怒らせてはいけない人
今回はシキ視点です。
「ちょっと、そろそろ自分で飛んでよね」
箒の後ろで気楽そうに陣取っているシオンに冷たく言ってやると、くすりと笑う声が聞こえた。
「本当に君は可愛くないよね」
さっと自分の箒を出して、軽々とそれに飛び移ると、シオンはすぐ隣を並走して飛び始める。
「別に魔法が使える事を秘密にする必要はないんじゃないの?箒に乗るくらいの魔力持ちなら別に少なく無いんだし」
「ダメダメ、僕くらい剣も使えて、更に少しでも魔法が使えるとなったら、騎士団副隊長でいる事が難しくなっちゃうからね。これ以上地位が上がると会議だなんだって面倒でしょ?」
少しどころか自分より魔力があるくせに。周りには知られていないが、元々は近衛の隊長をしていて、影では夜鷹のボスをしていた程の男だ。もっと働け。
「もっと働けって酷いなあ。今でも相当働いているけどね。コロラ王国までわざわざ出向くくらいには」
思った事がつい口にでてしまったようだ。そして嫌味な奴。でもおかげでフィオナは無事に助け出せた。夜鷹が居なければフィオナは無事では済まなかっただろう。
「シオン。助かったよ。感謝してる」
「へえ。ちゃんとお礼が言えるようになったんだ。成長したね」
本当にムカつく。
ぷいっと視線を外して会話を打ち切ろうとすると、シオンが真面目な声色で尋ねてきた。
「それで?これからどうするつもりなの?普通に考えて君、戻ったらクビだよ?」
「……ああ」
「いくらルティでもさすがに今回の事は揉み消せないだろうし、ルティ自身相当怒っていたからね。庇っては貰えないんじゃない?」
「……」
「クビになったら、魔植物園に住み込みのフィオナさんには会えなくなっちゃうよね?そりゃ休日はあるだろうけど、君が抜けた穴は大きい。しばらくは休みなんて取れるかなあ?」
分かってる。
言われなくてもそんな事は。
そしてそれは職を失うなんて事より遥かに辛いと言う事も。
王宮魔導士をクビになっても、王都で職を見つけ暮らして行く事は造作もないし、今までの給金は殆ど使っていなくて貯まりに貯まっているので、しばらくは働かなくても平気なくらいだ。
だが、そんな事よりフィオナに滅多に会えない生活に自分は耐えられるのだろうか。
フィオナが自分を拒めばもう二度と会わない覚悟は出来ていた。
でも彼女が自分を受け入れてくれて、お互い想っているのに、一緒に居られない事になるなんて。
精神が持ちこたえられず、病んでしまうのではないだろうか。
「ねえ、シキ。僕が庇ってあげようか?」
思いがけない言葉についシオンに顔を向けてしまえば、そこにはにっこりと悪魔の微笑みがあった。
ほんの一部の人間しか知らない事だが、王宮での彼の影響力はかなり大きい。
「……条件は?」
「そうだねえ、条件は……」
シオンが黒い笑みを浮かべたまま、突きつけて来た条件は、頭を抱えたくなるものだった。
夜鷹のボスであるシオンと魔植物園副所長であるシキが、全力で箒を飛ばせば、カプラス王国の王宮までは二日弱で着いてしまった。
シオンだけならもっと早く着いていたに違いない。足を引っ張ったのはシキの方だ。
「とりあえず君はルティの所へ行って。それから国王の所に一緒に来るように。僕は先に国王の所へ行っているよ」
シオンは王宮の入口に降り立つと同時に、そう言い残すと颯爽と歩いて行ってしまった。
シオンの姿が王宮内に消えるのを見送ると、そのまま箒を魔植物園へ走らせる。
いつも通り薬剤室の裏から魔植物園に入る扉を開け、園内に入ろうとして壁に手を触れて気づく。シュレンを外に出すために書き換えた魔法陣が元に戻されていた。
ルティアナが帰ってから速攻で直したのだろう。
森を抜け研究棟につくと、すぐ側の芝生の上に、キノが一人日向ぼっこをしていた。最近はシルフと一緒に日向ぼっこをする姿をよく見たのだが、シルフは今フィオナと一緒だ。
ほんの数日だがキノを一人きりにしてしまった心苦しさを感じながら、そっと近寄ってその顔を覗き込むと、気配に気づいたのかパチリと目が開いた。
「キノ、ただいま。一人にしてごめん」
