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追放

 カプラス王国に到着したフィオナ達は、王宮の入口で互いに労いの声を掛け合い、それぞれの部署へと帰って行った。


 フィオナも急いでルティアナとシキに会いに行くべく、箒に再び飛び乗ろうとした時、後ろから声を掛けられた。


 「フィオナさん、お帰り」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはきっちりと騎士団の制服を着込んだシオンが立っていた。

 シオンに気づいたシルフがその腹目掛けて頭をぐりぐりと擦り付る。

 本当に誰にでもすぐ懐いてしまって良いのか悪いのか。


 「シオン副隊長!」

 「今到着した所なんだね」

 「はい!コロラ王国ではお世話になりました!シオン副隊長は王宮に用事ですか?」

 「ああ……、人を見送りに来たんだよ」

 「見送りに?お客様でもいらしてたんですか?」


 首を傾げると、シオンの目が揺らぎ、少し言いづらそうに口を開く。


 「フィオナさん、どうせすぐに分かる事だから言ってしまうよ。見送りに来た相手はシキなんだ。少し前に、彼は王宮を出て行ったよ」

 「え?」


 王宮を出ていった?

 どういう事?

 シオンの言葉が頭の中でぐるぐると回る。

 知りたくない事実を告げられる予感に、頭が考えるのを拒否している。


 「コロラ王国から帰ってすぐに、彼の処罰が決まったんだ。彼は王宮を追放になったよ」


 頭が真っ白になった。

 シオンがまだ何か言っているが、全く耳に入って来ない。

 まるで深い湖の底に取り残されたかのように音が聞こえない。


 「……うそ。シキ……」

 「フィオナさん、聞いてる?それでね……」


 何も聞こえない。聞きたくない。


 どこかで覚悟はしていたつもりではあったが、きっとルティアナがなんとかしてくれると期待していた。

 ケイン王子だって庇ってくれると言っていた。

 

 本当にシキが目の前からいなくなってしまうなんて。

 それも自分の帰りも待たずに。


 きっと魔植物園に帰ったらシキが何か伝言なり手紙なり残して居るはず。

 解雇されてしまったとしてもすぐに会えるようにしておいてくれているに違いない。

 

