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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第三章
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第三章 野宿


 その後は何の問題も発生することなく、一行は無事に崖道を通過し、イチノ岳の峠を越えた。ただ、予定より時間が大幅にかかってしまった。


 騎士たちは少しでも距離を稼ぎたいところではあったが、峠に着いた頃にはもう陽が沈みかけていたので、夜間の山道に慣れていないプリムローズを、これ以上先へ連れて行くのは危険だと判断し、イチノ岳山内で野宿することとなった。アルカネットに到着することを急ぐあまり、山で遭難してしまっては本末転倒だ、と副団長は言った。


 峠のやや下に位置する山奥で、馬を近くの木の幹に繋ぐ。5人は地面に転がっている枝を拾い集め、火打石で焚き火を起こした。


 プリムローズはマロンに積んでいた荷物から、毛糸で編まれた膝掛けと革袋に入った水、ビスケットを持ってきて、暖を取りながら軽食を摂ることにした。

「エヴァン、崖道のときの怪我は大丈夫ですか? 私、傷薬ありますよ」

 同じく保存食のビスケットにかじりつくエヴァンの隣に座り、話しかけた。


「薬なら自分も持っています。大丈夫、騎士はこれしきのかすり傷など平気です」

 彼はプリムローズの今朝やった真似をして、力こぶを作るように両腕を上げて見せた。王女はまだ心配しているものの、その朗らかな振る舞いを見て、かすかに口元を緩めた。

 

「……」

 二人から少し離れたところに座って水を飲んでいたビクターは、同僚を珍しそうに一瞥した。

(少しキモいが、いつもより断然とっつきやすそうな笑顔だ。なるほど、王家の方々にはきちんとした態度がとれるのだな。この高慢チキをちょっと見直したぞ)


 フィリポはマシューに周辺を偵察するように命じられると、了解です、と敬礼した。そして、焚き火を囲むチームメイトらに声をかける。

「じゃあ俺、この辺りに不審なものがないか見てくるから。その間、交代で見張り頼む」

 ビクターは頷くが、エヴァンは見向きもしない。


「一人で森へ行くのですか」

 見上げてくるプリムローズに、フィリポは誇らしげに胸を張って答える。

「はい。俺エルフだから夜目が利くんですよ」

「5月でも山の中は冷えますから、これを巻いてくださいな」

 彼女は立ち上がると、焚き火の傍で温めていた膝掛けを広げ、フィリポの首から肩にかけてショールのように巻きつけた。


「そんな、悪いです。プリムローズ様が風邪引いちゃうじゃないですか」

 フィリポが慌ててそう言うと、プリムローズは首を横に振った。


「私は焚き火に当たっていますから。騎士の皆さんこそ、いざというときのために身体を大事にしないと」


「あ、じゃあ、ありがとうございます」

 尖った長い耳を赤くしながら、フィリポは気恥ずかしげに頬を掻いて目をそらした。


「……」

 エヴァンは片手でビスケットを粉砕すると、鬼の形相でフィリポを睨みつける。そんな彼をさらにビクターが観察し、焚き火の前から一歩だけ距離をとった。

(おっと、こっちに飛び火せんようにしなければ……)




 プリムローズは硬いビスケットを噛み砕き、水で流し込んだ後、地面にゴザを敷き、荷袋を枕にして横になった。余程疲れていたのか、すぐにすやすやと寝息を立て始める。

 エヴァンとビクターは交代で見張り番をすることになり、エヴァンが先に、木の幹に寄りかかって休んだ。こちらも寝つきがよく、剣を携えたまま眠っている。


「……副団長、まだ起きておられますか?」

 ビクターは焚き火を挟んで向かいにいる、外套を肩にかけてどっしり座り込み、こちらに背を向けている上官へ、小声で話しかけた。


「ああ」

 マシューは森の向こうを見張っている。


「あの土砂崩れや落石、どれも偶然とは思えません。何者かが我々へ意図的に仕向けたものではないでしょうか。例えば、私のようなマテリア術の使い手――土属性のマテリアを操る者なら可能です……」


 ビクターが溜め息をつくと、目の前の火が揺らめいた。


「マテリアって確か、違う属性を打ち消すことができたよな?」


 マシューが背中越しに尋ねると、ビクターは不甲斐なさそうに眉をひそめ、肩に担いでいる三叉槍の柄を握りしめた。


「いえ、私が扱えるのは水属性のマテリアで、土属性とは相性が良くありません。火属性ならば瞬殺なのですが……」

 そうか……と、マシューは呟く。


「ですが、ハルナ山に流れる川などから、水属性のマテリアを吸収し、結界を張ることができます。プリムローズ様の半径2、30メートル圏内に危険物が接近したら、マテリアの力で弾きとばすのです」


「いいじゃないか」

 マシューが機嫌をよくしたような声で相槌を打つと、ただし、とビクターは付け加える。


「申し訳ありませんが、結界で守れるのは一人だけ……プリムローズ様のみに限ります。それに、体力を消耗する術なので、常に発動させるには水辺の近くにいなければなりません。明日はずっと川沿いを移動することになりますが、よろしいでしょうか」


 山の中で川沿いを歩くのは、天候が悪くなったときに氾濫に巻き込まれたり、野生動物に遭遇する恐れがある。マテリア術により、王女の安全は確保されても、騎士たちは自力で自分の身を守らなければならないのだ。


「構わん。プリムローズ様の安全が第一だ。まず明日の天気次第だな。その、結界とやらに適さない状況ならば、別のルートを模索しよう」


 はい、とビクターは承知した。見上げれば、金剛石を散りばめたような、幾つもの星の瞬きがあった。東のほうに大きな星が3つ、三角形に結ぶと乙女座を囲むように並んでいる。




 アルカネット暦445年5月12日。プリムローズ一行の登山一日目は終了した。


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