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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第二章
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第二章 警備兵ら青年貴族たちを救出する

 

 鍛錬場倉庫と城門通りを挟んで向かいにある詰め所の裏から、義勇十字団員に焚きつけられて走り出す10数人の警備兵たちを、残り20人の警備兵が察知するまで時間はかからなかった。


 詰め所裏に待機する警備兵たちは、大人しい性格の者が多いのか、指示を無視して飛び出していく向こう側の仲間たちを、ただ見守ることしかできなかった。そして、声を潜めながら動揺を口にする。

「向こう側の奴ら、まだ合図を送ってないのに動きだしたぞ……!」

「馬が暴れているとはいえ、まずいんじゃないのか……」


「否、問題はない」

 彼らの背後から突然、普通の声量で話しかけてくる男がいた。

 緋色の軍服、焦げ茶色の短髪で、太い眉をした団子鼻の青年。


「うおお、びっくりした」

「あんた何でここに……!」

 グスタフは警備兵らの質問に答えず、自分の話を続けた。


「あの暴れ馬を放ったのは馬番だろう。それ以外で晩餐会の最中に、馬小屋に立ち入っても不審に思われない役職はない」


「……」

 きっぱりとした物言いの彼の話を聞きながら、警備兵たちは身内が起こした不祥事に、恥ずかしさと悔しさを滲ませたような、複雑な表情を浮かべた。


「私は今しがた外へ飛び出した警備兵たちの中にも、ネズミが紛れていると踏んでいる。こういった非常事態では、いくら訓練を受けているといっても、貴殿らのように躊躇するのが普通だが、あちらはあまりにも事態の把握からの決断が早すぎる。あらかじめこうなることを知っていなければ、暴れ馬の前に出ようなどと思わん。ここは彼らを観察するべきだ。誰がネズミなのか見極める好機と言えよう」


「そうは言っても……もう何が何だか。もはや誰を信じたらいいかわからんがな」

 警備兵の一人は、どこか寂しげに首を横に振った。団結力を要する仕事柄、信用しきっていた同僚の中に裏切り者がいるという事実は堪えるのだ。


「……貴殿を支持する最も誠実な理解者は、貴殿自身に他ならないのではないか。――何があっても、己だけは絶対に裏切ることはない、と思う」

 饒舌な広い緋色の背中は振り向くこともせず、慰めや励ましにしては遠回しで、不器用な言葉を送った。


 

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

 昂りながら地を駆ける数頭の馬は、止まることを知らないようだ。


 青年貴族の2人は、暴れ馬の群れに追いかけられて必死に逃げているものの、心身の限界に達していた。

「もうおしまいだあああああ!」

 彼らが涙を流し、悲痛な叫びを上げたとき。


 一心不乱に駆ける馬の前に、ヒュンッと眩い光が横切り、地面を転げ落ちた。

炎だ。煌々と燃え盛る松明が投げられたのである。

「ヒヒイイイイイイイイイイイイイン!」


 先頭を走っていた馬は眼前の火に立ちすくみ、後ろから来ていた馬たちと次々衝突した。

 さらにその隙を突くように、馬の頭に向かって幅1メートル程の麻袋が投げ込まれる。先頭の馬は視界を阻む布に悪戦苦闘してもがいた。


「こちらへ!」

 べそをかく青年貴族たちの目と鼻の先で、手を大きく振る警備兵の集団がいた。

「早く!」

 青年らは警備兵たちに向かって、一目散に逃げ走った。

 

「大丈夫か!」

 警備兵たちは2人の青年貴族を保護すると、元の待機場所である鍛錬場倉庫の裏に連れて来て、資材の上に座らせた。

「あ、うあああ……」

 休息により体力を回復させてもなお青年たちは、暴れ馬の精神的ダメージが残っているらしく、血の気のない顔色で、馬が、馬が……と呟きながら、両手で己の肩を抱き小刻みに震えている。セットしたであろう髪の毛が乱れているが、整える素振りもない。


(彼らは同胞なのだろうか……)