心からの謝罪と共に優しく抱きしめると、双葉の間から蔓が伸びてきて、逆に頭を撫でられてしまった。
身体を離してもう一度顔を見ると、その口元は笑みの形になっていて、ほっとさせられる。
もしクビになったら、キノとももう会えなくなるのかと、更に心が苦しくなった。
「キノ、ルティは中にいる?」
そう尋ねると、首を横に振って特区の方向を指差した。どうやら見回りに行っているようだ。戻ってくるのを待っているより、探しに行った方が早いだろう。
それにルティアナが帰っているから大丈夫だとは思うが、魔植物園を空けていた間に問題がなかったか、少し見て回りたかった。
「キノありがとう。ルティを探しに行って来るよ」
こんな会話ができるのもあと数回かもしれないと、キノをもう一度優しく抱きしめてから離れると、何かを感じ取ったのかキノは蔓を伸ばし、きゅっと腕をつかんで、首を傾げた。
心配している時のキノの仕草だ。
「なんでもないよ。少し離れていて寂しかっただけ」
そう言って笑みを向けると、キノはほっとしたように蔓を離した。
名残惜しかったが、箒を特区に向けて走らせる。すぐに一面のチューリップ畑に出た。
わさわさと揺れる色とりどりのチューリップ達。変わらぬ畑の様子にほっとしつつ、そのまま特区へと入って行った。
数日前にこっぴどく当たり散らしたのは、もう忘れてしまったかのように、様々な魔植物達が襲い掛かってくる。
ひらひらとそれらを躱し、ルティアナを探しつつ奥へと進む。
ジャンル地区へ入り、いつも通り飛びかかってくる真っ黒の猛獣すら愛おしく、ひときわ激しく撫でてやった。
ジャンルを抜け草原地帯へ出た所で、前方に浮かぶ箒を見つけた。
速度を上げて距離を縮めると、向こうも気づいたのか箒を止めて待っている。
「ルティ!」
叫んで衝突するくらいの勢いで飛び込めば、片手であっさりと受け止められた。
「シキ、お帰り」
「ルティ、ただいま!話したい事があるんだ」
「私もだよ。まあ、特区じゃ落ち着かないし、チューリップ畑までもどるかね」
その表情は怒ってはいなく、口元が僅かに上がっていて、少し拍子抜けしてしまった。
チューリップ畑まで戻り、畑の横に降り立つ。
「ルティっ……」
「待ちな。シキとりあえずそこに正座しな」
早速口を開くと間髪入れず静止され、言われた通り畑の横の芝生に正座する。
ルティアナは目の前に仁王立ちになり、すっと険しい表情になったかと思えば、思い切り拳骨で頭を殴られた。
「っく!」
あまりの痛さに涙目になっていると、真上から深いため息が落ちてきた。
「まったく、この馬鹿弟子が。今回はなんにも被害がなかったから良かったけど、下手したら死者が出てもおかしくなかったんだよ?分かってるのかい?」
「うん、後からすごく反省した。反省したくらいじゃ済まされない事をしたったいうのも理解してる。ルティ、まずはちゃんと謝らせて。本当にごめん。魔植物園の事を軽く見るような事をして、本当にすみませんでした」
ルティアナは苦笑いを浮かべ、ぽんと頭に手を乗せてきた。
「ちゃんとシキが理解してくれててよかったよ。コロラ王国の塔で会った時のお前は、全然その辺を理解してなかったからね。戻ってきてまだ理解出来ていないようなら、レイヴンが処罰を与える前に、私がお前をクビにしていたよ」
「ルティ、信用を裏切るような事をして本当にごめん」
「お前は本当にフィオナの事となると我を忘れるねえ。もうちっとその辺をなんとかしないとだね」
「分かってはいるんだけど、どうしようもなくなっちゃうんだ」
「遅い初恋が叶ったせいなのか、お前の性格なのか……。今後の課題だね」
「今後があるの?」
「シキが望むなら、私からレイヴンに減罰を頼んでやるよ。だけど今回の件を知らせたらきっとあいつも相当怒るだろうねえ。私が言ってもダメな時は諦めな」
「あ……、ルティ。その事なんだけど、実は……」
転移する時にその場に国王本人も居たと伝えると、ルティアナは頭を抱えた。
「ああああ!もう!それはレイヴンを直接危険に晒したって事なんだよ!?分かってんのか!?仮にもあいつ国王なんだぞ!?」
「……はい」
「最悪だな。シキ、クビになる覚悟もしとけよ」
