第二章 それぞれの思惑
先程、20年代の赤ワインを飲んでいた青年貴族の3人は、予想外の出来事を目の当たりにし、戸惑いを露わにしていた。
「……彼女、誰と話してるんだ? ハンカチはどうした」
義勇十字団の同胞である女が、窓辺から陽動作戦の成功を合図する本来の役目を果たさず、見知らぬ赤茶髪の男と楽しそうに酒を酌み交わしていたのだ。
「おかしいぞ、どうなっている……ッ」
青年の一人が拳を固く握りしめた。そもそも当初の予定なら、とっくに中庭の陽動作戦が始まっているはずの時間が、大幅に遅れている。このままでは爆発の混乱に乗じ、国王を暗殺することができない。
「待て」
焦る仲間二人を、一人だけ落ち着いている青年が諌めた。そして顎を前へ突き出し、赤茶髪の男――エヴァンを示す。
彼の傍らに注目すると、20年代もののラベルが貼られたボトルと、赤ワインの注がれたグラスがあった。
「あの男も同志だと? ……伏兵、か?」
固く握りしめた拳を緩めながら、焦っていた青年は唾を飲み込んだ。
するとエヴァンは、今まさに、貴婦人を連れ東口へ出ていこうとしているではないか。
「どこへ行くんだ……まさか作戦が変更したのか」
もう一人の青年は思わず呟いて呆然とした。今まで待機していたのは時間の無駄だったのか、と。
格差社会を批判し、平等主義を掲げる義勇十字団だが、作戦を計画するリーダーは確実にいる。ただし現場にはおらず、細やかな判断は実行するメンバーに任せていた。だからこのように計画が滞り、アクシデントが発生したような場合は、個人による臨機応変な行動が認められているのだ。
冷静な青年は仲間の呟きに頷いた。
「その可能性が高い。いずれにせよ、この場からの一時撤退は望ましい。我々も向かおう。――同じ経路を使うのはリスクが高い。ここは彼女らと二手に分かれ、俺達は西口へ行くぞ」
3人はさりげなく周囲の招待客に溶け込み、各自バラバラで西口方面へ向かった。
紺色の礼装を纏う赤茶髪の男が、女を連れて会場を後にするのを、東口方面で警戒に当たっていたトラ猫の騎士3人は見逃さなかった。
「おい、あいつ……」
遠目から東口から出ていく後ろ姿しか確認できなかったが、通報された特徴と一致する。
「あの通報は嘘でなかったのか……やはり俺たちだけでなく、応援を呼ぶべきではないか?」
騎士の一人が、眉間に皺を寄せて苦しげに提案した。手柄欲しさとはいえ、全貌のわからぬ過激派組織相手に、自分たちだけで対峙するのは無謀だということはわかりきっていた。
おまけに他のチームどころか、同じトラ猫のチームメイト全員にすら、不審者の密告があった事実をうちあけていないのだ。3人が持ち場から一気に離れたら怪しまれるリスクがあった。
「敵を前に躊躇する騎士がどこにいる」
チームの連絡係でありながら、今まで不真面目な態度を見せていた騎士は、獲物を捉えた目をぎらつかせた。そして、両腕を後頭部へ回し、耳の高さに括っていた、肩甲骨のあたりまで伸ばした黒髪をきつく結い直す。
「本気かよ――ハンフリー!」
自分の名前を呼んで制止しようとする仲間をよそに、彼はスタスタと早歩きで赤茶髪の男を追う。仲間二人も最初は躊躇いがあったが、もうやけっぱちだと言わんばかりに首を振ったり、溜め息を吐きながらついて行った。




