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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第二章
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第二章 剣舞


 思いがけない2人の青年貴族との遭遇に、3人の義勇十字団員は戸惑いを露わにしたが、しばらくして、彼らのうち一人が、青年らに話しかけた。


「人殺しとはえらく物騒な話だな。見たところ、君たちはだいぶ酒に酔っているようだけど、それは本当の話なのか」


 青年貴族たちは疑われたことに怒り、声を荒げた。

「嘘なものか! 僕たちは見たんだ、プリムローズ様に向かって、悪漢がナイフを持って走っていくのを!」


「すんでのところを、駆けつけてきた騎士が倒したから良かったものの、近くにいた僕らも巻き込まれていたかもしれなかったんだ。今でも生きた心地がしない!」


 義勇十字団の3人は、ますます疑問を深めた。彼らの言う、ナイフを持った悪漢は義勇十字団のはずだ。恐らく単独で王家暗殺を決行しようとして、失敗したに違いない。だが、青年貴族が同胞ならば、なぜ現場に居合わせておいてその男と協力せず、逃げだしたのだろう。


 青年たちの話に相槌を打ちながら、義勇十字団の一人は、さらに質問を投げかけた。

「ところで君たちは晩餐会で何か飲んだのかい? そんなにふらついていたら、階段を下りるのが危ないな」


 なるほど、合言葉を聞き出そうとしているのか、とあとの二人は感心したように頷く。


「は? 何を飲んだって、20年代の赤ワインだが」

 青年貴族の片方が、あっさりと答えた。

「あの中ではいっとう良い酒だったじゃないか」


(こいつら、質問の意図を汲み取っていない……)

 合言葉を聞き出しても、義勇十字団らは怪訝そうに二人の青年貴族を見つめる。


「な、何だよ」

 非難のごとき棘のある視線に、青年たちはたじろいだ。少し間をおいて、質問し続けていた一人が、口を開く。


「……僕たちも、せっかくだから城内を見物してから帰ろうと思っていたんだが、そんな事態になっていたとは、恐ろしい。それでは、城門前まで同行しよう」

 義勇十字団と貴族の青年たち合わせて5人は、行動を共にすることとなった。


 階段を下りながら、義勇十字団の一人である青年は、先ほど同行することを提案した仲間に、声を潜めて背後からたしなめた。


「おい」


「あんなのが同胞なわけないだろ。ちょうどいい、いざというときの盾にするぞ。藁や板切れよりは幾分か頼もしかろうよ」


 彼は振り向きこそしていないが、にやりと企みのある笑顔をしているのは、相対せずとも明らかであろう。


「おい、ここで吐かないでくれよ!」


 下り階段の踊り場から向こうで、もう一人の仲間の叫び声が聞こえてくる。酔っ払った貴族の青年たちを介抱しているのだろう。

 後からついていく二人は溜息をついた。

「板切れのほうが運ぶのに手間がかからないんじゃないか……」

 

 

 

 東口回廊から晩餐会のホールへ戻ってきたエヴァンたちであったが、到着してすぐ、中央をぐるりと囲むように集まり、しんと静まっている来客たちに面食らった。

 人だかりの合間から顔を覗かせば、観衆の注目の的がわかった。


 マシュー副団長がマンゴーシュを巧みに振るい、剣の舞を披露しているのだ。所作の一つ一つに無駄がなく、いわゆる旅芸人の舞踊のような陽気な華美さとはまた違う、息を吞むような迫力があった。彼が剣をかざして空を突けば、風を切る音が、見る者の胸の奥まで貫いていく。ひたすら眼前の敵を倒すため、長年研鑽してきた老兵の剣術は、幾多の血を流してもなお錆びつくことなく、ストイックな芸術性すら帯びていた。


 およそ若い女性の好むような容貌でない、初老の男性であるにもかかわらず、マシューの剣舞は淑女たちを魅了した。紳士たちもその雄々しさに憧憬の眼差しを注ぐ。時折、静寂の中からほう、と感嘆の声が漏れる。国賓席にいる両陛下もおおむね感心したように眺め、南側にいるプリムローズとアイヴィーも、思わずじっと瞬きせずに見つめていた。


(あの人、左利きなのかしら。普通の剣の舞とステップの進行方向が反対で面白いわ)

 余興に目の肥えた王女は、二刀流のマシューが元来左利きなのを見抜いた。剣の舞は観客に剣をよく見せるため、利き手側に動くことが多いからだ。 

 

「さぁ、副団長が時間を稼いでくださっている間に、残りのネズミを片付けるぞ」

 ハンフリーは小声で、呆気に取られていた隣のエヴァンやチームメイトたちを促し、目配せした。


 そこへ、人混みをするりと潜り抜け、彼らの背後から小柄な人影がやって来る。

「トラ猫さぁ~ん」

 ユリエルである。


(こいつは西口のオカマ……)

 エヴァンは黙って連絡係同士の会話に耳を傾けた。


「三毛猫、準備完了。トラ猫総員、直ちに東口回廊より出て城門で待機せよ……ってことでお願いします」


「城の外か、西口回廊で根絶やしにしなくていいのか?」

 ハンフリーが尋ねると、ユリエルは右頬に手を当てて、小首をかしげた。同時に、大きなリボンで結った髪がふわりと揺れる。


「うーん、グスタフさんが言うにはね、塵取り掃除なんだって」

 それを聞いたハンフリーは皺をよせていた眉間を僅かに緩め、口端を片方だけ釣り上げた。


「なるほど、了解した。トラ猫総員に伝達する」

 ユリエルが再び持ち場へ去った後、ハンフリーはエヴァンへ向き直った。


「聞いたか? お前、勝手に暴走するんじゃねぇぞ」


「誰に指図している」

 エヴァンは不機嫌そうに彼を睨みつけた。

 

 ハンフリーと、ジョージ、クレイグらは東口の騎士たちにユリエルの伝言を報告しに行った。エヴァンは先に城の外へ出て、城門前へ向かうつもりだ。

 いよいよ義勇十字団を迎え撃つ包囲作戦が始まろうとしていた。


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