第二章 ささやかな確執
プリムローズは顔色の悪いシャーロットを連れ、東口側にある国賓席、父王と皇帝のもとへ向かった。二人の王女が国賓席へ行くのは目立ってしまうだろうが、プリムローズは何も言わずに会場から出ていくのは気が引けたのだ。
バクストン6世とイグアーツはテーブルに向かって横一列に並んで座っており、イグアーツの傍にはアルカネットの使者たちが控えている。国賓席の壁沿いにベリロナイト騎士団団長ブランドンとその部下たちが整列している。
強面で立ち並ぶ騎士団の、何人たりとも陛下に指一本触れることは許さん、とばかりの威圧感を背後に感じながら、アルカネットの使者たちは居心地が悪そうに用意された杯をちびちびとすすっていた。一方、談笑している両陛下は酒が進むのか、グラスはたびたび空になり、料理の皿も片付いていく。西口から食事を運ぶ給仕人が何度も往来する。
「両陛下、宴の途中で申し訳ありません」
プリムローズ、シャーロットがバクストン6世たちの前に現れ、恭しく一礼した。どうしたのだ、と国王は尋ねる。
「シャーロットの体調が芳しくありませんので、一度席を外しとうございます」
プリムローズの陰から、シャーロットが不安げな瞳で父王を見つめた。その顔色に血の気はなく、蝋人形のように真っ白だった。このまま長居させるのは無理だと判断したバクストン6世は、特に機嫌も損ねず長女に向き直る。
「うむ、あい分かった。プリムローズはシャーロットを送ったら、早急に戻ってくるのだぞ」
はい、とプリムローズは頷いた。
「場酔いでもされたかな。大事になされよ」
イグアーツは低い声でシャーロットに声を掛けた。労いの言葉に温かみはなく、どこか事務的な物言いだ。
「は、はい。席を外しますことをお許しください……」
シャーロットは悪寒に震えながら、また一礼した。王族と国賓の後ろに控えている騎士団長ブランドンは筋骨隆々の太い右手を上げ、居館へ続く南口方面を警備している騎士らに合図した。王女たちが南口へ移動するまでの警護を命じたのだ。
プリムローズたちが騎士を伴って南口の階段を上っていくのを見守ると、バクストン6世は、イグアーツに娘たちが宴の途中で席を外したのを詫びた。
「いや、イグアーツ陛下。失礼した」
「構わんよ。しかし、驚いた。似ていない姉妹だな。――畑が違うのかと思うたわい」
イグアーツは長く黒い顎ひげを蓄えた口元を、にやりと歪ませた。
それまで和やかだった国賓席の空気は、一変して凍りついた。騎士はおろか、アルカネットの使者ですら手を止めて固まった。バクストン6世が王妃ソフィアを亡くして以来、男児の跡継ぎがいなくても再婚しないほどの愛妻家と知っていての、下卑た発言だ。鷲鼻と同じく鋭い目つきは、明らかに国王を挑発している。
しかし、当のバクストン6世は憤りもせず、むしろハハハ、と声をあげて笑い出した。
「姉は私に似て、妹の方は亡き妻に似ておりますからな。それでも姉妹の仲は良く、やかましいかぎりですが――家族団欒でいられて何より」
国王は表情こそ柔和で朗らかだが、細められた目の奥は笑っていなかった。家族の仲の良さを強調したのは、心身追い詰められ身を投げた皇后シルヴィアを守ることのできなかった皇帝への皮肉である。
「……ふっ」
イグアーツも怒ることなく、嘲りを漏らした含み笑いをした。そのまま嫌味の応酬は何事もなかったかのように流され、バクストン6世は話題を変えていき、飲んでいたワインの産地の話に移った。
(したたかになられましたな、バッカス様……)
背後で両陛下の会話を聞いていたブランドンは、強面のまま内心、国王の少年時代をかつての幼名とともに思い出しながら感慨深さに耽っていた。
(しかし……さっきの不敬な台詞がクレメンスの奴の耳に入っていたら、ヤバかっただろうなぁ)
ブランドンは一気に沸点まで達した腐れ縁の姿が目に浮かび、流れ落ちた冷や汗が太いもみあげを湿らせた。




