第二章 激闘!ケルベロス殺しⅠ
絶えず三つの首を動かす巨大な怪物は、ぎらついた6つの金色の目で、双方から襲いかかるエヴァンとノーマンを捉えた。そして鋭い爪のある足を振り上げ、彼らをまとめて薙ぎ払おうとする。ゴォッ、と勢いのある風を切る音を立てた。
ノーマンは予想より素早い怪物の動きに面食らい、間合いを取るように後へジャンプしながら回避した。剣を構えなおし、攻撃の隙を窺う。
一方、エヴァンは大鎌のような4本の爪を恐れることなく躱すと、その振り下ろされた大きな前足にガキィン! と斬りかかった。
「おお!」
城門前にいる警備兵たちは歓声を上げた。
しかし、エヴァンの斬撃を食らっても怪物はびくともしない。
(硬い! 岩のようだ!)
自信家の騎士も目を見開いて驚愕した。この巨大な三つ頭の犬の足は、とてつもなく頑丈であった。
驚いている間に、怪物はもう片方の前脚を振り下ろそうとしている。エヴァンはクッ!と悔しがりながら後退した。
ノーマンは剣を構えながら、先ほどの同僚の攻撃をものともしない怪物を睨みつける。
「あの変な犬、ヤバい」
「見ればわかる」
グスタフは彼の独り言に横から口を挟んだ。すでに腰の鞘からサーベルを抜いて手に携えている。
「あの足だけではなく、全身が硬くて剣が通らない可能性があるな。粘膜ならどうか……」
そう呟くと、後ろへ振り返り、門塔のフィリポへ大声で叫んだ。
「フィル! 奴の口の中を狙ってくれないか!」
「おう!」
フィリポは背中の矢筒から抜き出した矢を弓に番え、弦をキリリ、と張りつめると、怪物の口腔へ向かってヒュン! と放った。だが。
風を切り裂く一本の矢は、標的の舌を穿つ寸前のところを、とっさに別の頭が前に出て魚の小骨のようにベキッと噛み砕いた。
「えっ? うそ!」
弓の腕に覚えのあるフィリポは、両耳を上下に揺らして愕然とした。的は大きく、外すわけがないとタカをくくっていたが、並外れた反射神経の前では自慢の矢も無残に吐き捨てられてしまう。
「ほぉ、弓も効かんとは大したものだな」
ハンフリーは湾曲した刀剣ファルカタを担ぎ、怒り昂る巨大な狂犬を見上げた。
「悠長に言ってる場合かよ!」
「お前も協力しろ! 化け物の攻撃がバンバンこっち来てるんだぞ!」
チームメイトのジョージとクレイグが汗水を流しながら、迫りくる怪物の足を避けるのに悪戦苦闘しているのに対し、彼はあからさまにやる気を失くした態度をとった。
相手が人間ならばいくらでも戦いようがあるだろう。しかし、未知なる怪物を退治しようとなると、報酬に釣り合わないハイリスクを背負わせられるからであった。
「そうは言っても、全く刃が立たぬなら……」
言葉の途中で、赤黒い影が視界の端から急接近したのをハンフリーは見逃さなかった。凶悪なる怪物の爪を、愛刀ファルカタを振り上げて防いだ。キィイイインとぶつかり合う音が鳴り響く。
「この俺に不意打ちを仕掛けるとは良い度胸だなァ……?」
そのまま押し出すように剣の刃を斜めに滑らせると、怪物は前足を引っ込めた。
ハンフリーはこめかみに汗を浮かべながら、ハハ、と笑いを漏らし、チームメイトたちに振り向いた。
「おい、こいつ爪と指の間を叩くと怯むぞ! お前らもやってみろ!」
「そんな器用なことできるか……うわっ!」
ジョージへ怪物の爪が振り下ろされるのを、クレイグが前に出て庇うように剣で防いだ。
「大丈夫か!」
二人は剣で爪を押し出すと、ハンフリーを模倣して爪の生え際へと刃を滑らせた。
怪物はウウ! と唸るとまた前足を引っ込める。
「ナイスプレー!」
ハンフリーは不敵な笑みを浮かべた。
それを横目で見ていたエヴァンは、再び怪物へ突進した。
「テヤァーッ!」
彼らと同じように素早く爪と指の間を攻撃する。
「グウウ……!」
怪物は煩わしげに三つの頭を動かして、後ずさりした。
「よし! あいつらばかりに手柄をとらすな!」
絶体絶命の危機かと思いきや、思わぬ弱点の発見に、他の騎士たちもワアー、と士気を高めて積極的に斬りかかった。
だが怪物もたやすく討たれはせぬ、と三つの顔を彼らに近付けると、大きな口を開け、その牙にかけようとした。
だがその瞬間を、空中より弓矢がヒュンッと横切り、阻まれる。
「やっぱ避けられたか……でも足止めくらいにはなるだろ!」
誰よりも高所にいるフィリポは、遠くから仲間をサポートすることに徹しようと、新たな矢を放った。
しばらく怪物の動きを観察していたグスタフは、あることに気が付く。
「あの怪物の頭、右の奴だけ他より動きが早いな。四つ足の動きを封じて、背中へ飛び乗れないだろうか」
「俺が早い奴の目を潰す……!」
す、と言いかけた時点でノーマンはすでに駆けだした。
「助太刀しよう」
グスタフも彼を追うように、剣を構えながら走る。
総勢30数人以上の警備兵たちも、鞘から剣を抜き、自らを奮い立たせるように大声を張った。
「俺たちも騎士団に続け!」
「オオー!」
そして赤黒い三つ頭の犬へ向かい、砂埃を立てて突進した。




