第二章 激闘!ケルベロス殺しⅢ
怪物は二つの首に大ダメージを与えられたものの、残りの一つだけが無傷で、まだ俊敏に動いていた。痛みを共有しているらしく、怒りで顔中を皺くちゃにさせている。
「クレイグ!」
ジョージは、以前より遅くなった前足の攻撃をなんとか避け、倒れ込んだ仲間に駆けよった。
クレイグは額に冷や汗を掻きながら小さく呻くと、痛ましく切り裂かれた足首を抑えた。そして強く訴えるように彼を見上げる。
「俺のことは構うな、戦いに集中しろ……!」
「しかし……!」
ここで放っておけば、敵の餌食になるのは明らかであった。
予想は当たり、無傷の首が牙をむいてこちらへ迫ってくる。
殺気を感じたジョージが振り返った頃には、すでに目と鼻の先だった。
だがそこへ横から現れたハンフリーが、束ねた長髪を揺らし、刃を滑らせ一閃のもと、怪物の両目を横一直線に裂いた。
「ブワアアアアアアア!」
痛みに悶える異形の顔は、ビタン、ビタンと地面に何度も自らを叩きつけた。
「美しい友情は結構だが共倒れしては格好がつくまい。時間を稼いでやるから、行け」
ハンフリーが振り向きながら声をかけると、ジョージは頷くと怪我したクレイグの肩を担ぎ、倉庫のほうへ移動し始めた。
すれ違う際、クレイグはか細い声で感謝した。
「すまない……恩に着る」
今度メシでも奢ってくれ、とハンフリーは冗談っぽく返事した。三白眼でじろりと周囲を見渡せば、他にも負傷者がちらほらいた。怪物はだいぶダメージを蓄積しているが、こちらも疲弊しきっている。戦況は決して甘く見ていいものではない。
まだ辛うじて動けるグスタフは、鍛錬場倉庫前を急ごしらえの救護所にして、負傷者たちを誘導していた。
分の悪い戦いにハンフリーは舌打ちすると、怪物の正面で構えるエヴァンの隣に近づき、段取りの打ち合わせをするつもりで話しかけた。
「まともに戦えるのは俺達だけのようだな」
エヴァンは彼を横目でちらりと見ると、不機嫌そうに顔を顰めた。
「……雑魚どもめ」
「いやお前も左手ガッツリ怪我してるじゃねぇか」
エヴァンの袖口から手の甲を伝い、指先へとポタリ、ポタリと血が滴り落ちている。
「……誰にやられたと思っている……!」
ハンフリーには心当たりがあるものの、謝る気は毛頭なかったので、口笛を吹いて誤魔化すと本題に入った。
「どうやら奴ら、痛覚が繋がっているらしい。一体でも倒せば全滅するかもしれん。――俺はこのまま、左の奴を狙うぞ」
ハンフリーは自分が両目を斬りつけた怪物の首へ向かって走りだした。
勝手な奴め、とエヴァンは悪態をつくと、舌を裂かれた中央の首へ剣を振り上げながら走った。
「貴様らの首は俺の物だ!」
一方、門塔にいるフィリポは、目立たないなりに援護射撃をして、敵の動きを妨害していた。しかしここへきて、背負った矢筒に手を伸ばすと、残りの矢が少ないことに気付く。もうここぞというときにしか弓は使えず、慎重にならざるを得なかった。
彼はしばらく怪物の首の動きを観察するうちに、あることを感じ取った。
(さっきから真ん中の首を、左右の首が庇ってる……。こいつら、人間だったときのことを覚えているのか……?)
右が片目を、左は両目を負傷しているにも関わらず、中央に攻撃が来そうになると、音でわかるのか頭をぶつけ合うように前に出ている。
もとの青年たちが、肋骨の折れた仲間を支えていたときの意識が僅かに残っていて、本能的にそう動いているのだろう。
(特に右の奴なんかわざと首を振って、上に乗っているノーマンを盾にしている気がする。これじゃあ狙いづらいよ!)
フィリポが弓を構えながら、踏ん切りのつかないままでいると、当の本人がこちらに向かって大声を上げた。
「フィル! 俺を狙え!」
左手で胸を叩き、仲間に自分を射ろと言う。
それを聞くと、エルフの青年は何を馬鹿げたことを、と首を大きく横に振った。
「何言ってんだ! 矢がもったいない」
しかし、その声は彼に届かなかった。
「俺を、狙えぇぇッ!」
それは血の滲むような、必死な叫びだった。
一向にノーマンの意図が分からないフィリポであったが、その闘志のこもった目つきを見て、これは生半可な覚悟でないぞ、と唾を飲み込んだ。両耳がピン、と上下に揺れる。
(何考えてんのか分からないけど……)
「頼むから食らうなよ!」
そして仲間に的を絞り、弓矢を放った。
ノーマンは飛んでくる一矢に、全神経を集中させた。
目――己を穿たんと迫る、鈍く光った矢尻の軌道。
耳――夜風を切る矢羽のざわめき。
皮膚――研ぎ澄まされた一点の殺気。
それら全ての感覚は、いつものやっとうと変わらない。ただ相手が少し速いだけだ。
彼は奥二重の眼をカッと見開いた。
ガシィッ!
(嘘だろ!)
フィリポはあんぐりと口を開けたまま硬直した。
ノーマンは左手で弓矢を掴みとったのだ。摩擦で掌がジュッと火が点きそうなほど熱くなるのを感じる。すかさずその矢を、跨っている怪物の、もう片方の目にグサッと突き立てた。
三体の頭は、再びブウォオオオオオオオオオと唸り声を上げて悶える。
暴れる左側の首へ、ハンフリーは剣を振り下ろした。
「お前さんの相手は俺だ!」
剣は眉間に当たったが、頑丈で傷一つつかない。
(かってぇな……!)
これには彼も余裕ぶっていられなかった。急所も効かないとなると、どうすれば怪物の息の根を止められるのか。このまま闇雲に剣を振り続けるしかないのだろうか。




