第二章 三叉槍で一騎打ち
一方、ビクターは義勇十字団の残兵と対峙していた。
「お前が、お前が我々の妨害をしたのか……!」
最後の一人となった男はわなわなと怒りに打ち震え、懐に隠し持っていた投擲用ナイフを取り出した。警備兵ではなく、緋色の軍服、騎士がこんな会場の外にいるとは予想外だったのである。
ビクターも彼の殺気に応じるように、槍を構える。そして、霧を発生させるマテリア術、ミスティ・ウォールと、空気中の水マテリアを調整して増水させるホーリィ・ウェイヴを解除した。
戦いにくいという理由もあるが、マテリア術にかかっていた体力を温存するためである。視界を覆う濃霧はあっという間に消え、足元の水は引き、戦場は夜の中庭という元の姿に戻る。
「義勇十字団の刺客よ、陛下の御身を脅かす貴様らを、決して生きては帰さない……!」
「ぬかせぇ、騎士風情がァッ!」
男はナイフをビクターに向かって投げた。その鈍く光る軌道を読み、ビクターはとっさに身を捻ってかわすも、更に男は袖口から素早く新たなナイフを取り出した。先程のものより刃渡りの大きいナイフを逆手持ちに構えながら走り、一気に間合いを詰めた。
「国家の犬めがぁああああ! うおおお殺してやる! 殺してやる! 殺してやるぞ!」
男は口端から涎の泡を吐き散らしながら、狂ったようにナイフを振り回した。
(こいつ、一見、滅茶苦茶なバトルスタイルだが隙がない……! さては特殊な訓練を受けているな!)
ビクターは槍の柄で繰り出されるナイフ攻撃を防御しながら、敵を注意深く観察した。キィン、キィンという剣戟の音を重ねながら、反撃の好機をうかがう。だが男はそんな猶予など一瞬たりとも与えさせず、ズボンのベルトに隠していた3本目のナイフをビクターの頭部めがけて投げつけた。
「ウオッ!」
九死に一生、すんでのところでビクターは首を傾げて避けたが、左頬にかすり傷を負った。軌道の逸れたナイフは、彼の背後の木の幹に刺さる。剃り込みの入ったこめかみから、幾筋の汗が流れ、頬のかすり傷に当たる。汗の入った傷口はさらにズキズキと痛みを増していく。しかし、窮地に立たされながら、この騎士はなぜかある種の恍惚を覚えていた。敵に傷つけられた痛みでさえも、今の彼にとっては心地のいい刺激だ。
(俺は今、自分に騎士道を感じているのか)
主君への忠誠の下、全力を賭して強敵と相対する現状に、ビクターは実にやりがいを感じていた。国家、ひいては故郷を守るという願望と使命が噛みあったとき、こんなにも胸躍るものなのか、と高ぶる気分を抑えられない。たとえそれが、生死を分ける戦いであったとしても。
ビクターは男が決着をつけるのに焦り、間合いをより詰めようとした瞬間を見逃さなかった。彼が片足を上げて踏み出そうとした刹那、後ろ足を三叉の槍先で突いた。
「ィギッ……!」
片足を攻撃された男がバランスを崩すと、容赦なくその胴体を薙ぎ払い、地面に叩きつけた。
「……他の仲間はどこにいる。答えろ」
仰向けに倒れた賊の鎖骨を右足で踏みしめながら、騎士は彼の喉元に槍先を当てる。その声はひどく冷淡だった。
「……なぁ……あんた、こんなくたばりかけの国に忠誠誓って、馬っ鹿じゃねぇの……?」
片足と胴に深手を負った男は、息も絶え絶えになってもなお、命乞いではなく挑発の言葉を放つ。
「俺達のこと……イカれてるってほざく奴らいるけど……俺からしたら、あんたらの方が……」
言葉の途中でゲホッ、と男は喀血した。もはや尋問に耐えられる身体ではない。
ビクターは黒縁眼鏡の奥の眼を凍てつかせた。
「たった一つの信念を貫き通すには、狂人になるしかあるまい」
そして、槍を深く突き刺した。




