第三章 出発前夜
その頃、騎士団は、急遽ハルナ山出発日の変更とあって、その準備に追われていた。馬に蹄を装着させて、プリムローズ王女の分も含めた食糧の用意、それにハルナにもカルチェラタンにも行かず、騎士団長と共に城内で待機する予定の騎士たちは、緊急時の対応を打ち合わせしていた。
ビクターとフィリポも例外ではなく、詰所の部屋で荷造りを始めている。
フィリポはタンスや机の引き出しに手をかけ、ナイフ、傷薬、包帯など必要な物を片っ端から皮革の袋に詰め込む。
「ビクター、それもっと厚着したほうがいい。ヒルやヘビがおっかないんだ」
ふと、目の前で私服に着替える、大柄なチームメイトに忠告した。
「ああ、この上から何か羽織る。――そこのゲートルを取ってくれ」
椅子の背もたれに掛かってあった、脛に巻く脚絆をビクターに渡しながら、フィリポはもう一人いるはずの同僚を冷ややかに見下ろした。
「こいつ、余裕だな……」
エヴァンは既に荷造りを終わらせており、いつでも出発できるように私服のまま、枕元に剣を立てかけ、ベッドで掛け布団に包まっていた。ときどき寝返っては、スカーッと寝息を立てている。明朝まで眠るつもりのようだ。
ビクターは苦笑して、上着の上から、たすき掛けの刀帯を、背中から脇の下に通し、肩へ巻いた。
「睡眠は大事だぞ。今はこの図太さを見習うべきかもしれん」
「そうだなぁ。山の中じゃ布団の上で寝るなんてできないもんな。……やっぱり、プリムローズ様をお連れするのかなり大変だと思うよ。馬に乗るの慣れてらっしゃるそうだけどさ」
エルフの騎士は尖った長い両耳を下へ垂らした。故郷の険しい山岳を、訓練されていない女人が越えるのは無理だろうと、ここのところずっとぼやいている。
「そこをお守りするのが私たちの役目だろう」
「あ~責任重大だ……」
エヴァン、ビクター、フィリポ、それにマシュー副団長の4人は、プリムローズのハルナ山からアルカネット帝国へ渡る道中での護衛を任された。
なぜならエヴァンは剣の腕前、ビクターはマテリア術を評価され、フィリポは山の地理に詳しいからである。作戦上、彼らをまとめて「ハルナ組」と呼ぶ。
そこへ、コンコンコン、と軽く扉を叩く音がした。
近くにいたビクターがドアノブを握って開ければ、小柄な少年が目を真っ赤にさせて佇んでいた。
「ユリエル?」
ビクターが尋ねると、ユリエルは恥じらうように口に手を当てて、もじもじと身を捩った。
「あの、エヴァンさん、いる……?」
「グースカ寝てるぞ」
ビクターの陰から、フィリポが顔を覗かせる。
ユリエルは、そっか……と、少し残念そうな、しかし安心したような複雑な表情を浮かべた。そして、軍服のズボンのポケットから、大事そうに、キルト生地の小袋を両手で差し出す。
「エヴァンさんが起きたら、これ、渡してもらえるかな。なかに虫除けのハーブが入ってるの。せっかくの綺麗な肌が蚊に食われないように……」
「いいなぁ~俺の分は?」
フィリポが自分のそばかす顔を指さして、無遠慮に口を挟む。
ビクターは少年の潤んだ瞳から、その心境を察した。
「……直接本人に渡したらいいだろう。待ってろ、今叩き起こすからな」
「ううん、寝かせておいてあげて。それから伝言も頼んでいい? ……どうか気を付けて、頑張ってくださいって……。もちろん二人もね!」
そう言って、ユリエルは染まった頬を隠さんばかりに、髪に結った大きなリボンを揺らしながら踵を返し、パタパタと小走りで廊下を渡り、自分のチームの部屋に帰っていった。
ビクターは託された小袋を、エヴァンの机の上に、そっと置いた。
「あいつも、カルチェラタン組だから忙しいだろうに。夜なべして御守りをこしらえるなんて、殊勝なことだな……」
フィリポは鳥の巣のような頭をポリポリ、と掻いた。
「俺、エヴァンがモテる理由が真面目に分らない……」
「まぁまぁ、微笑ましいじゃないか」
「出た、既婚者の余裕。他人の恋愛に上から目線~」
ビクターはムッとして顔を顰めると、からかうなと窘めるように、同僚の低い鼻先を摘まんだ。「イデデッ」という悲鳴が室内に響く。
当の本人は何も知らず、スカーッ、スカーッと眠り続けていた。