 ここで警備兵に扮した義勇十字団の一人が前に出て、彼らに質問をした。

「貴方がたは、城門へ向かうところだったのですか? 他にお連れのかたはいらっしゃるのですか」


「はい。他に……そういえば、彼らはどうしたんだろう?」


「暴れ馬のせいではぐれてしまったな」

 青年たちは互いの疲弊しきった顔を確認するように見合わせると、再び義勇十字団員に向き直った。


「城の回廊から外に出るとき、僕たちと同い年くらいの人たち3人と出会ったんです。会話もそこそこに意気投合し、では城門まで同行しよう、という流れになって」


「そうそう」

 青年貴族2人は、自分たちが晩餐会で刺客を目の当たりにして怯えて逃げたこと、酔っ払って3人に介抱してもらっていたことを伏せた。どんなに精神的に追い込まれていたとしても、自分を良く見せるのに他の追随を許さない性分である。


「3人……その方々はどこへ」


「わかりません。もしかしたら今頃、馬に蹴られて死んでいるかも……」


「気の毒に……。僕たちとはぐれなければ、こうして助けてもらえていたのにな。いやはや残念で仕方ない」


 2人は独善的な本性を隠すように、さも悲痛そうな表情を浮かべて首を横に振ったり、片手で顔を覆いうなだれたりした。本当に彼らのことが心配なら、ここで座ってばかりいないで助けに行っているはずである。


「……」

 義勇十字団員は顎に拳を当てながら、いぶかしげに青年貴族たちを見つめた。直感的に、この2人が同胞でないことを察する。義勇十字団の若者にありがちな、野心が溢れ出したようなぎらついた目つき、精悍な顔立ち、覇気を纏ったいかり肩など、そういう特徴がないのである。むしろ、彼らと途中まで同行していた3人のことが気にかかった。


「とりあえず、お2人だけでも城門を出て、来賓の馬車が止まっているところまで案内しましょう」

 警備兵の一人が、義勇十字団の思考を遮るように、そう言い出した。青年貴族たちは、待ってましたと言わんばかりにすぐさま立ち上がると、それではお願いします、と城門へ向かおうとした。


「おいッ……、お待ちください!」

 義勇十字団員は、思わず2人を引き留めてしまった。まだ同胞の情報を聞き出せていないからだ。


「は? なぜだ。いいだろう帰してあげても」

 別の警備兵が不審そうに、同僚だと思っている義勇十字団員を見つめた。


「その、外はまだ危険かもしれないし、ここでお待ち頂いたほうが」


「馬たちは松明を恐れて、城門とは逆の方へ走っていったぞ」

 倉庫裏から外を見張っていた警備兵が、言い訳めいた義勇十字団員に反論した。これ以上、2人の青年を引き留めるのは、周囲からますます不審がられるだけであろう。義勇十字団員は追及するのを諦めた。


「待たれよ……」

 

 突然、背後から男の声がした。その場にいる全員が振り返ると、緋色の軍服を着た、他の同僚より頭ひとつぶん背の高い、灰色に近い銀髪を角刈りにした青年が、ヒョロっと立っていた。騎士ノーマンである。


(嘘だろ。こんなノッポが近づいてきていたのに、足音や衣擦れの音どころか、気配すらまるでなかった……!)

 暗殺訓練を受けている義勇十字団の男は、ほぼ完全に気配を絶ったノーマンの動きに、これは並みの騎士ではない、と密かに舌を巻いた。


「客人よ。失敬だが……晩餐会の途中で席を離れた貴殿らを、このままお帰しするわけに、いかない。どうか貴殿らが、賊ではない証拠を頂きたく……」

チームメイト以外とはあまり喋るのが得意ではないノーマンの、ボソボソとした話の途中で、青年貴族たちは憤ってカッと目を見開いた。


「本当に失礼ですよ! なんで賊になんて疑われなくちゃいけないんですか!」


「僕ら暴れ馬に追いかけられたんですよ! どちらかといえば被害者でしょう!」


 周りの警備兵は、困惑したように口をつぐみ、ことの成り行きを見守った。

(この騎士……どうするつもりだ?)

 先の動きが読めないノーマンに対し、義勇十字団員も怪しまれないよう黙り込んだ。


 ノーマンはキャン、キャンと噛みつく青年貴族たちに、わずかに戸惑いの表情を見せながら、小型犬を制するように大きな掌を前に出した。

「そう案じずとも、手間は取らせない……グスタフ曰く、賊には必ず身体に特徴が、あると……」

「誰ですか、グスタフって!」


 たびたび話を遮られる長身の騎士は、背を丸め、気まずそうに言った。

「……服を脱いでくれまいか……?」


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