第三章 別れ際
地平線から昇った朝日が、プリムローズの横顔を照らし、彼女の陰影をより際立たせた。ポニーテールに結い上げた、赤みがかった金髪のつむじが熱くなる。
早朝の澄んだ空気を吸いこめば、冷たい水のように胸の奥を張りつめ、跨っている愛馬の手綱を握る手に、ギュッと力が入った。
栗毛の馬マロンは立ち止まったまま、主人の不安を払い落すように、元気よく尻尾をブンブン振り回す。
プリムローズは朝日の当たる、見慣れた石造りの城門を、眩しそうに見上げた。
もう二度と、この城門を通ることはない。
結局、昨晩は旅の支度に手間取って、アイヴィーと仲直りする機会を逃してしまった。またアイヴィーも、カルチェラタン港へ行く準備が必要なため、他の侍女と騎士たちに取り囲まれ、プリムローズに会いに行くのを阻まれてしまっていた。
すぐ後ろには、同じく馬に乗った旅装束の騎士たちがいる。それぞれ緊張感のある険しい表情をしているが、王女は振り向かない。彼らの背後にそびえ立つ内城が見えてしまうからだ。
「……くれぐれも道中、気を付けるのだぞ」
バクストン6世は部下を引き連れ、馬上の娘に声をかけた。その声音は優しく、弛んだ目蓋の奥にある、黄金色の瞳が揺れている。
プリムローズはぎこちなく口角を上げて、頷いた。
「はい。行ってまいります」
少し声が震えた。
マシュー副団長は、ブランドン騎士団長に視線で合図されると、駁青毛の馬に跨りながら、右手を掲げた。
「プリムローズ第一王女殿下の、御出発なり!」
城門付近に待機していた警備兵、ハルナ組以外の騎士団、文官たちは、ほぼ同時に敬礼をし、道の両側に並んで、他国へ向かう王女の去り際を見送った。
先頭をプリムローズ、その斜め後ろをマシュー、さらに後ろをエヴァン、ビクター、フィリポがついていき、縦列に並ぶ。
プリムローズが手綱を強く握り、マロンの前脚が城門から一歩、外へ踏み込んだとき。
「お姉様!」
後方から、蹄の音を響かせて、白馬に乗った少女がやってくる。乗馬が苦手だったはずの、シャーロット王女である。
少女の体格と不釣り合いな背の高い白馬は、なかなかコントロールが効かないのか、手綱を引いて半分べそをかいている。それでも、自分が一人で馬に乗れるところを、姉に見せたかったのだろう。顔を真っ赤にさせて、必死に鞍に跨っていた。
振り返り、その光景を見たプリムローズは、今まで堪えていた感情が溢れるように、飴色の目から涙がこみ上がる。
「シャーロット……!」
妹にはもっと教えてあげたいことがあった。ずっと一緒に遊んであげたかった。だが、プリムローズはもう、アルカネットへ旅立たなくてはならない。
彼女は指で目元に溜まる涙を拭うと、シャーロットへ満面の笑みを浮かべた。
「お姉様、どうかお元気で……」
シャーロットは遠のいていく姉の後ろ姿を、いつまでもいつまでも見送った。
アルカネット暦445年5月12日、プリムローズはスターチス宮殿へ向かうべく、まずは国境にあるハルナ山脈を目指し、4人の騎士を連れ立って、キャンディス城を後にした。
一筋縄ではいかない、厳しく険しい道のりが、彼女の今後を暗示しているかのように待ち伏せている。
これから、プリムローズの本当の冒険が始まる――。