ルティアナはがっくりと肩を落として、首を振った。
ラフな普段着から金のローブに着替えると、レイヴン国王の執務室へルティアナと共に訪れた。
執務室の前に立っている警備兵は、ルティアナの顔を見ると、軽く頭を下げて、すぐに国王の元へと通してくれる。
部屋に入ると、執務室の机に座るレイヴン国王のすぐ横で、シオンが恐ろしいほど満面の笑みを浮かべていて、帰りたくなった。
「やあ、おかえり、シキ君」
レイヴン国王は手元の書類から顔を上げると、すっと目を細める。
「ただいま戻りました」
「さて、回りくどいことは嫌いなんだよね。ルティもシキ君から話しは聞いているよね?」
「ああ、聞いたよ」
「そう、それなら早速だけど、シキ、私言ったよね?戻ってきたら覚悟しておくようにって」
いつもチャラチャラしているレイヴン国王だが、今日はそんな様子は微塵も感じさせない。低い淡々とした声色が、余程彼を怒らせていると分かる。
やはりシオンやルティアナの擁護があってさえも、クビは免れないかと腹をくくった。
「分かっています。この度は勝手な事をして、王宮を危険に晒し申し訳ありませんでした」
自分でやらかした事の責任はやはりきちんと取らねばならないと、しっかり頭を下げる。
思う所は色々あるが、フィオナが無事で帰ってくる、それだけで満足だ。生きてさえいれば、会う時間は少なくても、これから先彼女と共に歩んで行けるのだから。
それにクビならクビでシオンの要求を飲まなくて済む。
急に吹っ切れて、心が軽くなった。
顔を上げると、レイヴン国王は険しかった表情をふにゃっと緩ませ、くすくす笑い始めた。
「あはっ!ねえ、見た!?ルティ!シキ君がちゃんと謝ってるよ!?この私に!ねえ、見た!?」
「見てたよ、レイヴン。見たとおりシキは心を入れ替えてカプラス王国の為に働くと言ってる。どうだい?クビにするのは勿体無いと思わないかい?」
え?そんな事言ってない。
「そうだねえ。まあ、幸いにも今回は被害もなかったし、シオンにもクビにするなら、夜鷹のボス辞めるって言われちゃったし、まあ、夜鷹のボスはもう既に他の人なんだけど、その人も含めてシオンをボスだと思ってるからねえ。困ったものだよ。まあ、そんなこんなでクビにするのはナシね。でもちゃんと罰は受けてもらうからね。大体君に恩を売れるって、パティに呼ばれて行ったは良いけど、まさかあの魔人が居るとは思わなかったからびっくりしたよ」
「え……、パティ……?」
今まで黙ってレイヴン国王の横に立っていたシオンの顔が急に強張った。
そういえば、あの場にパティがいた事をシオンに言っていなかった。
わざと言わなかった訳ではない。
断じて。
言ったらどんな目に合わされるか分からないから黙っていたなんて事はない。
本当に。
ちょっとパティがいた事を忘れていただけで。
「シーキー?どういう事かなー?聞いて無いんだけど?」
シオンの顔が真っ黒に染まっていく。顔だけではない。身体中から真っ黒なオーラが吹き出している。
「あ、あれっ?私、なんか、余計な事言っちゃったかなっ?」
レイヴン国王が隣からひしひしと伝わってくる殺気に冷や汗を流している。
どうしようかと、考えていると、ルティアナに思い切り蹴られた。
早くなんとかしろと。
「シオン、あー、黙っていたわけじゃないんだ。その、パティがいた事をすっかり忘れていただけで。いやだって、そもそも、最初から僕はパティを巻き込むつもりはなかったのに、彼女が無理やり首をつこっんで来たというか……」
「ああん?お前、俺に殺されたいの?」
正直に言ったら、シオンが更に凶悪になった。わざと黙っていた訳ではないと言いたかっただけなのに。
ガンっと更に強くルティアナに蹴られた。
一体どうしろと?
「レイヴン国王。やっぱりさっきの話しはなかった事に。むしろシキをクビにしないのなら、僕が王宮を辞めます」
「え!?ちょっと待ってよ!それは困るよ!」
シオンの手の平返しに、レイヴン国王があわてふためく。
「シキ、お前、馬鹿正直にも程があるだろう……。怒らせちゃいけない奴をなんで怒らせるかねえ」
ルティアナが疲れた声で小さくつぶやいた。




