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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第二章
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第二章 激闘!ケルベロス殺しⅡ

 

 こうして騎士団と警備兵の混合部隊は一致団結し、怪物が消耗するまで、振り下ろされる前足の指と爪の間をひたすら攻撃し続けた。真綿で首を絞めるかのようにじわじわとダメージを与える。


(このままだと埒が明かない……後ろ足も攻撃したほうが良いいんじゃないか?)

 騎士の一人がそう思いつくと、すぐさま巨大な犬の臀部側へ回った。しかし、鞭のようにしなる尾が、彼をベシィッと叩きつけ、さらに後ろ足でまとめて蹴り飛ばした。

「グァアアア!」

 蹴飛ばされた騎士は数メートル先にある鍛錬場倉庫の壁に激突した。凄まじいキック力である。

「ヒ、ヒィ!」  

 近くにいた青年貴族たちは慌てふためいた。


 怪物の近くまで来たグスタフはその様子を見て、唾を飲み込むと、太い眉をひそめた。

「……あの尻尾は、なかなかに手強いぞ。奴が伏せたとき、後ろ足から尻を伝ってよじ登るのが一番簡単だと思っていたが……」


「……ケツにあるのは肛門ではなく鬼門であったか……!」


「阿呆」

 隣にいたノーマンの冗談のつもりかわからない発言を一蹴すると、彼は地面にあった石を拾った。


 グスタフは怪物の臀部へ、下から上へ放射線状を描くように石を低めに投げた。

 石は臀部付近に届くと、振り下ろされた尾によって、あっという間に粉砕される。

「……」

 彼はまた石を拾い、今度は高めに投げた。怪物の腰を飛び越え、そのまま緩やかに曲線を描き、藪へガサッと落ちていく。


「グスタフ……」

 ノーマンは彼の行動の意味を察した。


「ああ。やはりあの尻尾の動作は、肛門に接近してきた外敵を追い払うことに限定されているらしい。長く伸びて広範囲にわたり攻撃するなど、特殊な挙動はなさそうだ。身体能力こそ異様に高いが、その機能は普通の動物と変わらんようだな」

 グスタフはそう言いながらうんうん、と頷く。


「しかし行動パターンが読めたところで、尻尾の動きを止めなければどうすることも……」

 ノーマンが困ったように高い背を丸めたとき、内城の方向から、おーい! と朗らかに手を振りながら駆けてくる小さな人影があった。


「グスタフさーん! ノーマンさぁーん!」

 放牧場から戻ってきたユリエルである。臙脂色のリボンで結んだ髪をふわりと揺らした。


「ねぇ、何これ! どうしたの? 近くで見たら本当に怖いんだけど!」

「説明は後だ。丁度いいタイミングで戻ってきたな、協力してくれ」

 溢れる疑問をグスタフに遮られ、ユリエルはう、うんと戸惑いながら承諾した。

 

 グスタフとノーマンは向かい合って腰を落とすと、橋を作るようにお互いの両手を組んだ。そこへ、ユリエルが助走をつけて突進する。

 少年は勢いよく、二人の掌の上に右足を乗せて踏み込んだ。その瞬間、二人は肘をバネのように伸ばし、彼を宙へ放るように一気に持ち上げる。

 身軽なユリエルは宙へ高く跳躍し、風で髪を逆立てながら怪物の背中を見下ろすと、なだらかな斜面のある腰にシュタッと着地した。臀部の位置より高く跳んだので、尾で払い落されることはなかった。


 グスタフはよし、と拳を固く握りしめる。

「尻尾の根元を叩け!」


 怪物の上に乗ったユリエルは、大きく揺れる足場を慎重に歩き、わずかに脈打つ尻尾の根元の前でスモール・ソードを振り上げた。

(これで大人しくなってよね……!)

「エイヤッ」


「ブワアアアアアアア!」

 叩かれた衝撃で、怪物はびくりと動きを止め、威勢よく振っていた尾を縮み上がらせた。

 その隙を狙い、ノーマンは後ろ足めがけてサーベルを構えながら全力疾走した。

「ダァァァァァ……!」

 それでも巨大な猛犬は、後ろ足で蹴り上げようとしたが、グスタフが横から滑り込み、その大木のような足を封じるように剣を振り下ろした。


 ガキィィィィィィン。


「グオッ……!」

 グスタフは一瞬、目を見開いた。刃から伝わる衝撃は全ての内臓を揺さぶり、両肩が吹っ飛ばされそうになる。


「グスタフ!」

 

「俺の肩を、足場にして登れ……お前の身長なら届くだろう……行け!」


 心配するチームメイトに振り向きもせず、グスタフは剣で怪物の足を食い止めたまま堪えた。最初からこのつもりだったのである。作戦が成功するなら自身が踏み台になっても構わないのだ。


「ノーマンさん!」

 見上げれば、ユリエルが怪物の上から振り落とされないように必死で半身を乗り出し、左腕を伸ばしている。


「……ッ!」

 覚悟を決めたノーマンは、グスタフの両肩に足を掛けると、怪物の後ろ足によじ登り、ユリエルに両腕で引き上げられて、腰の上に到着した。


「ボクが引きつけておくから!」

 ユリエルはそう言いだして、怪物の広い背中をひた走ると、勇敢にも怪物の首根っこあたりでスキップした。素早い三体の首の囮になろうというのだ。


 震動に苛立った三つの首が上半身を左右に振りながら、それぞれの角度から彼を噛み千切ろうと大きな牙を剥きだして襲いかかった。

「ほら、こっちだよ」

 ユリエルは三体の顔が届かないギリギリの場所でスキップする。足を滑らせたら一巻の終わりだ。

 

