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今回はシキ視点です。

 アキレオに転移装置を頼みこんで、開発室を出たシキはシオンと共に王宮の通路を歩いていた。


 「感謝してよね、シキ。本当はアキの事バラすつもりは無かったんだから」

 「うん、シオン。ありがとう」

 「うわっ!真正面からお礼を言われると思わなかった」

 「本当に感謝してる。お礼にもしパティが妊娠したら特別に妊婦にいい薬を作るよ」

 「ははっ!それは良いね。さて、僕は一旦コロラ王国に行くための準備をしてくるよ。ルティに伝えておいて。レイヴン王の所で待ってるって」

 「分かった。シオン、僕が行くまでフィオナの事頼むよ」


 シオンはふっと笑って王宮を出て行った。


 シオンと別れると急ぎ魔植物園に向かう。

 ルティアナに謝らないと。

 フィオナの事で感情的になり過ぎた。

 ルティアナの言っていた事は正論すぎるほど正論だったのに。


 もしアキレオが人間用の転移装置を完成させれなかったら、その時は信じてルティアナに任せよう。


 今の所シオンの部下がフィオナを守ってくれているようだし、ルティアナがコロラ王国に着けば安心だ。


 頭ではそう分かっているのだが、やはりそれでも万が一を考えてしまい平常ではいられなくなってしまいそうになる。


 なんとかそれらを押し込めて魔植物園内の研究棟に戻ると、ちょうどルティアナも結界を張り終えて帰って来たところだった。


 「ルティ、おかえり」

 「おう、ただいま。少しは頭が冷えたか?」

 「うん。さっきはごめん」

 「分かったならいいさ。悪いがここを無人にする訳にはいかないからね」

 「それなんだけど、ちょっと聞いてくれる?」

 「なんだい?」


 まだ諦めていないのかと、じろりと睨まれる。


 「実はさ……」


 ルティアナにアキレオの研究している転移装置の件を話す。


 「それで?二日後転移装置が完成してたら、それでコロラ王国に行きたいと?」

 「うん。それなら何日もここを空けずに済むでしょ」

 「うーん……。しかしねえ」

 「ルティ、お願い。もしアキレオが完成させられなければ諦めるから」


 ルティアナはしばらく黙って考え込んでいたが、意を決すしたように顔を上げた。


 「分かった。もし転移装置が完成したなら、それを使うのを許可してやる。だけどそれは行きだけだ。帰りは使うなよ。アキレオの開発とはいえまだ途中のものなんだろう?アキレオが側にいない帰りもそれを使うのはだめだ。だからそれもふまえて、コロラ王国に居られるのは一日だけ。それを過ぎたらフィオナを連れ戻せなくても全力で帰ること。これが条件だ」

 「分かった」


 一日あれば十分だ。

 絶対に取り戻す。


 「まあ、私が今から全力で行けば一日半くらいで王城にはつくから、もしかしたらお前が来る前に全部終わってるかもしれないけどね」

 「それならそれに越したことはないよ」


 できればそうあって欲しい。


 ルティアナは留守中やって欲しい事や注意事項などをくどくどと説教のようにまくし立てると、「んじゃ、行ってくる!」と言って出ていった。

 まるで手ぶらで散歩に行くかのように、シルフを連れて出ていく姿にほんの少し安心させられた。

 

 ルティアナが行ってしまうと、とにかくいつでもここを離れられるようにと、頼まれた仕事をかたっぱしから終わらせていく。

 それからキノに留守中お願いしたい事を教えていく。


 「キノ、ごめんね。数日一人にしちゃうかもしれない」


 こくこくとキノはうなずいて、蔓で頭を撫でてくる。

 心配するなと言っているのだろう。


 「ルティと二人で研究している例の物に、一日一度魔力を流して欲しんだ。やり方を教えるね」


 せっかく二人でここまで成功させた実験だ。

 完成間際になって魔力を流せなくなって失敗だなんてさせるわけにはいかない。

 キノに丁寧にやり方を教えると、わかったとこくこくとうなずいた。


 キノは本当にいい子だ。後でたっぷり魔力をあげよう。


 それが終わると、今度は園内を見回りに行く。


 特区に行くと、各地区を見回り、その地区で一番魔力が高くボスクラスの魔植物や獣や虫に少し強めに威圧しておく。今まで機嫌が悪い時にたまにこういう事をやってしまっていたのだが、そうすると、数日は奴らは息を潜めたように大人しくなる。明日も機嫌が悪い風を装って、少しきつめに脅しておこう。


 出来る限り無人の魔植物園で何事も起こらないように対策をしておかなければ。


 

