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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第三章
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第三章 5月12日 イチノ岳

 

 一行が山の麓に差しかかると、途端に舗装されていた道幅が狭くなり、高い木々が天井のように空を覆った。


 枝の隙間から降り注ぐ木漏れ日で、やっと周囲の輪郭を確認できるほどの薄暗さである。地面は木の根や石などで盛り上がって凹凸があり、馬に乗っていると、ガタガタと振動が激しく伝わってくる。


「慎重に行きましょう」

 (ぶち)青毛(あおげ)の馬に乗るマシューは、薄暗いから愛想を良くしても伝わらないと承知の上で、赤ら顔をくしゃくしゃにして、プリムローズに気さくな笑顔を向けた。


「はい、怪我しないように気を付けます」

 しかし彼女も微笑みかける。泣き言は言わないと心に決めたのだ。スッと息を吸うと、湿った土の濃い匂いがした。


 フィリポが後ろから声をかける。

「この山道をしばらく進むと、だんだんと緩やかな上り坂になっていきます。イチノ岳はそんなに高くないんで、昼頃には山頂に着きますよ」


「山頂で休憩できたら、見晴らしがいいでしょうね。流石、詳しいですね」

 プリムローズが振り向きながら返事すると、エルフの騎士は、いやぁと照れ笑いを浮かべた。


「騎士は野営訓練のため、イチノ岳周辺の地理なら皆、把握しております」

 つんとした表情で、エヴァンが口を挟む。




 しばらくすると、確かにフィリポの言った通り、山道に傾斜ができてきた。プリムローズを乗せたマロンは、のっしのっしと、安定した足取りで進む。王女はマロンに負担のかかる前傾姿勢にならないよう、気を付けた。

 ところが。


「えっ! 道がない……?」

 

 上り坂の途中で、前方数十メートル先が、土砂の山と倒木で塞がれていた。

 一行は立ち止まると、まじまじと目の前の光景を見つめる。


「嘘だろ? ここ最近、土砂崩れが起きるような大雨なんて降らなかったのに……!」

 フィリポは淡褐色の目を丸くして、両耳をピン、と跳ねた。


 ビクターは予想外のアクシデントを目の当たりにし、こめかみから汗をかきながら、眉間に皺を寄せた。


「副団長、迂回しますか」


「……ああ、そうするしかあるまい。この人数では撤去できん」


 マシューは、馬上で両腕を組むように見せかけ、胸のあたりを抑えた。まばらに白い眉が片方だけ一瞬、ひくっと釣り上がる。


「これより他の経路ですと、北西の崖道か、南南西の獣道になりますが、どちらに?」

 エヴァンは当初の予定を狂わされたことに、若干苛立ちながら、急かすように尋ねる。


「まぁ、これだけの土砂崩れがあったのだ。どちらの道も険しいことに変わりないが、地盤が固くて障害物の少ない、より安全なほうを選ぶとしよう。エヴァンは崖道を、フィリポは獣道を偵察してきてくれ。実際に馬から下りて、通行するのに危ないものがないか、周辺を確認してほしい。取り除けるものならやっておいてくれ。時間がかかってもいいぞ」


「了解!」


 副団長が指示を出すと、待つのが苦手でせっかちなエヴァンと、やることが決まっていると安心するフィリポは、さっそく馬で緩い坂道を下りて、それぞれの行き先に向かった。

 

「プリムローズ様、申し訳ありませんが、奴らが戻ってくるまで、しばらく休憩なさってください」

 マシューにそう言われると、プリムローズは、はい、と返事をして、マロンから降りた。何か気になることがあったのか、正面にある土砂の山に近づいた。


 自分の身長以上高く積まれた、山盛りの土砂の一塊を、おもむろに触る。

「おかしいわねぇ、パサパサしていて、湿り気がないわ……。もっと泥みたいだと思ったのに」


 彼女の呟きに、後方にいたビクターは、黒鹿毛の馬から降りると、彼もまた、土砂の質を確かめた。土くれを一掴みし、思い切り握りしめる。握力だけでなく、自然界に通ずるマテリア術の力も込めた。集中力を高めるため、目蓋を閉じる。


「……」

 そしてすぐに目蓋を開くと、納得のいかないように訝しがった。


(マテリア反応が薄い……。近いうちに雨水を吸った土砂なら、もっと水のマテリアを蓄積しているはずなのだが……)


 導き出される結論は、この土砂崩れは大雨で起きたものではなく、別の原因で起きたということである。


(地震か? 否、土砂崩れを起こすほどの地震など滅多にあるもんじゃないし、キャンディスの城下町まで影響していることだろう。ならば……)


 考え込んでいると、後ろから上官に肩を軽く叩かれる。振り返ると、マシューは神妙な面持ちで、ぼそりと一言囁いた。

「後でな」

 王女がこちらの懸念を察して不安がるかもしれないので、今疑問に思っていることは後で報告しろ、という意味だ。

 ビクターは静かに頷く。

  

 プリムローズがマロンから降りたまま、騎士たちの目の届く範囲をうろついたり、道脇の切株に座って、革袋に入った水を飲んでいると、しばらく経って、エヴァンたちが戻ってきた。


 2人は馬から降りて、マシューに報告しに近づく。最初はエヴァンからだ。

「崖道の真下に谷があるので、転落しないよう注意が必要ですが、道は落盤しておらず、馬でも渡れました。慎重に進めば、二人分の道幅があります」


 続いてフィリポだ。困ったように眉をハの字にしている。

「獣道をずっと歩いて、ちょうどここの真上にある裏手の森に着いたら、地面がひび割れて、大きく盛り上がっている箇所があちこちあったんです……。この辺りの地盤が緩んでいる恐れがあります」

 不穏な気配のする知らせに、一同は深刻そうに、顔を顰めた。


 マシューは両腕を組んでしばらく考えると、結論を出し、プリムローズに提案した。

「北西の崖道――でよろしいですか」

 消去法でそれしかなかったのである。

「はい、高いところは平気です!」

 プリムローズがたくましさをアピールしようと、力こぶを作るように両腕を上げた。

 それを見て、エヴァンが少しだけ、フフッとまなじりを緩める。

「……!」

 ビクターがありえないものを見たかのように後ずさるのを、フィリポが「わかる」と呟いて、彼の広い背中をポン、と叩いた。


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