 三つの頭の意識が小柄な騎士に集中するなか、ノーマンは一番動きの速い頭に飛び込んだ。

「ダァッ!」

 着地とともに剣で深く、片眼を突き貫く。


「ブウゥオオオオオオオ!」

 怪物の断末魔が、空気を引き裂かんばかりにビリビリと響き渡る。

 片目を潰された一体の頭部が、閉じられた目蓋の隙間に剣が刺さったまま、ブンブンと大きく暴れはじめた。


「うおお……!」

 ノーマンは、その一体の片目に刺さった剣の柄を手綱のように握りしめ、額の上に跨っている。頭部が暴れると、遠心力で投げ飛ばされそうになるが、両足の太ももに力を入れて、必死に留まった。


 また他の二体もグルルゥ……と、おどろおどろしい唸り声を上げながら悶え、手当たり次第に頭突きしたり、前足をあっちこっちへ振り下ろす。回避しそこねて、鋭い牙や爪で身体を切り裂かれる者が続出した。

「ギャアア!」

「クッ……やられた! 皆、下がれ!」

「ああああ!」


(不規則に暴れているが、動きが鈍くなったな……)

 阿鼻叫喚の最中、怪物の後ろ足を潜り抜け、横っ腹のほうに回ったグスタフは、暴れる三体の頭部を観察した。左手に剣を持ち、右手でうなじのあたりを抑えている。左肩の脱臼と、首が軽い鞭打ちになっているのだ。


「あの三つの首は、痛覚を共有しているのか」

 彼の呟きに、たまたま近くにいたハンフリーが、なるほど、と相槌を打った。


「するってぇと、一つを叩けば、三つ纏めてくたばるってわけか。お得だな」

 ハンフリーは余裕綽々に振る舞っているものの、一つに束ねた黒髪は乱れ、背中は白シャツ越しに汗じみが広がっていた。


 更にグスタフはハッと何かに気付き、思わずうなじに当てていた手を下ろして、前のめりになった。

「……いかん、ユリエル!」


 ユリエルは怪物の、三叉に分かれる前の首根っこにしがみついていた。

「ぐぬぬ……」

 全身を覆う赤黒い体表が鉄のように硬いため、彼の持つスモール・ソードでは何度か試したが貫通させることができず、アンカー代わりにはならない。素手でつかまったままでいるのは体力的に無理があり、指に力が入らなくなって、ずり落ちてしまうのも時間の問題だ。

 

 そして不運なことに、三つの頭が一斉に下を向いてしまったのである。

 バランスを崩したユリエルは、急降下で首から滑り落ち、宙へ放り出された。ガクッと重力を感じ、背筋にぞくりと悪寒が走る。


「うわああああ!」


「ユリエェルッ!」

 頭部に跨っていたノーマンが振り向きざま、左腕を伸ばすが届かなかった。

 

 小柄な少年は空中で胎児のように身体を丸め、膝にうずくまった頭を両腕で抱え込んだ。直後、地面にドササササッ!と転がり落ちる。


「いたたた……」

 擦り傷や打撲で満身創痍だが、奇跡的にもユリエルは生きていた。身軽な彼だからこそとっさに受け身が取れたのだろう。ただし、右腕からほとばしる激痛が、彼の戦線離脱を余儀なくされた。

(たぶん、折れてる……っ!)

 ユリエルは悲鳴を上げるのは騎士なのに情けないと、顔を顰めてぐっと堪えた。右腕を抑えて起き上がろうとしたとき。

 

 巨大な怪物の顔が頬まで裂けた口を大きく開いて、押し迫っていた。

 少年の視界いっぱいに、鋲のようにギザギザした鋭い歯列が現れる。

 遠くで同僚たちの声が聞こえたが、身がすくんで動けなかった。


 だが。


「テヤァーッ!」

 赤茶髪の騎士が颯爽と立ちはだかり、両手でサーベルを振り上げると、怪物の舌を一刀両断した。

 飛び散る血飛沫が雨粒のように、彼の端正な横顔に、ぽつり、と痕を残すのを、ユリエルはじっと見惚れていた。


 舌を斬られた怪物の顔は、呻きながら苦痛にもんどりうって地面に伏せた。これで負傷した頭部は二体目である。


「何をぼさっとしている。貴様はもはや戦力外だ。去ね」

 エヴァンはぶっきらぼうに、横座りしていたユリエルを顎で指した。単に手柄を一人占めしたくて邪魔者を追い払っているだけにすぎないのだが、この少年騎士は、自分のピンチを助けてくれた英雄のように憧憬の念を芽生えさせた。

「あ、ありがとう」

 礼を言われても、エヴァンはただ煩わしげにフン、と鼻を鳴らすのみであった。


 ユリエルが怪物から離れた場所へ移動すると、真っ先にグスタフが自前の手拭いと拾った木の枝を小脇に抱えて駆けよった。

「すまない。私が跳び乗れと言ったばかりに……」

 グスタフは謝ると、団子鼻に皺を寄せて、自らも負傷しているのを顧みず、ユリエルの折れた腕の手当てを始めた。


「ううん。ボクも調子に乗っちゃったとこあるから」

 ユリエルは何でもないよ、と言いながら後ろへ振り向き、怪物に立ち向かうエヴァンの姿を見つめてぽうっと頬を染めた。


(何で今までノーマークだったんだろう! あんなに返り血の似合う格好良い人を……)



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