第二章 晩餐会の花デューク卿
国王バクストン6世は皇帝イグアーツの接待で席を外せないため、招待客の対応は二人の王女たちの仕事だった。
「プリムローズ様、シャーロット様、ご機嫌麗しゅう」
「この度は修好条約締結の祝宴という素晴らしき晩餐会に、私のような者にも席をご用意していただき、誠に光栄です」
「ぜひ、孫からもご挨拶を……」
「ばんさん会に、ごしょーたいしてくださって、ありがとうございます!」
爵位も年齢も関係なく、貴族の誰もが王女たちに挨拶を試みる。どんな些細なことでも、王家とのつながりを作ろうとしていた。
「私たちも皆さんが来てくださって、本当に感謝しております。ね、シャーロット」
プリムローズは、シャーロットの具合が悪いことを悟られぬよう、自分から進んで挨拶を交わしていた。
「はい。とても嬉しく思います」
シャーロットも姉に続いて答えた。何とか微笑みを絶やさないように持ちこたえている。
「お二方」
そこへ、鼻筋のはっきり通った彫りの深い顔立ちの美男子が、暗めの栗色の髪をなびかせながら、颯爽とやってきた。
「デューク卿」
プリムローズが気づくと、彼はベルベットの衣擦れの音をさせながら、王女二人に向かって恭しく一礼した。
「ジェレミア・デューク、父に代わり、ご招待いただき誠に感謝しております。――シャーロット様にはお初にお目にかかりますね」
ジェレミアはシャーロットの前で跪くと、彼女の小さな右手をとり、その手の甲に軽く接吻した。そのきざな振る舞いに、シャーロットはたちまち赤面してしまい、その場で石像のように固まった。
(あらまぁ……)
傍らで見ていたプリムローズも、自らの赤くなった頬に手を当てていた。
7年前、父の統治が10周年を迎えた祝賀会のときも、ジェレミアは初対面の彼女に同じことをしたのを思い出したのだ。幼少の時分には刺激が強すぎたと、照れ隠しのようにはにかむ。
ふと周囲へ視線を逸らすと、他の招待客らも美男子デューク卿特有の優雅な挨拶にざわついていた。とりわけ貴婦人がたは大いに盛り上がり、羨望の眼差しがシャーロットに降り注ぐ。窓辺の女性などハンカチを口に当てながら、憂いの表情でこちらを見つめていた。
その様子を少し離れた場所からうかがう貴族の中年男性たちは、新たな話題を見つけたや否や世間話に花を咲かせている。
「やはり、デューク公爵がシャーロット様の婚約者として最有力候補だろうな」
第二王女シャーロットが王位を継承するなら、彼女の伴侶は王婿となり、つまり王家の一員となれる。 貴族階級の、特に若い嫡男にとってまたとない好機だ。シャーロット姫はまだ9歳と幼いが、年頃となれば彼女の心を射止めようと、多くの若者が言い寄ってくるだろう。
「当然だろう。家柄良し、跡取りとしての手腕も評価されているし、おまけにあの器量ときている。もはや彼の幸運は、ミハトに愛されているとしか思えないね」
ミハトはベリロナイト神話に伝わる冥府の女神である。ミハトに愛されるという言葉には、佳人薄命の意が含まれている。
「うかうかしていられないぞ。私もご挨拶に参らねば。うちにはシャーロット様と同い年の息子がいるんだ」
彼らもまた、王女たちのもとへ急いだ。
その後ろで、御馳走の並ぶテーブルに3人の若い礼服姿の男性が佇んでいた。3人のうち2人は食器を片手に、食べ物を取りつつ、談笑する。あとの一人が赤ワインの注がれたグラスを口元に持っていくと、談笑していた二人は一瞬だけ笑みを消した。
「――おいおい、もう飲むのか」
「何を頼んだんだい?」
やけに慌てる友人らに尋ねられた男は、口端を歪めてほくそ笑んだ。
「20年代の赤さ……」




