第二章 苦渋の決断
「なにやら騒がしいな…」
騎士の指示により、詰め所の向かいにある、鍛錬場倉庫の裏に隠れていた10数人の警備兵は、どこかで大きな物音がするのを耳にした。内城の方角からこちらへどんどん音が近くなっている。
なにか大きなものが地面を蹴りつけていくような音が、絶えず彼らの鼓膜を震わせた。
「蹄の音?」
隣にいる同僚のつぶやきに、先ほどグスタフに意見していた警備兵はとっさに、あることが頭によぎる。
(撤退するための裏工作じゃないか……!)
彼もまた、警備兵とは仮の姿であり、本当は義勇十字団の一員だ。
義勇十字団の当初の作戦は、中庭を爆発して大勢を混乱させ、その隙に国王ないし王家暗殺。あとは馬番に扮したメンバーが城内へ暴れ馬を放ち、警備兵と騎士団の足止めをし、晩餐会から同胞を逃がす、という段取りだった。
しかし、中庭の陽動も失敗し、まだ国王も暗殺できていない。馬番として城の裏口にいた団員は、そうと知らずに自分たちの仕事を始めてしまったのだ。
(これではかえって、城から出ようとしている者が身動きできないじゃないか!)
同胞の勝手な行動に、警備兵に扮した男は舌打ちでもしたい気分になった。
グスタフの考え出した、包囲作戦なのに、城門前で兵力を一点集中させる布陣をはじめて聞いたとき、彼は正直面食らった。
義勇十字団のゲリラ戦法は少数精鋭で実行するのが基本であるため、大衆に紛れての陽動や暗殺は得意だが、真っ向からの白兵戦は多勢に無勢となり、非常に不利である。同胞が城門へ到着する前に、何らかの合図を送りたい、と兵力の分散を提案したが、あえなく却下されてしまった。
また、グスタフが途中で自分にカマをかけていることを察し、彼はそれ以上反発できなかったというわけである。
更にここへきて、味方のミスによる暴れ馬の投入に、彼は憤りを禁じえなかった。数か月、警備兵としてキャンディス城を下調べしていた苦労が、水の泡となった気さえした。悔しさに拳を強く握り、歯を食いしばる。
(打つ手なしか……! 最悪、作戦が失敗しても、せめて同胞を撤退させたい!)
そのとき、ヘロヘロとした情けない、若い男性の悲鳴がした。
「誰か、助けてくれ!」
「誰かいるみたいだぞ!」
「なんか助けを求めてるんじゃないか?」
物陰に隠れていた警備兵たちはどよめいた。そのうち、誰かが建物の裏から顔をのぞかせると、暗闇ではっきりとはわからないが、男が2人、馬の群れに追われている、と言い始め、ますます騒ぎが大きくなった。
「馬? 何で馬がこんなとこ走ってるんだよ!」
「馬番の奴ら、何やってんだ!」
その中で一人だけ、義勇十字団の男は顔を顰めて俯いた。もしかすると、その馬に襲われている2人は同胞かもしれないが、ここで飛び出して助けに行けば、全員に怪しまれてしまう。このときばかりは、彼は国王より何より己の無力さが憎かった。
「……行こうぜ」
苦渋の選択の末、義勇十字団の男は立ち上がった。彼は思い出したのだ。民衆に身を粉にして働かせて、税金を納めさせておきながら、贅沢している特権階級が許せなくて、反ブルジョア主義、反王政派になったことを。今ここで暴れ馬に追われている者たちを見捨て、保身に走れば、自分が憎んでいる奴らと同じになってしまう、と気持ちを奮い立たせた。
「待てよ。騎士の指示があるまで待機だろ」
隣の同僚が立ち上がった男へ、ぞんざいに手を上下に振り、腰を落とせと促した。そうだ、まずいよ、と周囲の者たちも便乗する。誰も万が一の責任など取りたくなかった。
「だが、ここで馬に追われている人たちを黙って見過ごすわけにはいかない。死人が出たりしたら、それこそ馬の管理責任を怠っていたとして処分されるぞ」
そう言うと義勇十字団員は握りしめていた拳を、軍服の胸元に当て、一人ひとりに目を合わせるように見回した。
「騎士なんて関係あるか。俺たちは何を守る?俺たちは警備兵だ。城の安全を守るのが仕事だ」
彼の話を聞き終え、ばつの悪そうにうつむく者が出るなか、今まで反対していたはずの隣の同僚がおもむろに立ち上がった。
義勇十字団員がぽかんとした表情で、同僚を見つめると、彼は溜息をつき、諦めたように肩をすくめた。
「クビにされたくねぇからな」
そして義勇十字団員の肩を軽く叩く。
「お前、熱いんだよ」
友情の芽生えを見守り、その場にいた警備兵は皆、火が付いたようにワァッと立ち上がった。
テロリストであるはずの義勇十字団員が、警備兵の士気を上げるという奇妙な光景が生まれた。




