ、ごめ……」
とっさに諌めるロアルに、チエリはバツの悪そうな顔をする。
「いいよ、気にしないで。それに、ブーケが飛んで来たって事は、もうすぐシキが帰って来るのかもしれないしね」
手の中の真っ白な花に顔を寄せて微笑めば、騒いでいたエマ達も大人しくなった。
シキはまだ王都に帰ってきてない。
ここ三年、シキについては、どこで何をしているのか、まったく情報は無かった。
あれからチエリとロアルの中は急発展し、今日はめでたく結婚式だ。
魔法警備隊の面々に、ロアルとチエリに縁のある人々が大勢集まっている。
驚いたのはアキレオとユアラが来ていた事だ。
「アキ室長!ユアラさん!」
「フィオナ!見てたわよ!ブーケ良かったわね!」
「ユアラさん、体調は大丈夫なんですか!?」
ユアラは大きなお腹を抱えて、全然平気と笑顔を返してくる。
もうすぐアキレオとの子供が生まれるそうだ。
「それにしても、アキ室長とユアラさんがロアルさん達と親交があるとは知りませんでした」
「あら?ロアルから聞いていない?私、元一番隊の隊長だったのよ?」
「え!?」
「でもね、アキに出会って一緒に居たくて転属したの」
「そうだったんですか!?知りませんでした!」
それならここに来るのは当然だろう。元メンバーのめでたい日なのだ。ユアラも嬉しい事だろう。
「俺は本当はこさせたくなかったんだけどね」
アキレオは少し不機嫌な様子で、ユアラに寄り添っている。
ユアラはくすくす笑うと、声を落として口を耳によせて来た。
「実はね、私、昔ロアルに告白された事があって、それを知ってるからいい気がしないのよ。もう過去の事なのにね」
「え!じゃあ……」
ロアルが前に言っていた、昔すごく好きだった人と言うのはユアラで、その好きだった人が結婚した相手というのがアキレオだったのか!
衝撃の事実に目を丸くしていると、今度はリヒトが見た事のない女性と一緒にこちらにやって来た。
「フィオナさん、ブーケ良かったですねえ」
「リヒト副隊長、お久しぶりです」
「お久しぶりです。しばらく見ないうちにまた一段とお綺麗になりましたねえ」
相変わらずマイペースにゆったりと話すリヒトの横で、女性がちらちらとこちらを見ながら肘をつついている。
すらりと引き締まった身体のショートカットの女性は、凛とした雰囲気と、なんとなく戦い慣れしているような足の運び方に、新しい警備隊のメンバーだろうかと推測する。
「あ、フィオナさん、こちら私の妻のクロエです」
「えっ!?奥さん!?あっ、はじめまして!私フィオナ・マーメルです。リヒト副隊長にはいつもお世話になっていま……」
「あなたがフィオナちゃんね!はじめまして!クロエよ!リヒトからあなたの事は色々聞いていてぜひお会いしたかったの!ねえ、あなた魔獣狩りには興味ある!?ワイバーンを倒した事があるんでしょう!?今度一緒に死の森に行かない!?」
最後まで言うより先に手を握られ、ぶんぶんと振り回されながらまくし立てられる。
「え、あ、あの……」
「今度ね、ギルドで死の森に討伐にいくの!きっとあなたが来たら楽しくなるわ!どう!?」
「クロエ、フィオナさんが驚いていますよ。すみませんね、妻は戦闘狂で。オーム山脈の時も連れて行けって大変だったくらいで」
「は、はあ」
想像していたリヒトの奥方像から、だいぶかけ離れた性格の持ち主に唖然としていると、クロエが更に討伐遠征への勧誘をかけてくる。
「クロエ、駄目ですよ。フィオナさんには魔植物園の仕事があるんですから」
「えー、一ヶ月くらい有給取れないの?」
無茶を言う。
「ただでさえ魔植物園は忙しいですし、今はシキ君も居ないんだから無理ですよ。すみません、フィオナさん。クロエはいつもこうで。それより、シキ君から連絡はまだ無いんですか?」
「はい、まだ何も」
「そうでしたか。すみません」
「いえ!気にしないでください。きっとその内ふらっと帰ってきますよ」
リヒトは手元に抱えたブーケを見て、ふっと微笑みうなずいた。
その後結婚式が終ると、そのまま街のレストランを貸切っての大宴会へと突入した。
真夜中まで続いた宴会の後、レストランの中は酔い潰れた屍が多数転がる事になった。
満月の空の下、チエリがぐったりとしたロアルを抱えて帰って行くのを見届けた後、フィオナは一人ひんやりとした夜の空気を吸い込んで、魔植物園への帰途についた。
管理棟に戻り、シャワーを浴びた後、朝まで少しでも寝ようかとベッドに行きかけて、ふと思い出した。
「あっ、そういえばルティに頼まれていたんだった」
何日か前に、マダラミドリ蜘蛛の体液を取ってくるようにと。
酔っ払っているし、明日でもいいかなとサボり心がむくむくと湧き上がってきたが、ぶんぶんと頭を振る。
シキが戻るまでに、前よりずっとずっと成長した所を見せると決心したのだ。酔っ払ってるくらいで断念してどうする。
それに魔植物園のマダラミドリ蜘蛛は夜以外はどこかに身を隠してしまう。今行かなければ明日の夜まで待たなければならなくなってしまう。
明日にはルティアナが出張から帰ってくるので、まだやってなかったのかと文句も言われそうだ。
ぱっと上着を羽織ると、髪を結んで一階に降りて魔植物園へと入って行った。
