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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第二章
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後日談5 エリクシール


「何だ、これは……!」


 ひとり、詰所の部屋に戻ってきたエヴァンは、自分のベッドに座り、宰相から渡された書類――軍事裁判の記録書をさっと読み、わなわなと肩を震わせた。



 424年5月12日 ハルナ戦線第二分隊隊長マシュー・サウスポール被告人に、第一分隊隊長ニコラス・レオビカウント殺害容疑の尋問を行った。被告人は容疑を認める。


 これに対し現場を目撃していた第一・第二分隊の下士官である証言者ら20名は「作戦中、ニコラス分隊長がひどい錯乱状態に陥った」、「マシュー分隊長は止めようとしたけれど抵抗されて、やむなしに斬った」、「彼が止めなければ最悪の事態が起きていた」と一様に被告人の減刑を訴えた。


 ……同年5月17日、調査官の調べによると、ハルナ作戦では精神を高揚させる興奮剤『エリクシール』を兵士に支給した事が発覚。当時の副団長ブランドン・ヴァレット(現団長)もこれを認める。ニコラスは『エリクシール』を大量摂取し、錯乱状態に陥ったとされる。


 ……翌日18日、被告人マシューの判断を正当とし、無罪とした。



 つまりエヴァンの父ニコラスは、ハルナ決戦中、興奮剤の服用で錯乱したところをマシューに止められ、ひと悶着の末に斬殺された、というわけである。


(死人に口なしとはよく言ったものよ。何とまぁ、都合のいい話だな……!)


 彼は記録書の内容がほとんど信じられず、まるでニコラスが戦いを前に薬物依存した臆病者のように書かれていることに腹が立った。百歩譲って、記録書が事実に即したものとするなら、マシューは法廷で仲間殺しを認めたようだが、部下たちが庇って、でっち上げの証言をしたのかもしれない。そんな風にも考えていた。


(だいたい、この『エリクシール』とかいう興奮剤は何なのか。頻出するくせに、具体的な効能や成分などが、一切書かれていないではないか! 軍事関連の薬剤ならもう少し解説を付け足すべきだろう。当時の文官は無能か。否、文官以前に……)


 そこでエヴァンは、あることに気付いた。当時の詳細やエリクシールを知っているだろう人物が、ごく身近にいるではないか。


(……ブランドン団長……! あの方なら何かご存知でないだろうか)

 普段、副団長を目の敵にするあまり、エヴァンにとっては盲点だった。

 しかし、彼はすぐに頭を振った。両足を組み、考え込む。

(待て。団長にとっても、戦中の真相は不都合なことかもしれん。直接訊いても煙に巻かれるのは勿論、俺を排除しようとするかもしれないぞ……。そうなれば、ここまで秘密裏に行動してきた努力が無駄になる……)


 謎が新たな謎を呼び、エヴァンはふりだしに戻ったような気さえした。それでも見落とした箇所はないか、読み直そうと、辛抱強く頁をパラパラとめくる。

 すると、背表紙と最後の頁に、畳まれた紙切れが挟まれていたのに気付いた。だが、開いてみても、小さな長方形の紙面は真っ白で何も書かれていなかった。


「……これは!」

 エヴァンは立ち上がり、とっさに自分の机の引き出しから火打石を、フィリポの机の引き出しから、彼が何故だか使いもしないのに普段から集めている、木屑の入った小箱を取り出した。


 火打石で着けた火を木屑に移し、その火に紙切れをかざして炙ると、少しずつ文字が浮かび上がってきた。

(やはり炙り出しだ!)

 宰相クレメンスが仕込んだ密書だろう、とエヴァンは唾を飲みこみ、浮かび上がる文字を読んだ。

(え、り……)

 

『エリクシールを飲むと魔獣になる』



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