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プリムローズ・ストーリア  作者: 刈安ほづみ
第二章
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第二章 再び晩餐会のホール


 晩餐会の会場では、エヴァンを義勇十字団員だと嘘の通報をした青年二人が、テーブル席で向かい合い、上等のワインを煽っていた。報復したつもりか、気が大きくなっているのだろう。


「エヴァンの奴、今頃は騎士にお縄になっているんじゃないか」


「それどころか、真っ二つに斬り捨てられているだろうよ」


「ハハ、いい気味だ。実に酒がうまい」



「アイヴィー、貴女なんだか顔色が良くないわ。気分が悪いんじゃない……?」

 南口からホールに戻ってきたプリムローズは、付き添いのアイヴィーの体調が芳しくないことに気が付いた。


「いえ、大丈夫です。お気遣いなく……」

 そう答える彼女の声はか細く、苦痛に耐えるように眉をひそめ、今にも嘔吐しそうな青ざめた顔をしていた。無理をしているのは明らかである。


「少し休んできたら? シャーロットといい、最近涼しくなってきたから体調を崩しやすいのよ」


 プリムローズはアイヴィーの背中をさすった。

「休むわけには……プリムローズ様こそ、ご気分はいかがですが……?」


 ふらつきながら、なおも王女を気遣う侍女に、プリムローズはふくれっ面をする。

「私なんて何ともないわ。貴女は自分のことをもっと労わって」

 

(あれほどの邪気を受けてご無事とは……。よかった、『守り』が効いているのね)

 アイヴィーは充足感に浸り、気分が優れないのにもかかわらず、嬉しそうにアーモンド型の青い目を細めた。

(……なんて、油断しては駄目。私がずっとお傍に控えていなくては)


 プリムローズが晩餐会の途中、城の塔へ行ってしまったとき、アイヴィーは瞬間でユイ族の巫女としての勘が働き、彼女の元へ向かおうとした。しかし、自分の意思に反して、身体が塔へ行こうとするのを拒んだ。両足がたちまち鉛のように重くなり、その場から一歩も動けなくなってしまったのである。

 シャーロットの言うところの、黒いモヤモヤに阻まれてしまったのだ。


アイヴィーは、自分の力では城の塔に発生した謎の邪気を祓えないと痛感し、動けるようになるまで、プリムローズが無事であるか気が気でなかった。


(邪気の気配から察するに、あれはきっと冥府の君ミハト様の眷族……。もうあんな恐ろしいものをプリムローズ様に近寄らせてはいけない……!)

彼女は体調不良を気合で吹き飛ばさんと決意を改め、エプロンドレス越しの胸に手を当てた。

 

 プリムローズ達は、通りすがりの貴族と挨拶を交わしながら、2、3名の騎士が巡回している、南口付近の壁沿いに設置されたソファーへ向かった。


「冷たいお水を持ってくるわね」

 プリムローズが飲み物の用意されたテーブルへ行こうとすると、すぐさまアイヴィーが前に出た。


「それなら私が運んで参ります。プリムローズ様はあちらのソファーに、お掛けになっていてください」


「待って、貴女のぶんを取りに行こうかと……」


 プリムローズはアイヴィーを引き留めようとしたが、彼女はスタスタと早歩きでテーブルのほうへ行ってしまった。追いかけようとしたら、周囲の騎士の視線が一気に集まり、やんわりとした無言の制止がかかる。

 南口方面の騎士らにも、連絡係のユリエルから報告があったが、王家の居館から一番近い重要な場所を任されているため、会場から動くことはできない。したがって、プリムローズがネズミと接近しないよう、なるべく彼らの目の届く範囲にいてほしいのだ。

 

 アイヴィーは来客の合間を縫って、テーブルの上にある、水の入ったガラスのボトルを見つけ、手を伸ばした。すると彼女の手が、近くにいた貴族の青年の腕に当たり、彼の持っていたグラスからワインが零れてしまった。テーブルに絨毯に赤い沁みができる。


 普段の冷静な彼女なら、落ち着いて周囲を確認してから行動できたかもしれない。体調の悪化が集中力を削いだのだろう。それに不運なことに、遭遇した相手も良くなかった。


「チッ、気をつけたまえよ、ヒック」

 エヴァンに嫌がらせをしていた青年の一人だ。すっかり酔っ払っていて、横柄な態度をとっている。


「すみませんでした」


「すみません、じゃないよ。メイドの分際で私の晩酌を邪魔しやがって」


 彼は自分がぞんざいに対応している少女が、第一王女専属の侍女という重役に就いていることなど露知らず、ひたすら軽んじていた。


(アイヴィーが変な人達に絡まれてる……!)

 プリムローズは状況を見るなり、周囲の騎士のほのかな警戒を振りほどき、テーブル席へ向かった。


「あ~あ。せっかく良い気分で飲んでいたのに、台無しだよ。チッ」

 もう一人の青年も悪態をつく。それでもアイヴィーは毅然とした振る舞いで、彼らに対する不快感を隠した。

「新しいものをお注ぎ致します。銘柄は?」


「にじゅーねんらいの……」

 酔っ払った青年はろれつが回っておらず、舌っ足らずな発音だった。


「失礼ですが、もう一度」


 青年は不機嫌になり、カッとなって大声を張り上げた。


「赤ワインだよ、赤!20年代ものの赤!」


 奇しくもその銘柄は、義勇十字団の合言葉と同じであった。


 来客は皆、彼の怒声に驚いたのか、一瞬、場が静まり返る。


「アイヴィー!」

 プリムローズがアイヴィーに駆け寄ろうとしたとき、その後ろから人だかりから飛び出し、血走った眼でナイフを持ちながら突進する男が現れた。


「覚悟ォーッ!」


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