第二章 最後の手段
「お前ら……騙したんだな……許さんぞ……!」
義勇十字団の一人が、そんな青年貴族たちを鬼の形相で睨みつけた。怪我の痛みで胸を抑えて膝をついているものの、その鋭き双眸は仲間を殺された怒りにたぎっている。
エヴァンが憎々しげに、彼に向かって剣を振り上げようとしたそのとき。
近くの木陰から「待て」と騎士の一人が現れ、怯える青年たちを庇うように前に出た。眉の太い短髪の青年、グスタフだ。
警備兵だけでなく騎士もいる用意周到さに、義勇十字団員はますます全身をわなわなと打ち震わせた。
「何故、我々を見破った……!」
グスタフは眉間に皺を寄せて、腰の刀帯のあたりに手を当てた。彼から正面の位置に月が昇っているためか、顔の陰影がはっきりとして、いつもより神妙な面持ちに見える。
「……貴様らは城門とは反対の方角にある、裏口へ行こうとしただろう。その道中で、枝や草を盛っただけの、見せかけの藪があったはずだ。あれは我々が仕掛けたものだ。わざわざ城を出てあの藪を掻き分けてまで裏口へ向かうなど、普通の客人ではあるまい」
「なっ……!」
義勇十字団の青年は目を見開いた。気が付けば、背後を十数人以上の緋色の軍服に囲まれていた。エヴァンやハンフリーを含む、晩餐会ホールで東口、西口の警備を任されていた騎士たちである。
グスタフはチームメイトのユリエルに、東口方面の騎士たちへ伝言した後、裏口の外で見張りをするよう頼んだ。城からの脱出というと、城門か裏口の二つしか出口がなく、裏口のほうが組織にとって工作しやすいと踏んだからだ。
そして自身は裏口に続く道の付近に、道の脇にある生け垣や落ち葉、雑草を利用して偽の藪を作った。この藪を突破した者が賊だという証拠を残すためである。その後に、警備兵たちが待機している城門近くの詰所の裏にやってきたのであった。義勇十字団員らは、騎士と警備兵の包囲作戦にまんまと踊らされたわけである。流石に、暴れ馬の出現はグスタフの想定外であったが。
「貴様はもはや抵抗できる身体ではないだろう。捕虜として連行する。大人しく尋問を受けてもらおう」
グスタフは重傷を負った義勇十字団員にそう言い放つと、背後を振り返った。警備兵と共に城門で待ち構えていたノーマンに視線を合わせ、貴族の青年たちを道の端にある鍛錬場倉庫へ連れて行くよう、顎で示した。青年たちは困惑した表情をしつつも、ノーマンに誘導されるとそのまま従った。
義勇十字団の最後の生き残りは、そんなことは構うものか、と恫喝する。捕虜として無様に生き永らえ、死に損ないの汚名を着せられるのは、彼のプライドが許さなかった。
「許せん……皆殺しにしてやる。この城こそが貴様らの墓標だ……!」
震える手で袖から暗殺用の短剣を取り出して、鞘を抜いた。もはやこの四面楚歌という状況で、誰に刃向かうというのだろうか。
「ガフッ……!」
答えは、自らの心臓だった。彼は胸に短剣をズブリ、と深く突き刺すと、そのまま引き抜くことなく仰向けに倒れ込んだ。義勇十字団員の3人は、並んで地面に寝そべるように、こと切れた。
「最後の最後で自害か……ご愁傷さん」
ハンフリーは呆れたような苦笑いを浮かべながら、長い髪を一本結びに束ねた頭を掻いた。
「……」
エヴァンは何も言わず、つかつかと彼らの遺体に近づき腰を下ろすと、自害した青年の胸に刺さった短剣の柄を掴んだ。周囲の騎士はその奇行に戸惑いざわつくばかりであったが、一番手前にいたハンフリーは、彼を冷ややかにたしなめた。
「おいおい、流石にホトケをいじるのは感心せんぞ。騎士道に反する」
しかしエヴァンは一瞥もくれず、短剣の柄を掴む手を離さない。
「本当にこれで終わったと思っているのか、腑抜けども。――こいつの目は、決死の覚悟で挑む戦士のそれであった。いともたやすく自刃して、こんな無様な死にざまを晒す人間が、あんな目をするはずがない。本当にこの心の臓が止まったのか、確かめさせてもらう」
「気狂いかお前」
いかなるそしりを受けようとエヴァンは自身の勘に従い、青年の胸に刺さった短剣を一気に引き抜いた。
その途端、倉庫裏へ行ったはずのノーマンが、鞘から抜いたサーベルを手にして木陰から飛び出してきた。一連の流れを見ていたわけではないのに、エヴァン達を睨みつけ、犬歯を剥き出しにして、凄むようにグウウ……と低い唸り声を上げながら剣を構える。まるで何かおぞましいものの気配を察知した獣のようである。
「どうしたのだ」
近くにいたグスタフはチームメイトの尋常ではない様子に、諌めるのは無理だと判断し、周囲に何かあるのか見回した。足元の影が伸び、背中がやけに温かいと感じて後方を見上げれば、高くそびえる門塔から、眩い光の点滅が何度も何度も「危険信号」を送っている。
(敵、敵ノ襲撃ニ、備エ、警戒? フィル……あいつまで、一体どうしたというのだ!)
「とにかくそっから逃げろ!」
フィリポは下にいる同僚たちへ向かって大声を上げながら、冷や汗をかいた手から龕灯を滑り落さないように、力を込めて握りしめた。義勇十字団員が全員屠られた直後から、尖った両耳の震えが止まらないのだ。
(何なんだ、この気味悪い音は! こんなでけぇ音なのに皆には聞こえないのか?)
今もなお彼の耳にこびりつくのは、咀嚼音にも似た不快な音だった。あえてオノマトペで表すなら、グチャグチャ、ブチュブチュ、ズルズルという、生肉をこねくり回して引きずったような濁った音である。そんな不快音が、義勇十字団員らの遺体のほうから漏れ出している。聴覚の鋭いエルフだから聞きとれるような音なのか、他の騎士や警備兵たちは気付いていなかった。
ふとフィリポは、幼い頃に信心深い祖父母に何度も聞かされた、エルフ族の言い伝えを思い出す。
獣でも、鳥でも、山の生き物を必要なぶん以上獲りすぎてはならねぇ。いのちを粗末にすると、山の神さあが怒って祟られるぞ――と。
ここは故郷のハルナ山ではない。だがフィリポには、止むことのない不快音が、命を落とした者たちが奈落に這いずり、咽び泣く声のように聞こえてきた。そして脳裏に、自分が不意打ちのように射抜いた、義勇十字団の青年の姿が浮かび上がる。
「……腹くくるしかないか」
エルフの騎士はそうひとりごちると、おもむろに門塔の床に龕灯を置き、代わりに弓を拾った。危険信号が伝わったようで、下にいる騎士たちは義勇十字団員らの遺体から距離を取り始めている。




