第二章 まさかの決闘
青年貴族たちは目を丸くすると、みるみる顔を真っ赤にした。
「ふざけるな! 僕たちほどのやんごとなき人間が、公衆の面前で服を脱ぐわけないだろう……!」
「そうだ、戯言も大概にしろッ! 騎士だからって偉そうに……貴方なんて、何の権限があって」
「服を、脱いでもらおうか」
ノーマンは一歩、彼らにズイッ、と近寄った。もうこれ以上、話の腰を折られたくなかったのである。
「国賊は、身体のどこかに黒い刺青がある。貴殿らにもあるか、確認したい」
青年貴族たちは、ますます怒りを露わにした。
「高貴な僕らはそんな刺青などしない!」
「取り囲んで服を脱がせるなんて、下劣極まりないぞ!」
ベリロナイトでは、身分の高い人々ほど上等な布地やレースをふんだんに使った、裾の長い衣服を好んで着る風習がある。ゆったりとした服を着られるくらい、肉体労働とは疎遠の、優雅な生活を送っているというアピールであり、プライドなのだ。つまり逆に言うと、人前で素肌を晒すのは、とてつもなく屈辱的な行為にあたる。
「うう。俺とて好き好んで、男の裸なぞ見とうないのに……」
ノーマンはすっかり悪者扱いを受けてしまい、居心地が悪くなって、思わず本音を独りごちた。
グスタフに頼まれて、警備兵が保護した招待客たちがネズミでないか、確かめにここまで来たが、なかなか難航してしまっている。初対面の人間に対して口下手になる彼は、なんと言って服を脱いでもらったらいい? とグスタフに人見知りゆえの不安を吐露したが、「そんなもの、普通に脱げと頼むしかあるまい」と、突っぱねられてしまった。
(普通というのが、一番難儀なのだ……)
「とにかく貴方の言うことには従えない! 帰ります!」
青年貴族たちは鼻息を荒げ、大股歩きで、倉庫裏から外に出ようとした。
するとノーマンは瞬く間に、腰の刀帯に下げられたサーベルを鞘から抜き、その鈍く光る刀身を青年貴族たちにかざした。
「ここで服を脱がねば、貴殿らを敵とみなす。もう一度拒めば、斬る。逃げ出せば、斬る。刺青があれば、斬る。……如何する」
「ヒッ……!」
2人の青年は怒りを忘れ、眼前の凶器に顔を真っ青にしながら、身体をガタガタと振るわせた。
「ちょっと待て、いくらなんでも横暴だろう!」
それまで黙って聞いていた義勇十字団員は焦って、ノーマンの脅迫じみた行為に異を唱えた。
「なぜ止める……? ここで疑わしき人物を、みすみす逃してなるものか」
長身の騎士は剣をかざしながら、警備員に扮した義勇十字団員に振り向いた。その見開く双眸は獣の如き殺気立った眼差しだった。
義勇十字団の男は一瞬怯んだが、ぐっと堪えてノーマンに食い下がる。
「人権というものがある!」
「それは国より大事、なのか」
ノーマンは皮肉などの悪意はなく純粋に、心から不思議と思ったように首を傾げた。
しかし、義勇十字団員の感情を煽るには、十分な態度であった。
(これが騎士のやりかたかよ……!)
まさに怒髪天を突くというように、髪が逆立ちそうなほど激しい憤怒を抑えきれず、彼は眉間に深く皺を寄せ、歯を食いしばった。
繰り返すようだが、ベリロナイト騎士団は、国王に反逆する者は誰であろうと一人残らず斬り捨てるのが鉄則である。だが、他人の意思を踏みにじってでも我を通すその生き様が、義勇十字団員にとって、断罪すべき傲慢に見えた。
「もう、わかったよ。脱げばいいんだろ!」
青年貴族たちが目に涙を浮かべながら、ジャケットのボタンに手を掛けようとしたのを、義勇十字団員は左手で制した。そして右手に嵌めていた革の手袋を外し、ノーマンに向かって投げつける。
手袋はノーマンの胸に当たり、パサリ、と地面に落ちた。
何のつもりだ、と未だに剣を下ろさないノーマンが言うと、義勇十字団員は彼を指さして睨みつけた。
「決闘を申し込む。貴殿が勝ったら、青年たちを裸にでも何でもすればいい……。私が勝ったら、青年たちは服を着せたまま、送り届けさせてもらおう」
「なるほど……承知した。俺はまどろっこしいのが苦手なので、剣で解決できるのは助かる……」
ノーマンは目を、三日月の弦のように細めた。
鍛錬場倉庫から、ノーマンと義勇十字団員が城門前の大通りへ出ていくのを、向かいにある詰め所で待機していた警備兵たちは目撃した。
「向こうの奴ら、倉庫裏から出て来たぞ!」
「剣構えてないか?……まさか仲間割れしているのか!」
義勇十字団員は、警備兵として採用されたときに支給された、サーベルの鞘を地面に抜き捨て、柄を両手で握りしめ、じりじりとノーマンとの間合いを詰めた。
対するノーマンは、従来のものより刀身の長い特注のサーベルを構えたまま、岩のように一歩も動かない。
(こいつの手足の長さを鑑みるに、リーチの差を生かした一撃必殺を得意とするだろうな……。ならばこちらは、絶えずスウェイしながらデカブツの動きを封じ、小技を繰り出すとするか!)
義勇十字団員はノーマンのバトルスタイルを読むと、一気に滑り込むように駆けだす。あえて間合いに飛び込み、脇腹に一太刀浴びせようとサーベルを振りかざした。だが瞬時に、ノーマンは彼の喉めがけてサーベルを突く。
「ドゥオッ!」
義勇十字団員はノーマンの攻撃が届く前に、とっさにサーベルでかわし、後退した。肩で息をしながら、先ほど目に焼き付けた光景を脳内で反芻する。
(こいつ、「斬」じゃない。「突」だ……! しかも三段突きしやがった……!)
突き技は、剣で突く、引くのダブルアクションが必要になり、それを一瞬のうちに三度も連発するのは、よほどの手練れといえる。
ノーマンは再び剣を構えたまま一歩も動かず、義勇十字団員からの攻撃を待った。
「よくぞ、かわした。……次はない」
そう言う彼は、青年貴族にタジタジだった弱気な様子と打って変わり、口端を釣り上げて不敵な笑顔を浮かべた。普段は大人しく、内向的なこの騎士も、戦いの場では他の騎士におくれをとらず、いや、むしろ尋常でない血気盛んぶりを見せる。
「クッ……!」
義勇十字団員は、下手に動くとまた高速の三段突きを食らうだろうと、慎重にならざるを得なかった。