 そう思ったら反射的に箒に飛び乗っていた。


 「あ!待って!フィオナさん!」


 後ろからシオンに呼び止められた気がしたが、それすらろくに耳に入らない。

 これでもかというほど全力で箒を飛ばし、管理棟へとたどり着くと、荒々しく扉を開けて、薬剤室の裏から魔植物園へと飛び込む。


 久し振りのフィオナの姿に蔦達が嬉しそうに、わらわらと集まってくるが、今はごめんと振り払う様に、研究棟に向かって再び箒を飛ばした。


 研究棟の前で急ブレーキ。

 転がり落ちるように箒から降りると、バンと大きな音を立てて研究棟へと駆け込んだ。


 「ルティ!シキ!」


 シキは居ないと聞かされていても、そう叫ばずにはいられなかった。


 作業場に行くと、そこには誰も居ずにがらんとしている。

 ガチャリと扉が開く音がして、二階からピンク色の髪の少女がツインテールを揺らして降りてきた。


 「よお!フィオナ、お帰り」


 いつもとなんら変わりないルティアナの様子に、シオンが言っていた事は嘘だったのではないかと思ってしまう。


 「ルティ!ただいま!」


 駆け寄って思い切り抱きつきながらも、すがるように尋ねる。


 「ルティ、シキは!?」


 身体を離してじっと見つめれば、困ったように少女は顔を曇らせた。


 「さっきシオン副隊長が、シキが王宮を追放になったって、嘘ですよね!?」

 「ああ……、もう聞いちまったのか。嘘じゃないよ。本当だ」

 「じゃあ、シキは!?」

 「ほんの数時間前に荷物をまとめて出て行ったよ」


 出て行った。

 その言葉が何度も何度も頭の中で繰り返される。

 シキがもういない。

 混乱してぐちゃぐちゃになった頭に浮かぶのは、いつでも優しげにふわりと笑う大好きなあの笑顔だ。


 「まったくなんて顔してるんだい」


 ルティアナの小さな手が頬にそっと添えられる。


 「ルティ……、シキはどこに行ったんですか?何か私に言っていましたか?書き置きとかは!?私、会いに行ってきます」 

 「まあ、落ち着きな。会いに行こうと思って行ける場所じゃないよ。それに伝言とか手紙とかそういうのは何もないよ。そういうのを書くと二度と会えないみたいで嫌だってさ。せめてフィオナが戻ってから行けって言ったんだけど、会うと辛くなるからって、待たずに出ていったんだ」

 「どういう事なんですかっ!?会いに行けないって!?二度と会えないみたいって!?」

 「とりあえず座りなっ」


 ルティアナに引っ張られソファに力ずくで座らせられる。


 「おーい、キノ!お茶淹れてくれー」


 ルティアナが地下に向かって叫ぶと、キノがやってきて、こくりとうなずいた。

 お茶を待つ余裕もなく、食い入るようにルティアナを見つめると、やれやれとため息をつかれた。


 「お前もシキも、互いの事となるとどっちも見境がなくなるねえ。そういう所は似た者同士なのかねえ……。じゃあ、話すけど、落ち着いてちゃんと最後まで聞きなよ?」

 「はい」

 「まず、さっきシオンに聞いて王宮を追放になったって言ってたけど、ちょっと違う。正確には王都から追放になった」

 「……え、それってクビになっただけじゃなくて、王都にも居られなくなったって事ですか!?」


 ガタンと立ち上がって、ルティアナに詰め寄る。


 「はあ?クビ?シキはクビになってなんかいないよ。どこからそんな事聞いてきたんだい?だから、落ち着いて最後まで聞きなって言っただろう。一旦座りな。そうじゃないんだよ。色々面倒な事になっちまってねえ」


 クビになってない?

 それじゃあどういう事?


 じっと先を催促するように待っていると、キノがお茶をテーブルに置いて、膝によじ登ってきて座った。

 

 「キノ、そのままそこに座ってな。じゃないとフィオナはちゃんと話しも聞かないで、すっ飛んでいっちまいそうだからねえ」


 キノはこくりとうなずくと、蔓を伸ばしてきて頭を軽く撫でてくる。

 混乱してはいたが、それで少し落ち着いた。


 「話しを戻すと、シキはクビになったんじゃなくて、一年間国内の辺境地視察任務が与えられたんだよ」

 「一年の辺境地視察ですか?」

 「ああ、そうだ。レイヴンも今回の事はかなり怒っていたんだけど、まあ被害も無かったし、研究データも取れたって事で、罰として一年あまり皆がやりたがらない、辺境視察をさせる事にしたんだ」

 「じゃあ、一年経ったらここに戻って来れるんですか!?私、てっきりクビになって王宮を追い出されたのとばかり思って」


 ほっと息をついたと共に身体の力が抜けてゆく。


 「それがそう簡単な話でもないんだよ」


 安心した所に、不穏な言葉が返ってきて、無意識にキノを抱く腕が強くなる。


 「実はね、今回シキの奴、怒らせちゃいけない奴を怒らせちまってねえ。レイヴンはさっきの罰で済ませるつもりだったらいしんだけど、その怒らせた相手がクビにしろって聞かなくてねえ……」

 「でも、クビにはならなかったんですよね!?」

 「ああ、でも代わりにかなり無理な任務を追加で押し付けられて、それが終わるまでは王都に戻る事は許さないって。任務を受けるか、クビになるか選べって言われてねえ。シキは任務を選んだよ」

