第二章 ほだされるエヴァン
二人は東口回廊の階段を下り、城門近くで解散することにした。もちろん回廊には警備兵が巡回していたが、ひどく酔ってしまった貴婦人と、彼女を介抱しながら城門前の馬車まで送る青年のふりをして、疑われることなく通過した。それどころか、すれ違う警備兵は愛想のいい笑顔を浮かべてエヴァンに目配せしてきた。
回廊の先に階段があり、1階まで下りるとすぐ来賓者用の玄関がある。エヴァンは丈の長いドレスを着た貴婦人にスッと手を差し出した。
「足元にお気を付けて」
「貴方って、おとぎ話のナイトみたい」
貴婦人はくすっと笑いながら、エヴァンの手をとった。
階段を一段ずつ下りるたび、貴婦人はエヴァンに気を許すように、ぽつりぽつりと語り始める。
「私には年の離れた兄がいたの。10年戦争のとき、兄はハルナ戦線に出兵したわ……」
マーガレット王妃政権時代のベリロナイト王国は、国家総動員体制といい、国民が生産した食糧、物資は全て軍備に優先する政策を行った。国民そのものすら例外ではなく、20歳以上50歳未満の男性は徴兵された。
現在、20代から30代前半のベリロナイト人の多くが、10年戦争で父や兄を亡くしている。その世代にとって、自分の身内の話をするとき「出兵」という単語の頻度は高い。
「三流といっても貴族の長男だからか、ハルナ第一分隊軍医少尉っていう大層な肩書きでね。当時の戦況はもうボロボロの敗戦間際で、衛生兵が足りなかったそうだから、民間の医者だった兄も駆り出されたの」
「……」
エヴァンは僅かに、眉間に皺を寄せた。彼の父ニコラスは、まさしく第一分隊の隊長だった。父の死因を明らかにするべく、第一分隊の隊員リストを隅々まで調べていたはずであったが、軍医の存在は盲点だったのだ。
口をつぐむ青年の横顔をふと見上げ、貴婦人は寂しげに微笑んだ。
「お察しの通り、兄は帰らぬ人になったわ。私には、出兵する前の兄の言葉だけが残された。――お前は誰も恨まず、何も憎まず、正しいと信じた道を進んでしたたかに生きてほしい。辛くなったら大事な人の顔を思い出せって……。負け戦だってわかってたのに、これから戦地へ行く自分より妹を心配していたのよ、もう」
そう言いながら俯く彼女の眼は潤んでいた。
「……最近の義勇十字団って雰囲気がおかしいわよね? ピリピリしていて不穏というか、溜め込んだ不満が爆発しそう。私だって、もっと世の中を良くしたくて、アルカネットにへりくだっている国王に代わり新たな民主政権を望んでるけど、なんだか物騒な人が増えた気がする。そういう人たちほど幅を利かせているから、強く反対できないのが悔しいわ」
「珍しい意見ですね。貴女はそもそも、国王暗殺計画に疑問がおありで?」
エヴァンが聞き返すと、貴婦人は潤んだ瞳の奥に芯の強さを感じさせるような、凛とした表情を見せて静かに頷く。
「剣では命は奪えても民衆の心を掴むことはできないわ。私たちはテロじゃなくて政治運動にこそ力を入れるべきなのよ。これ以上、争いで命を落とす人を増やしては駄目」
「ええ、そうですね……私も、同感です」
エヴァンは穏やかで紳士的な態度を崩さなかったものの、心から驚いていた。義勇十字団の内部を探って3か月、武力行使や破壊活動を肯定している者しか見たことがなかったからだ。
副団長への仇討ちが第一だが、祖国の安寧のためにもエヴァンは亡き父の遺志を継ぎ、王家に仕える騎士の道を選んだ。しかし、この貴婦人は兄の遺言を胸に、新たな時代を築こうと義勇十字団に入ったのだ。道は違えたとしても、どちらも散っていった者たちを悼み、平和を望む気持ちに変わりはない。




