表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第三章
PR
77/532

年表

新章の本編前におおまかですが、年表を補足します。宜しければお時間のあるときにご確認ください。

○約400年以上前(神話時代)


 大昔、一つの大陸では、人々による作物の奪い合いから内乱が絶えなかった。

 戦いで多くの勝利を掴んだ者たちの一族は豪族と呼ばれ、獲得した土地を支配するようになった。


 あるとき、最も有力な豪族の出身であるアダルブレヒトという男が他の豪族を退かせ、

 「我こそ太陽神アテラの神託を受けた、この世全ての統治者なり」と宣言し、

 アダルブレヒト朝アルカネット帝国、誕生。


 これより、アルカネット暦元年となる。



 初代皇帝アダルブレヒトの主な偉業


 ・スターチス宮殿を中心とした放射状の帝都、完成。→中央集権国家の始まり

 

 ・臣下の働きに応じた身分と領地を与え、主従関係を徹底させた。→封建制の始まり


 ・太陽神アテラとその四兄弟を信仰するアテラ教を国教とした。→思想、倫理の統一



 「ミハト大行進」  

 32~109年、荒れ狂う地獄の女神ミハトを討伐すべく、初皇帝アダルブレヒトは霊力の高い100万人を東の果てへ遣わした。険しい道中、戦う前に命を落とす者も多かった。

 

 アダルブレヒトの統治後(元年~38年)、彼の子孫が代々、皇位を継いだ。




○約300年以上前(民族の分化)


 109年 ミハト大行進の使者、壮絶な死闘の末、巫女集団ユイ族が地獄の女神を封印。

    彼女らは人々から崇められ、東の果ての統治者になる。

 

 ユイ族は後世に振りかかる災いを予言し、豊穣の祈願や護国の儀を行った。

東の果ての地は人口10万足らずの小国であったが、難を逃れ、かつての使者たちは荒地を開拓し、細々と生活を営んでいた。→ベリロナイトの前身

                 


★ポイント

 ・アルカネット人とベリロナイト人は同じ民族だった。


 ・アルカネットは国の成り立ちであるアテラ神を信仰しているが、ベリロナイトはミハト神を崇めている。 

 

 


○約200年以上前(ベリロナイト誕生)


 231年 アルカネット帝国に、東の果ての地を一つの国だと認めてほしいユイ族の巫女は、6代皇帝ランドルフ(212~257年)に書簡を送る。

             ↓

 ランドルフ、これを認めず。(当時アルカネットは女性の統治者を認めなかった)

             ↓

 ユイ族の巫女、有力豪族のバクストンを夫に迎え、国王に任命する。

             ↓

 二度目の書簡を以て、アルカネット帝国は東の果ての地をベリロナイト王国という、一国家として正式に認めた。


 バクストンにベリロナイトの統治権を与える代わり、アルカネット暦の導入と毎年に献上品を贈ることを誓わせた。(茶葉や絹織物などの高級品)



 初代ベリロナイト王バクストンは、


 ・政治のあり方をアルカネットから模倣し、臣下(元豪族)に忠誠を誓わせる代わり、爵位と新たな領地を与えた。→封建制社会


 ・ユイ族の巫女たちの力を借りて、政治方針を決める。つながりを深めるために代々、

国王の妻は巫女から選ばれることとなった。


・丘陵地帯に王家の居城キャンディスを築き、扇状の城下町を造る。



★ポイント

 ・ベリロナイトは国王が表向きの政治を執り、巫女集団ユイ族がサポートしている。


 ・アルカネットには独立を認めてもらう代わり、毎年献上品を納めていた。



 

○約100~20年前(乱世の幕開け)


 「第一次カルチェラタン海戦」

 354年 アルカネット帝国8代皇帝マルティン(342~355年)、ベリロナイトにユイ族の奴隷を要求。これをバクストン4世は拒否した。

            ↓

 アルカネット、戦艦でカルチェラタン近海に侵攻。ベリロナイト国軍とカルチェラタン水軍が協力し、戦艦を撃破。

            ↓

 マルティン、敗戦の責任を問われ失脚。

この戦いをきっかけに、ベリロナイトはアルカネットに強い反抗心を持ち、アルカネットも以降、本格的な武力行使に出る。

 


 「カヌヌ事変」

 同暦379年、アルカネット帝国のカヌヌ平原で、原住民である巨人のオーク族が革新派と保守派に分かれて抗争した事件。数日にわたってオーク族の人口の3分の1ほどの犠牲者を出し、革新派が勝利した。


 オークの民衆は、有事の際は15~50歳以下の全ての男性が傭兵になる代わり、二等国民として法的に認められることとなった。→戦闘民族といわれるきっかけ



 この事件の経緯

 ・アルカネットはベリロナイトとの戦いに向けて、強力な軍隊を求め、圧倒的な力を持つオーク族を兵士にさせたかった。

               ↓

 ・「文明化させる代わり、傭兵になってほしい」と交渉すると、オーク族の中で革新派と保守派に分かれた。

               ↓

 ・朝廷は革新派に豊かな生活を提供し、保守派を潰すよう誘導した。

  一方、保守派には嘘の情報を流し、革新派の勢力の強い集落へ逃げるよう促した。

               ↓

・保守派が不利な状況になるよう差し向けた。(朝廷の陰謀)



 383年には、小人のドワーフ族が住むミスリル鉱山諸島 (ホーライ)を占領。

 最高の鉱物ミスリルとその鍛冶技術を持つドワーフらを手中に納めることによって、戦時中の物量の確保をねらう。



★ポイント

 ・アルカネットとベリロナイトの関係は次第に険悪になる。


 ・アルカネットは戦争準備のため、国内の少数民族を表向き「保護」という形で国民化し、物資や兵士を確保した。



 「第二次カルチェラタン海戦」

 413年 アルカネット帝国10代皇帝ナボコフ(380~415)、戦艦4隻を率いてカルチェラタン近海に再び侵攻した。ベリロナイト軍も先の戦いと同じく、カルチェラタン水軍と共戦し迎撃したが、新型兵器である大砲に苦戦し、カルチェラタンから追い返したものの被害は大きかった。→バクストン5世、戦没。



 バクストン5世の死後、ベリロナイトでは女王マーガレットが摂政として即位した。(バクストン6世がまだ13歳だったため)


 女王マーガレットは、夫を失った悲しみで乱心し、アルカネットに宣戦布告する。



 「10年戦争」

 414~424年、アルカネットとベリロナイトの10年に渡る戦争。国境であるハルナ山脈が戦場だった。

両国の戦没者およそ15万人以上に及ぶ、長期的かつ大規模な戦争であった。


 424年 ベリロナイト国王バクストン6世、降伏宣言。アルカネット帝国11代皇帝イグアーツにカルチェラタンを割譲し、終戦する。



○戦後~現在の出来事


 427年 皇帝イグアーツ、遠縁にあたる皇后シルヴィアと婚姻。翌年、ヴォルフガング皇太子誕生。


 429年 バクストン6世、ユイ族からソフィア王妃を迎える。


 430年 ベリロナイト第一王女プリムローズ(本作の主人公)誕生。


 435年 第二王女シャーロット誕生。


 436年 ソフィア王妃、逝去。


 444年 修好条約締結


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