 「その任務ってなんなんですか?」

 「極秘事項だから、それはフィオナには言えないんだよ。すまないねえ。でもまあそんな簡単に片付く任務じゃないと言う事は間違いない。まあ、レイヴンの任務もこなしながらだから、早くて戻るのは三年後、遅ければ五年かかるかもしれないねえ……」

 

 なんの任務なのか分からないが、余程困難な事をさせられるらしい。


 「その任務は危険はないんですか?ちゃんと戻って来れるんですか!?」

 「ああ、それは大丈夫だろう。厄介ではあるけど、そこまで危険な仕事ではないから」

 「そうですか……、それなら良かったです」


 それなら良い。

 三年後でも五年後でも仮に十年後だったとしても。

 その任務が終われば、シキはちゃんと戻ってくるのだから。


 「そっか。そっかあ……」


 待っていればちゃんと帰ってくるのか。


 「フィオナ、悪かったね。シキが残れる様にしてやれなくて。私が本気で権力を振るえば、無理やり残す事も出来たんだけど、少し考えさせられてね。今までシキは魔植物園にこもって、他人とあまり関わりたがらなかった。それじゃあ駄目だって分かってはいたけど、無理に嫌がる事をさせなくてもいいかって放ったらかしにしてたんだ。早い話が甘やかしてた。今回の視察で、シキは否応なしにも他人と関わらなければいけなくなる。それがシキの成長にも繋がると私は期待しているんだよ」


 そうかもしれない。

 そうであって欲しい。

 何年も会えないのは辛いし、寂しいし、心細い。

 でもルティアナの言うとおりだとも思う。もし今回と同じ事があった時その時は、アキレオ達の事も大事に思えるように。


 「あーあー、泣くんじゃないよっ。ちゃんと帰ってくるんだから」

 「ち、違いますっ、これは、嬉しくて、勝手に、出ちゃうんですっ。シキがもうここには戻って来れないと思ってたから、そうじゃなくて嬉しくてっ」


 ぼろぼろと涙腺が決壊したのを、慌ててキノが蔦で拭ってくれる。


 「キノ、ありがとー」


 感情が収まって、涙が引っ込むまでキノは膝の上でずっと頭を撫でてくれ、ルティアナは苦笑いしながらも黙って側にいてくれた。


 やっと落ち着いた頃、ルティアナは立ち上がると、ポンと頭に手を乗せてきて、優しげな目を向ける。


 「まあ、今日は疲れているだろうし、仕事は休んでゆっくりしな。明日からはシキがいない分今まで以上に働いてもらうからね」

 「はい」


 階段を上って、研究室に戻ろうとするルティアナに、ふと気になって声をかけた。


 「ルティ、そういえばさっき言っていた、シキが怒らせちゃった人って誰なんですか?」


 ルティアナが怒らせちゃいけない人と言うくらいだし、レイヴン国王の処罰に上乗せさせられる様な人物だ。

 相当な重役だろうから、自分があまり係る事は無さそうだが、今後その人物を怒らせたりしない様にぜひ聞いておきたい。


 ルティアナは振り向いてこちらをじっと見ると、怖い顔をして言った。


 「それは言えないよ。それにもし何かのきっかけで誰か分かったとしても、それを絶対に口外しない事。いいね!」

 「は、はい」


 ルティアナの迫力にこくこくとうなずくしかなかった。


 パタンと音を立ててルティアナが研究室にこもってしまうと、急に部屋が静かになり火が消えた様だ。


 ゆっくり立ち上がろうとすると、ぴょこんとキノが膝から飛び降りて見上げてくる。


 「キノ、今日はお仕事お休みだって」


 こくんとうなずく。


 「シキ、しばらく帰って来れないんだって」


 こくん。


 「寂しいね」


 こくん。


 自然に足が地下にあるシキの研究室に向かう。扉を開けて中へ入ると、そこはいつもと何も変わらず雑多に物が置かれ、培養中と思われるガラスケースもそのままだ。

 