 その夜、シキは一人研究棟を出た。

 ふよふよと漂う様々な種類の発光物の光のおかげで、灯りは何も要らない。まもなく満月ということもあり、まんまるからほんの少し欠けた月の光でさらに植物園内は明るい。


 なんとなく歩きたい気分だったので、サクサクと森の中を歩いて行く。

 少し前まで一緒によくこの道をフィオナと歩いたものだ。

 ちょっとしたことで、すぐに彼女の顔が脳裏に浮かび、それと同時に不安がこみ上げてくる。


 何度も何度も大丈夫と自分に言い聞かせる。

 ルティアナも向かっているし、夜鷹のメンバーに守らせるとシオンも約束してくれた。

 だから大丈夫。


 薄明るい森を抜けると、魔力水の泉に着く。

 ひときわ明るいその場所はいつ見ても幻想的だ。

 水面にほんの少し欠けた月がうつり込んでいる。

 青白く輝くその水面にしゃがんで指先をふれると、波紋が広がり月をゆらりと揺らした。


 ふれた指先に魔力を集めて泉へと流し込んでいく。

 しばらくそうしていると、こぽりと泉の中央に気泡が上がった。

 それはぶくぶくと数を増やして泡立ち、大きな水音を立ててシュレンが現れた。


 「なんだシキ。満月は明後日だぞ?」


 すーっと水面を滑って人間ではない少女が近づいてくる。

 じっと見つめると、ほんの少し動揺したように視線を外された。

 まだフィオナの一件を根に持っているのだろうか。あれから満月の度に謝りに来ていたのだが。


 「明後日の夜は多分来れないと思うから、早く来たんだ」

 「なら明日でもよかったのではないか?」

 「明日も来て魔力を渡すよ」

 「へ?」


 美しくも人間のそれではない不思議で神秘的な表情が、間抜けな声と共に崩れる。


 「明日もシュレンに魔力をあげに来るよ?」

 「な、なぜ!?ルティから月に一度と言われておるだろう?私にそんなに魔力を与えたら、危険だと分かっているのか?」

 「自分でそれを言う?ねえ、シュレン、実はお願いがあるんだ」

 「……願い?私にか?」

 「うん」

 「シキが私に?」

 「そう」


 じっとシュレンの目を見て言うと、ただでさえ大きなその目が更に見開かれた。


 「い、今まで、そんな事言った事もないのに!?むしろシキは私の事を避けていたではないか!このところ魔力を流しに来ていたのも、あの小娘の件があったからだろう?」

 

 避けていたと言われ、無意識にそうしていたことに気が付いた。

 魔植物園に来て数年は自分が率先してこの泉に魔力を流しに来ていたが、ここ数年はほとんどルティアナに任せてしまっていたのだ。


 「ああ……。うん、ごめん。避けてた……のかも」

 

 正直に言葉に出す。

 彼女に嘘を言ったところで怒らせるだけだろう。

 こんな話をしに来たわけではないのだが、よからぬ方向に話は向っていく。


 「私はシキに避けられるような事を何かしたのか?ずっと聞こうと思っていたのだ。いい機会だ。私の何かが気に障っているのならハッキリ言ってくれ」


 参ったな。

 直球で来られてしまった。

 どうしよう。


 「シキ、言ってくれ。言わなければ、その願いとやらも聞いてやらん」


 口元に手を当てて考えていると、シュレンが追い打ちをかけてくる。


 「シュレン。君の事が気に障るなんて事はないよ」

 「ではなぜ避けていた!私がこんなにシキを想っているというのに!」

 「だからだよ。君の事は好きだよ。でもそれは友人というか、一人の人間……じゃないな。つまり君の想いとは違った好きなんだよ。だからこれ以上君が僕に執着しないように無意識に距離をとっていたのかもしれない」

 「好きに違いなどあるものか!シキが私を好きならば避ける必要などないではないか」

 「あるよ。好きも色々あるんだ。君は僕になにを求めてるの?」

 「全て。シキが私を好きなら私のものになって欲しい。私と共にいて、私の番いになればいい」

 「出来ないよ」

 「なぜだ?」

 「僕はそれをフィオナに望んでいるから。そして彼女はそれを受け入れてくれた」


 シュレンから殺気が立ち上る。


 「私を好きだと言っておいて、あの小娘を選ぶのか!?」

 

