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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第二章
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第二章 招かれざるものの胎動

 ドクン。


 ドクン。


 心臓を内より、蹴り上げられるような激痛。鼓動以外の轟き。


 晩餐会のホール中央で剣の舞を踊っていた副団長マシューは、突然に胸騒ぎを覚えた。幸い、剣舞も締めくくりにかかっていたので、動揺が観客に伝わることはなかった。最後に剣を高く掲げると、ホールはワアッと拍手喝采に包まれる。

 マシューは国賓席の向こうに控えている騎士団長に、目を合わせた。騎士団長ブランドンは太い眉を寄せた険しい表情で、野性味のある顔立ちを更にいかつくさせている。マシューと同じく何らかの異変を確実に感じ取っていた。声に出さず「行け」と唇だけ動かす。

「それでは、引き続き晩餐をお楽しみください」

 マシューは朗らかな笑みを作り、恭しく一礼すると、まだ熱気の冷めやらぬなか、東口から颯爽と退場した。


 ソファに腰掛けたプリムローズは、老兵の去っていく背中を見送ると、拍手していた手を目元に当てた。

「素敵な剣舞だったわね。瞬きする時間も惜しくて、ずっと見惚れていたら目が乾いちゃった……」

 そう言って隣の侍女に顔を上げると、呆けているのか、考え込んでいるのか複雑な表情をしていた。

「アイヴィー?」

 アイヴィーは、プリムローズの視線が自分に注がれていることにハッと気が付くと、口角を上げて取り繕った。

「え、ええ私も見惚れてしまいました」

 そうよね、凄く迫力があったもの、とプリムローズが目を輝かせながら、再現しているつもりか、身振り手振りしながら語るのを、アイヴィーは相槌を打った。そうして、頭の片隅にあった疑念を消していく。


(あの副団長の方から、一瞬だけ、ほんのわずかに邪気を感じたのだけど……杞憂かしら……)



 ドクン。


 ドクン。


「……フフ」

 国賓席にて、隣に座るイグアーツが微かに笑いを漏らしたのを、バクストン6世は如何された、と尋ねる。

 いやなに、と皇帝は長く蓄えた黒い髭ごしに、礼服の胸元をわずかにさすった。

「思わぬ余興というのは、かくも胸を打たれるものだな」



 自室のベッドですやすやと眠っていたはずのシャーロットが、飴色の瞳をカッと見開いた。傍にいたマドンナが、シャーロット様? と声を掛ける。

 少女は頭を枕に乗せたまま、無機質な真顔でピクリとも動かない。ぽっかりと見開いたままの両目はベッドの天蓋を凝視しているが、遠くにある別のものを映し出しているようであった。

「もうすぐ目覚めるわ」

「ええ。でもシャーロット様は、もうしばらくお休みくださいね」

 マドンナが寝ぼけた子供をあやすように、シャーロットの頬を優しく撫でると、また健やかな寝息を立ててまどろむ。

 老婆は神妙な面持ちで窓の向こうを見やった。


 

 ドクン。


 ドクン。


 城門前で横たわる、義勇十字団員らの遺体から流れ出る血液は、地面にみるみる広がり、血溜まりを作る。3人の血がひとつに混ざり合うとき、沸騰させた湯のようにブクブクと泡が出てきた。

 泡は遺体を包み込むように増していくと、唐突に弾け飛び、元の液体となって、ザァァァとさざめきながら流れた。辺りにむせかえるほどの血の臭いが漂う。


「なっ、何なんだ? 気持ち悪い……」

 警備兵の一人が、その異様な光景に狼狽えた。

 すると再び泡立ち始めた。今度はブヨブヨした赤黒いゼリー状に変化して、3人の遺体を覆うように溢れ出す。盛土のように凝固した血液の塊を目の当たりにして、吐き気を催し、口を抑える者もいた。


 未知の赤黒い塊は、3人分の血液量ではありえないほど膨らみ続け、表面にいくつか突起物がニョキニョキと生え始める。次第に突起物は伸びていき、形作られていく。

 その場にいた者たちはそれぞれ恐れを抱き、ただ化け物の誕生を見送ることしかできなかった。今の段階で攻撃しても、どうなるかがわからないのだ。


 そして赤黒い物体は4、5メートルくらいの高さまで巨大化した。


 ハンフリーは薄笑いを浮かべた顔をひきつらせて、立ち尽くした。

「何だこの怪物……」


 犬のような四つ足は一本一本が大木の幹ほど太く、爪は鎌のように鋭い。鞭の如き長い尾をしならせ、石畳の地面を何度も打つ。

 特筆すべきは三つに分かれた頭部である。どれもイヌ科の容貌だが頬まで裂けた大きな口から剥きだした牙、ぎらついた金色の双眸など、とても人間が手懐けられそうにない禍々しい雰囲気を醸し出していた。

 三つ首の巨大な赤黒い犬は、それぞれ首を動かしながら、グルルォ……と唸り声を上げた。明らかにその場にいる全員を敵視し、威嚇している。

 

 ノーマンはグスタフの「待て!」という声も聞かず、一目散に怪物へ向かって走りだした。それとほぼ同時に、エヴァンも先駆けの功名を我が物にすべく突進する。果敢にも二人の騎士が挟み撃ちにするように、怪物へ斬りかかった。


「……ッダアアアアア……ッ!」

「テヤァーッ!」


 三つ首の犬は二つの頭で双方を捉えると、待ち構えるように鼻柱をしわくちゃにして牙を剥く。

「ボウォオオオオオオオオ!」

 今宵、義勇十字団との最後の戦いは、恐るべき怪物の咆哮で開幕した。


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