 シキがここに居ない事が不思議なくらいに。


 てこてことキノが後ろからやって来て、培養中のガラスケースを一個一個見て回っている。


 きっと戻ってくるまでの管理をキノに頼んで行ったのだろう。


 キノの後について、ぐるりと部屋の中を見て回り、最後にいつもシキが座っていた壁際のデスクの椅子に腰を下ろす。


 シキはここでよく疲れて机に頭を伏せて寝ちゃってたっけ。

 同じ様に机に頬を付ければ、ひんやりと冷たい。

 鼻の奥がつんとして、するりと涙が頬を滑り落ちてゆく。

 しばらくそうしている内に、まるでいつものシキの様に眠ってしまっていた。


 目が覚めると、肩にシキがよく使っていた毛布が掛けられていた。

 キノがかけてくれたのだろう。

 毛布をぎゅっと抱きしめてから、きちんとたたんで椅子にかけ、部屋を出て作業場に行くと、キノが気づいて、てこてこと近寄ってきた。


 しゃがんで顔の高さを合わせ微笑む。


 「キノ、毛布をかけてくれてありがとう」

 

 双葉の間から蔓が伸びてきて、頭を撫でてくれる。

 キノだってシキが居なくなって寂しくないわけがないのに、こうやって一生懸命に慰めようとしてくれて、それが愛しくて堪らない。

 ぎゅっと優しく抱きしめて囁く。


 「もう大丈夫だよ。ありがとう。キノ、何年先か分からないけど、ここで一緒にシキが戻ってくるのを待ってよう」


 頭を撫でていた蔓がぴくりと動くのをやめ、しゅるしゅると戻っていき、キノの子供のような手が背中に回ってぎゅっと服を掴んだ。


 外に出ると、辺りはすっかり夜になっていた。見上げれば、木々の隙間から星の明かりが見える。


 「ぎゃう!」

 「シルフ」


 研究棟の前の芝生で真っ白な体毛の雷獣が心配そうに近寄ってきた。

 人間の言葉も理解する賢い雷獣の事だ。シオンとの会話を聞いて心配していたのだろう。

 近寄って首を抱きしめ撫で回す。


 「シルフ……。シキね、しばらく仕事で帰ってこれないんだって」

 「ぎゃう?」


 かいつまんでシルフに説明すると、寂しそうに、ぎゃう、と小さく鳴いた。


 「でもちゃんと帰ってくるから。それまでシキの代わりにシルフが私を守ってくれる?

 「ぎゃう!」

 「あははっ、わかったわかった、痛いよ」


 もちろんだと言うように、ぐりぐりと頭を押し付けてくるシルフをなだめると、すうっと息を吸い込んで箒を出した。


 さっと乗り込んでチューリップ畑に向けて走らせると、後ろからシルフもついてくる。

 さっそく護衛のつもりなのだろう。


 一人になりたいと思ったのだが、仕方ないか。自分でシルフにお願いしてしまったのだから。

 苦笑しつつも、そのまま夜の森を走り抜けた。



 チューリップ畑につくと、相変わらず巨大な花達はゆっさゆっさと揺れて元気いっぱいだ。


 畑の横の芝生に腰をおろして、ごろんと仰向けに転がる。シルフも横で寝そべった。


 思えばこのチューリップ畑では色々あったなと思い返す。何度も倒れ、その度にシキに助けられた。


 再び涙が溢れだす。


 大丈夫。


 夜だし暗いから誰も見てない。


 頭の良いシルフは、分かっているのか、知らんぷりをしてくれている。


 ざっあっと音を立てて風が吹き抜ければ、チューリップ達がザワザワと揺れ動く。


 懐かしい魔植物園の空気。


 すうっと大きく息を吸い込んだ。


 泣くのは今日だけに。


 シキが帰ってきたら、びっくりするくらい成長していよう。

 特区で追いかけっこをしても勝てるくらいに。


 そう思ったらなんだか楽しみになってきた。



 だから、どうか無事に。

 ここにシキが帰ってきますように。

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