 やはりこうなってしまったか。

 頼みごとをしたかったのだが、これでは無理そうだ。


 「シュレン、僕もフィオナだけは譲れないんだ」


 魔力を流すのをやめて立ち上がる。

 向けられた殺気に殺気で対抗する。

 交渉決別だ。交渉すらしていないのに。

 いつ攻撃を受けてもいいように身構えていると、シュレンの顔がくしゃっと歪んだ。


 「そんなにあの小娘がよいのか?」

 「僕はフィオナがいないともう生きていけない。そのくらい彼女を愛してる」

 「この馬鹿が!だったら私に好きなどと言うな!」

 「だって事実シュレンの事は好きだし。ああ、番いになりたいとかそういうのではないから。君だってルティの事好きでしょ?それと一緒だよ」

 「私がルティを好き!?あの悪魔のような人間をか!?そんなわけないだろうが!」

 「あれ?そうなの?」

 「まあ嫌いではないがな……」

 「好きなんでしょ?僕が君に感じているのもその好きなんだよ」


 シュレンが真っ赤な唇をかみしめる。


 「願いとはなんだ」

 「え?聞いてくれるの?」

 「早く言え」

 「明後日から二、三日僕もルティも出なきゃいけなくなるんだ。その間シュレン、君に魔植物が外に出ないように見張っていて欲しい。この植物園で君に逆らえる奴はいないからね」

 

 シュレンはくっと目を見開くと、さも可笑しいという様に大声で笑い始めた。


 「あははははは!シキ!お前はどれだけ阿呆なんだ!そんな大事な事を私に言って、真っ先に私がここから逃げ出すとは思わなかったのか!?」

 「思わないよ。だって君僕の事好きなんでしょ?」


 シュレンがぐっと息を詰まらせる。


 「なんていう鬼畜な人間だ。今さっき他の女を選んでおいてそんな事を平然と言うとは……。ふん、シキもルティもいないとあらば、その間あの小娘をいたぶるとでもするか」

 「フィオナもいないよ。フィオナを迎えに行くんだ。今彼女は隣国の王子に捕まっている」

 「ふうん。それなら私にとっては都合がよい。私が逃げ出すと言えばお前はここを離れられないだろう?」

 「それをしたら、僕は君を嫌いになるから。もう一生会いに来ない。それにもし僕が迎えに行けなくてフィオナに何かあれば、八つ当たりで君を殺してしまうかも」


 真っすぐシュレンを見て宣言する。


 「馬鹿か。私にお前が敵うわけないだろう。返り討ちにしてくれるわ」

 「したければすれば?フィオナがいなければ僕はもう生きている事に興味ないから」


 燃えるような光を湛えていたシュレンの瞳からすっと光が消えた。


 「……本当にあの小娘が大事なのだな」

 「うん。だから君に頼みに来たんだ。頼みを聞いてくれたら、僕が出来る範囲で君の願いを聞いてあげる。どう?」

 「私の願いをか?」

 「僕にできる事だからね。番いになれというのはできないよ」

 

 シュレンはじっと考え込む。


 「な、ならば私に口づけしてくれるか!?」


 口づけ?

 キスすればいいのか?


 シュレンにぐっと顔を寄せると、シュレンが動揺してうろたえる。


 「え、ちょっ、シキ、え、本気?」


 唇を寄せて、視線をシュレンに向けると、彼女は自分で言っておいて、あわあわと身を引こうとする。

 逃がさないとぐいっと腰を掴んで、その真っ赤な唇に自分の唇を押し当てる。

 こんな事ならいつもキノにしているし、全くもって問題ない。

 むしろこんな事でお願いを聞いてくれるならしめたものだ。

 冷たい唇に数秒ふれた後、そっと唇を離してシュレンの顔をのぞき込む。


 「これでいい?」


 一瞬呆けていたシュレンが、はっと我に返りその後みるみる顔を赤くさせる。

 

 「シュレンも顔赤くなるんだね」


 ぽそりとそうこぼすとシュレンがドプンと泉に身を沈め隠れてしまった。


 「あ、シュレン!話がまだだよ。お願い聞いてくれるの?」


 泉に向かってそう叫ぶと、水の中からこぽこぽと泡が上がりそれと共に声も聞こえてきた。


 『明日もう一度口づけしてくれたら、私が留守中の番をしてやる』

 「分かった。明日また来るよ。魔力もたっぷり流しにくるから」


 良かった。帰りは転移装置が使えないから、すぐにフィオナを取り戻せたとしても二日は魔植物園を無人にしてしまう。

 その間丁度満月が来てしまうので、シュレンが気がかりだったのだ。

 魔植物園の見張りをして欲しいというのは単なる口実だ。

 シュレン自身が言っていた様に、一番逃げ出す可能性が高く、そして危険なのはシュレンだ。

 だからこうして逃げ出さない様に釘を刺しに来たのだ。


 見張りを断られても、シュレンが逃げ出さない様に言い含めるつもりで来たのだが、まさか承諾してもらえるとは思わなかった。

 今までのシュレンとの付き合いで、彼女が一度約束したことを破るとは思えない。

 思いがけずラッキーだった。


 これで安心してコロラ王国へと行ける。


 あとはアキレオが転移装置を完成させてくれるのを待つだけだ。

 

 あれだけはっぱをかけたのだ。

 きっとアキレオもやってくれるはずだ。


 研究棟へ向かいつつ転移装置が無事完成する様にと、柄にもなく天に祈った。

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