第二章 包囲作戦
その後、粉薬を飲んだ二人は、破いたシャツを包帯代わりに、拾った木の枝を添え木にして、馬に蹴られた同胞の応急措置を済ませた。しかし彼の怪我は酷く、一刻も早くきちんとした治療を受けなければならない。
二人は負傷した一人を左右で支えるように、横一列に並んで歩いた。
「ングウウッ……!」
中央に挟まれた一人は胸部を固定されていても、歩くたび折れた肋骨に響くのか、苦痛に顔を歪めて唸り声を上げた。
「しっかりしろよ。ほんのしばらくの辛抱だ」
負傷した同胞を励ましながら、義勇十字団員らは石畳のマス目に沿うように、一歩ずつ慎重に歩き続ける。
そこへ遠くのほうから、おーい、おーいと、若い男の声がした。
「おーい!」
顔を上げると、前方から二人の人影が、松明を持つ手を大きく振ってやってきた。彼らの間で死んだと思われていた、青年貴族二人組である。
「君たち。生きていたのか……?」
義勇十字団員たちは、あり得ないものを見るかのように目を丸くした。そして驚きとともに、こんな人間性の薄っぺらな連中が無事なのに何故、高潔なる志を持つ我々のうち一人が重傷を負わねばならないのか、と運命を呪った。
「あ、ああ。何とかね。その……助けに来たのが遅れてすまない、ね」
青年貴族の一人は視線を泳がせながら、しどろもどろに返事をした。肩を借りている怪我人を見て、自分たちだけ助かったのが気まずかったのかもしれない。義勇十字団員たちは彼らの態度を不審に思わなかった。
「いや、別に……君たちのせいじゃないし」
「あー、また暴れ馬が来るかもわからないし、城へ戻るのは危険だ。とりあえず城門を出よう」
「馬車を止めたところに、うちの付き人を控えさせているんだ。ちゃんと手当てしたほうがいい……よ」
ぎこちない青年たちの誘いに、義勇十字団員らは警戒せず頷いた。
「……ああ、ではお言葉に甘えようか」
負傷者がいる状況では、考える時間は残されていない。それに、暴れ馬に襲われた不運な招待客を装って、青年たちと城から出たほうが、周りから怪しまれないだろうと判断したのだ。
ところで、負傷した同胞を支える義勇十字団員らと、城門へ誘導する青年貴族たちを、道の脇の生け垣や茂み、木陰から窺う集団がいた。彼らは暗がりの中で物音ひとつ立てずに、手信号で合図を送り合う。5人の青年たちから、一番近い場所に身を潜んでいる者が振り向きざま、「来い」と手を振ると、皆一斉に移動し始めた。
見張られているとも知らず、義勇十字団らは城門まであと数十メートルほどの地点まで辿りついた。すでにここからでも城門が見えており、真っ直ぐ進めば城から脱出できる。
「こっちだ、あともうちょっとだぞ」
前を歩く青年貴族二人は、ときどき振り向きながら、彼らが後からついてきているのか確認していた。
「分かってるよ……」
義勇十字団員の一人が苛立ちながら呟いた。ここまでの疲労感がたまっているのだ。
「あいつら一度も俺たちを手伝おうとしなかったな。こちとら怪我人がいるのに、どんどん先を歩きやがって……」
もう一人が文句を言って、二人の青年越しに城門を睨んだ。すると、そこに数十人の人だかりがずらりと待ち伏せていることに気付く。武装した警備兵だ。思わず、負傷した同胞を支えながら歩いていた足を止めた。
反対側で支えている一人は、片方が急に立ち止まってふらつきそうになったので、危ないな、と注意しようと横を向いた。
「おい、何し」
次の瞬間、彼の側頭部を鋭い弓矢が飛んできた。ドヒュンッ、と鈍い音を立てて彼の頭を射抜いたそれは、鷹の矢羽を血飛沫に染めた。
弓矢が突き刺さって倒れ込んでいく仲間を、あとの二人は呆然と見つめた。時間の進みが遅くなった錯覚さえして、この恐ろしい光景が夢であればと望んでいたがために、脳が守りに入ったかもしれない。だが、肩を並べ支え合って移動していたときの、人一人の温もりや重みが突如として失われた感覚を、身体のほうが先に理解していた。
「……お、おのれ!」
ハッと覚醒した義勇十字団の一人は、負傷した仲間を支えていたにもかかわらずその手を振り切り、反射的に前方の集団へ飛び出した。
しかし、背後から彼を追いかける者がおり、手にした剣で素早く彼のうなじをズバッと切り裂いた。
「グアァッ!」
背後から斬りつけられた義勇十字団員は、うつ伏せにドサリ、と地面に倒れた。それを横目に、斬った男はフーッと長い溜め息をつき、剣を一振りして刃の血を払い落とす。
その男は赤茶色の髪を掻き上げて汗ばんだ額を露わにし、鼻筋のスッと通った精悍な顔立ちに、棘のある印象を持つ、切れ長の灰色の瞳をしていた。
「えっ……エヴァン……?」
青年貴族の二人組は、目の前の男に驚愕した。
エヴァンは晩餐会にいたときは礼服を着ていたが、今はハンフリーに借りた、若干肩口の窮屈な緋色の軍服を羽織っている。エヴァンが騎士だという事実が、青年貴族たちには信じられなかった。