園内に入った途端、ガサッと草を踏む音に顔を向けると、森から誰かが歩いて来るのが見え、一瞬身構える。
目を凝らして見るとそこには見知った人物がいた。
「アルト?」
「あれ?フィオナ?どうしたんだこんな時間に」
「アルトこそ……、ああ、今日は満月か。シュレンの所に行っていたの?」
「ああ」
あれからシュレンはすっかりアルトゥールを気に入って、満月の夜には彼を泉に呼ぶようになった。もちろんルティアナに許可を得て。
この辺りの蔦や植物達には、アルトゥールには手を出さない様に言い含めてある。そして、手を出したらシュレンが報復に来るとも。
植物達はそれからアルトゥールには一切手を出さない。
「あれ?アルトもチエリちゃんとロアルさんの結婚式来ていたよね?宴会には来なかったの?」
「ああ、行きたかったんだけど、シュレンと約束していたからな。月に一度しか会えないし、行かなかったら可哀想だろ」
なんだかんだと、アルトゥールもまんざらでは無いようだ。
良かったと言うべきなのだろうか。
難しい所ではあるが、まあ良かったとしよう。
「それより、フィオナはどうしたんだ。宴会帰りだろう?」
「うん、それが寝ようかと思ったんだけど、ルティに頼まれていた仕事を思い出しちゃって、今から片付けて来る」
「明日起きてからじゃあ駄目なのか?酔ってるんだろう?」
「それが夜しか活動しない大蜘蛛の体液採取なの」
「……相変わらず物騒な仕事だな。気をつけろよ」
「うん、ありがとう。念の為シルフも連れていくから大丈夫だよ」
「そうか、じゃあ頑張れよ」
「うん、アルト。おやすみ」
アルトゥールはひらひらと手を振って、管理棟へと入って行った。
管理棟へと行くと、いつもの芝生にシルフが寝そべっていた。
「シルフ、特区にいくよ」
「ぎゃう!」
誘えば散歩に行けるとばかりに、尻尾を振る雷獣に苦笑いしてしまう。シルフにとっては特区の魔植物や猛獣なんて屁でもないのだ。
特区に行くときは必ずポーションと笛を。
耳にタコが出来るほど聞かされている、ルティアナからの言葉を破った事は一度もない。
管理棟に入り、ポーションをポーチに追加しようと、作業場に行くと、煌々とついている明かりに、またかと思う。
「イノス、また徹夜?」
「先輩か。いつも言っているだろう。徹夜ではない。夜起きて昼に眠っているだけだ。夜の方が落ち着くからな」
すっかり魔植物園に慣れた呪術士イノスが、傷薬を大量生産している。
三年前のコロラ王国での事件の後、フェリクス国王からルティアナに相談があったのだ。
イノスの処分について。
一般的にみれば処刑も当然な彼女であったが、身を守る呪術を仕込んでいて、そしてそれがルティアナを結界に閉じ込めた様なものであれば、こちらが危険があるかもしれず迂闊に手を出さない。幽閉するにしても、こっそり呪術を使われるのではないかと、不安で対処に困っていると。
そうしてフェリクス国王の不安を汲んだルティアナが、レイヴン国王と相談し、魔植物園から出さず、無償労働させるという条件で、引き取ったのだ。
最初にその話を聞いた時は、廃墟でのイノスを思い出し、猛反対したが、実際に魔植物園に来た時のイノスは別人かと思うくらい大人しくなっていた。
そして魔植物園に着いた早々、ルティアナのこの一言が効いた。
「ちゃんと言う事を効くなら弟子にしてやる」
あの時の飼い主を見つめる犬の様な、嬉々とした顔が忘れられない。
それからのイノスは実に従順だった。
ルティアナにコロラ王国の事をちゃんと謝罪しろと言われれば、目の前で頭をこすりつけるかの様な見事な土下座。
ルティアナに「フィオナはお前の先輩だからな」と言われれば、字面通り自分を先輩と呼ぶ始末。
元々ルティアナと張り合うくらいに魔力もあり、魔法使いとして優秀だった彼女は、今では魔植物園の殆どの薬をつくれる様になってしまい、薬学技術はあっという間に抜かされてしまった。
それでも先輩と呼んでくる。
なんだか居たたまれない。
「そうだ、先輩。この前教えた呪術うまくいっているか?」
「あー、それなんだけど、何でだろう。時々発動しないときがあって……」
そして今ではイノスに呪術を教えて貰っているという。だけど、意外にも呪術というのは使い方によってとても便利だと分かった。
そんなこんなでイノスとの関係は良好だ。
「あー、なるほど。だからうまく発動しない時があったのね。明日直してみる。ありがとうイノス」
「また駄目だったら教えるから。それよりこんな時間にどこに行くんだ?」
こんな時間に大量にポーションを作っているイノスが首を傾げる。
「ルティにマダラミドリ蜘蛛の体液を取ってくるように言われていたのを忘れてて。今から行ってくる」
「一人で大丈夫か?ついて行くか?」
「大丈夫、シルフに付いてきてもらう。それにそろそろ蜘蛛の体液採取くらい一人でも平気にならないと」
「そうか」
イノスはあっさりと引き下がると、再びポーション作りに没頭し始めた。
ポーションを補充し、管理棟を出ると、シルフが今か今かと待ち構えていた。
久々の大物相手だ。
これを一人でやれれば、また一歩シキに近づける。
「よし!シルフ、行こう!」
さっと箒に飛び乗ると、満月の下、特区に向かいぐんとスピードを上げた。




