第二章 暴れ馬
騎士たちが包囲作戦を始めている一方で、宵闇の中で明かりを持たずに、放牧場の丘から城壁付近へ回り込む、4人の男たちがいいた。フィリポの勘は当たっていたのだ。
「やっと今夜で馬番の仕事からおさらばってわけだ」
「フッ。我々がここ2、3か月警備兵として城内を探っていたのは、まさかゆめにも思うまい」
「たいしたことねぇなぁ、キャンディス城!」
「だが万が一ということがある。油断せずに細心の注意を払い、逃避経路を確保するぞ」
彼らは警備兵の軍服を着ているが、その正体は義勇十字団である。修好条約の晩餐会が開かれる今日この日まで、キャンディス城に潜入していたのだ。長期間にわたる工作だったためか、ようやく実行に移す時機が来たと、彼らの眼は獲物を前にした獣のごとく、異様にぎらついていた。
4人の男たちはまず厩の前に到着すると、火薬の詰まった木の筒につながれた導火線に火を点け、厩の屋根に向かって投げた。
点火した木の筒は屋根の上で、バチバチバチと凄まじい破裂音と共に火花を散らした。いわゆる爆竹である。
厩にいた馬たちは、突然の騒音にパニックを起こし、壁のあちこちを蹄で蹴飛ばしながら、頭を激しく振るい、暴れ始めた。
「ヒヒイイイイイイイイン!」
一人の男がとっさに厩の戸を開け放つと、数頭の馬たちは外へ飛び出し、なんと城壁の裏口へ入ってしまった。蹄の音をけたたましく鳴らし、砂埃を立てながら城の内部へと乱入する暴れ馬たちを見送りながら、男たちは満足げにガッツポーズをし、口笛を吹いた。
「これで見張りの警備兵や騎士なんかは、暴れ馬に襲われるだろう」
「俺たちはこのまま馬番として待機し、同胞たちをどんどん裏口から逃していくぞ!」
「今頃は中庭の陽動も成功しているだろう。国王はすでに暗殺されているんじゃないか?」
「民主主義、万歳!」
しかし、彼らは知らなかった。暗殺計画が最初の陽動からすでに頓挫していたことを。
その頃、他の義勇十字団員はというと、2人の青年貴族らと同行していた3人は、西口回廊から階段を下りて、正面口を突破していた。
「やっと外に出たな。ほらちゃんと立てってば。もう、君らのせいで無駄に時間がかかったよ」
2人の青年たちに両肩を貸していた者は、ふらついている彼らをちゃんと歩くよう軽く揺らして立たせた。
「うい~」
青年貴族たちは千鳥足で、肩を借りている真ん中の義勇十字団員まで転びそうなくらい、あっちこっちへふらついている。
後から来る2人の義勇十字団は、その光景を見て苦笑いした。
「まぁ、彼らのお陰でここまで怪しまれずに来られたのかもしれないな。まるきり酔っ払いの介抱にしか見えないのだもの」
「問題はここからだな……東口へ行った彼女はまだ来てないようだが」
エヴァンと共に東口回廊へ向かった貴婦人は、騎士ハンフリーによって屠られたことを、彼らは未だ気づいていない。
「リーダーの言葉を思い出せ。こういう場合はまず、自分たちの逃避経路を確保するのが優先だ」
そうだな、と2人は会話もそこそこに、近づいてくる大きな音に身体をびくつかせて反応した。ドッドッドッド、という何か重たいものを地面に叩きつけるような音だ。
「……何の音だ」
その場にいた5人は音の方向に振り向くと、暗がりより黒く大きな影の塊が、とんでもないスピードでこちらへ近寄って来るのを見つけた。
人ではない、あの影の群れは――。
「ヒヒイイイイイイイイン!」
蹄を鳴らしていななく暴れ狂う数頭の馬が、猪突猛進の勢いでこちらへ駆けてくるではないか。
「おい、暴れ馬! 暴れ馬!」
5人の青年たちは、ことの経緯もわからぬまま、想定だにしなかったアクシデントに恐れおののきながら、顔面蒼白になり、散り散りになって逃げだした。
馬は繊細な動物で、一度パニック状態になると、なかなか治まることはない。大暴れの最中に蹴り飛ばされたりしたら、人間などたやすく死に至る。
「ああ、なんで、なんで……!」
「嫌だああああああ!」
酔っ払っていた青年貴族たちも、さすがに酔いがさめて、城門へ向かって必死に逃げ出した。義勇十字団の3人とはぐれてしまったが、そんなことを考えている余裕などない。
だが、城門から最短距離とはいえ、真っ直ぐ走っていたのがあだになってしまった。後方から暴れ馬がどんどん距離を縮めてやって来る。興奮しているのか目が血走っていて、ブリュルヒハァンッ! と鼻息を荒くしている。その姿は馴染み深い家畜ではなく、おぞましい異形のようであった。
城門まであと数十メートルといったところだが、このままでは暴れ馬に追い抜かれるのも時間の問題だ。
「誰か、助けてくれ!」
夜空に青年たちの悲鳴が響き渡る。




