第二章 聞き出すエヴァン
一方その頃、エヴァンは東口から義勇十字団の女を連れ出すことに成功していた。といっても貴婦人に扮する女のほうから、この東口回廊を指定したので、どんな思惑が待ち構えているのか、彼女の一挙一動を慎重に見張る必要がある。
「この突き当りを右に曲がって」
貴婦人の案内する通りに、ベルベッドの絨毯の敷かれた大理石の廊下を渡れば、道脇の窓辺に猫足の低い椅子が2脚置かれた、広めの空間に辿り着いた。来賓用の談話室、休憩所のようである。
「城の間取りにお詳しいのですね」
エヴァンがそう声を掛けると、傍らの貴婦人は伏し目がちになって俯いた。
「以前、10周年統治記念の祝賀会にも招待されたから、覚えていたのよ。……さぁ、ここならお互い本音で語り合えるでしょう」
お掛けになって、とエヴァンは貴婦人に着席を促され、二人は向かい合う形で猫足の椅子に座った。
背もたれに浅く座ったまま、貴婦人は真剣な表情で前に乗り出す。
「単刀直入に聞くけど、あなた、私たちの仲間なの……?」
「……」
エヴァンは凍てつく空気を溶かすように、フゥと溜め息を漏らすと、両足を組んで後ろへ流した赤茶色の髪を手櫛で掻き上げる。そして、切れ長の灰色の瞳を光らせた。
「昨夜の襲撃事件をご存知ですかな……」
貴婦人は暗褐色の目を見開き、両肩をわなわな震わせながら、恐れおののく自身を制するように強く下唇を噛みしめた。それほど義勇十字団の中で、昨夜の一件はショックな出来事だったのだろう。
かかったな、とエヴァンは内心ほくそ笑んだ。
「20人以上の義勇十字団員が命を落としたでしょう。あれで急遽、私は今回の作戦の実行メンバーを監視する指令を受けたのです。最悪の事態を防ぐために、と」
彼の言葉に嘘はない。その話し方も理路整然かつ堂々としているので、貴婦人はエヴァンが仲間だという、自分にとって都合のいい真実を当てはめた。まさに溺れる者は藁をも掴むといった心境だ。
「私、本当のことを言うと……作戦を中止するべきだと思うわ……!」
彼女は青ざめた顔をして、今まで堪えていた心情を吐きだした。完全にエヴァンを信用している。
「陽動メンバーの狼煙が上がってなかったの。中庭で何かあったんじゃないかしら。もう城の人間にばれて、彼らは犠牲になったのかもしれない……。このまま決行するのは無謀よ」
貴婦人は膝に置いた手を白くなるほど握りしめながら、首を弱々しく真横に振った。
「しかし、他のメンバーはまだ晩餐会に残っているのでは?」
エヴァンはこのまま仲間だと信じ込ませ、貴婦人から義勇十字団のメンバーの情報を聞き出そうとした。
「ええ、私が見た限り、招待客に紛れて男の子が3人いたわ。他にもいるかもしれないけど」
「会場にいるメンバーの中には、陽動が失敗しても作戦を強行したい者もいるでしょう。国王に近づくチャンスなんて滅多にありませんから」
エヴァンはさらにたたみかける。
「そうね。同胞をあまり悪く言うものではないけど、とても頑固な人もいるから、女の私が説得しても聞いてくれないでしょう……。でも、ここで全滅するよりは何人かでも撤退した方がいいと思うのよ」
貴婦人は頬に掌を当てながら、不安を漏らした唇で、そのまま組織の内情を暴露していく。この時点で、残りの義勇十字団員は少なくとも貴族階級の男3名、不利な状況にも関わらず強行するかもしれない厄介な武闘派がいることが判明した。
「なるほど。では私が会場に残ったメンバーに撤退の合図を送ります。それなら撤退したい者は逃げられる」
エヴァンは彼女をより信用させるために、嘘の提案をした。窮地に陥った人間に救いの手を差し出す詐欺師のテクニックだ。
「その行動は、貴方にとってリスクが高いんじゃない……?」
貴婦人は申し訳なさそうに眉をㇵの字に下げながら、エヴァンを案じた。
「ご心配なく」
エヴァンは颯爽と椅子から立ち上がると、貴婦人の前で跪き、優美な微笑を浮かべてみせた。
「さぁ、最後まで私にエスコートさせて下さい」




