第三章 我が魂こそ王国の礎
「プリムローズ様。どうしてこちらへ?」
駆け寄るエヴァンに、プリムローズは両手を組みながら、視線を泳がせた。
「ちょっと、何となく……」
エヴァンは彼女の様子がいつもと違うのを察し、今日はこのまま帰るだけなので、と散歩に付き合うことにした。
「この城に居られるのもあと3日……もうじき貴方ともお別れですね」
寂しくなります、とプリムローズは何気なしに言うと、木々の間から覗く青空を見上げた。
後からついてくるエヴァンは、ふっと微笑んだ。
「何を仰います、自分はアルカネットまでお供させて頂くつもりですよ」
「エヴァンもハルナ山へ行くのですか」
王女は驚きながら振り向いた。
「ええ」
ハルナ山かカルチェラタン港、どちらのルートの警護をするのか、騎士たちは既に編成が決まっていた。
「では、アイヴィーが私の代わりに花嫁行列へ向かうこと……知っていました?」
プリムローズは表情を曇らせながら俯いた。
「はい……」
エヴァンは静かに頷いた。アイヴィーが影武者になると聞いたとき、王女は納得しないだろうと予想していたが、どうやら当たったようである。
「お任せください。我々騎士団は、プリムローズ様、そしてアイヴィー嬢を、よからぬ輩に指一本触れさせず、命に代えてもお守りいたします」
するとプリムローズは、ますます困ったように眉を顰めて顔を上げた。
「……どうして貴方たちも、命懸けで王家を守りたいと思えるのですか? とても危ないことだってありますし、怖いでしょう……?」
「確かに、怖くないとは言い切れません」
赤茶髪の騎士は立ち止まって、潤んだ飴色の瞳を見据えた。
「ですが――自分にとって最も恐ろしいのは、祖国ベリロナイトの平和が脅かされることです」
「プリムローズ様、ベリロナイトにおいて王家とは、国家そのものです。王家の方々の存在があってこそ、国民は穏やかな日々を送ることができます。貴女様は民の未来を導く、かけがえのない希望なのですよ」
「私が未来を導く、希望……?」
プリムローズはぽつりと呟くと、ハッと思い出した。秋の晩餐会で、自ら謎の客人に向かって言った言葉を。
『私は霞がかった道を行く、すべての人たちの道標となりましょう』
(私が無事にアルカネットへ嫁がなくては、アイヴィーやエヴァンの――ひいてはベリロナイト王国そのものの安寧が、失われてしまう。王家の人間が守られることを拒むのは、国民を蔑ろにすることと、同じなのね……!)
王女は胸元の前で握った拳に、いっそう力を込めた。
答えはもう、自分の中にあったのだ。
「ありがとう、エヴァン。大事なことに気付かせてくれて……アルカネットへの道中も、よろしくお願いしますね!」
プリムローズが晴れやかな笑顔を向けると、彼も微笑み返した。
(アイヴィーに謝ってこなくちゃ! さっきは一方的にまくし立てて、飛び出してしまったから……)
プリムローズは、駆け足で階段を上った。たとえアイヴィーにとって自分は、巫女の使命を果たすための要素のひとつに過ぎないとしても、彼女への友情の念は変わらないという強い確信が背中を押す。
(私は、支えてくれる人たちのためにも一生懸命、ハルナ山を越えてみせるわ!)
最上階の居館に到着したプリムローズは、侍女たちが血相を変えて慌ただしく廊下を走っていくのを見かけた。医師を呼ばなくては、などの声が聞こえる。
彼女は嫌な予感がして、通りすがりの侍女に、どうしたの、と尋ねた。
「シャーロット様が……!」




