第二章 中庭で挟み撃ち
中庭は碁盤の目のように花壇や垣根が配置されており、死角が多く、他人の目を欺くのに適した環境だ。
三方を垣根に囲まれた中庭の隅で、礼服に身を包んだ貴族の男たち3人は、ある者はほくそ笑み、ある者は犬歯を剥きだしにした凶悪な笑みを浮かべ、密談を交わしていた。
「……じゃあ、俺達がこの中庭に火を点けてボヤ騒ぎを起こし、晩餐会の連中を混乱させるんだな」
「ああ。すでに会場内に紛れた同胞が、混乱に乗じて王家の人間を暗殺するという寸法よ」
「ククッ……古臭い専制政治にピリオドを打ってやる」
男の一人がズボンのポケットから、火打ち石と手のひら大の麻袋を取り出した。そのうちの麻袋を他の者たちに見せびらかす。
「これひとつで、中庭などドカン! よ」
その時、彼らの仲間がまた一人、垣根沿いの通路から慌てたように飛び出してきた。
「おい、見張り役の奴がまだ帰ってこないぞ……!」
震えるその声に、一同は僅かに動揺の表情を見せた。
今夜だけ解放された広い中庭は、陽動を仕掛けるには絶好の場所だが、警備兵が必ずいるだろうと踏んだ義勇十字団は、クーデター作戦の実行メンバーのうち、警備兵を偵察する見張り役を用意したのだ。しかし、二人交替で逐一報告しあうはずだったのに、偵察に行った一人が戻ってこない。見つかって始末されたと考えるのが妥当だろう。
「どうする?」
「どうするもねぇ、もう引き返すわけにいくかよ。作戦はもう始まってるんだし、強行するしかねぇだろ!」
「ここでまとまっているより、散り散りになって行動したほうが、いざというとき逃げやすい。急げ!」
男たちは垣根の隅から逃げ出した。すると、一瞬にして深い霧がたちこめた。
「何だこの霧は!」
周りにいるはずの仲間が見えなくなるほどの濃霧だ。
「慌てるな! 地理的に生け垣を壁に見立てて、手をつきながら進めば出口に着くぞ!」
突如としてたちこめた霧の中、義勇十字団の男たちはそれぞれ四方に分かれて行動した。最悪の場合、誰かが城の者に遭遇して捕まったとしても、他のメンバーは逃げ切るという算段だ。だが――。
「ぎゃああああ!」
男たちのうちの一人の断末魔が、視界を遮る霧の中に響いた。
「どうした? 何があった!」
近くにいた仲間の問いかけに応じることなく、沈黙するのみだった。
「……畜生ォ!」
仲間の死を悟り、自暴自棄になった男は走りだした。
(志半ばで死んでたまるか! 俺達は正義を全うするんだ! 王家を暗殺して、誰もが自由で平等な世界を創りあげるんだ……!)
碁盤の目になった通路を走って走って走り抜き、東屋のある開けた空間に出た時、男は足元の水溜まりを踏んで、バシャッと大きな音を立てた。今日は一度たりとも雨が降ったことはないのに。
(え……)
次の瞬間、男は脇腹にグサッと鋭い衝撃を食らった。とっさに激痛の原因を探る。霧の中では輪郭しかわからないが、大柄な男が三叉に分かれた槍で自分を刺し貫いてきたのだ。臓の腑を深く突き、一気に引き抜かれると、おびただしい量の鮮血が地面を汚す。
「かはっ……ぐあああああ!」
三叉槍に貫かれた男は、ドサリ、と前のめりに倒れて息絶えた。
槍の使い手――ビクターは槍をブンッと振り下ろし、槍の穂の血を払う。そして何食わぬ顔で構えなおし、マテリア術の詠唱を始めた。
「満ちよ、生命成る源に。道よ、清明なる御名と共に。海原より幾千の水脈を束ねる大いなる水の支配者よ。我が魂は、一筋の流れに身を委ね、己が定めを辿り、汝の僕とならん。願わくば荒野を潤し、満たし給え……穢れを漱ぐ清らなせせらぎ――ホーリィ・ウェイヴ!」
ビクターが詠唱しながら、地上よりやや高く三叉槍を掲げると、池の水がゴポポ……と泡を立ててあふれ、ザバザバーッとさざ波を立てて縁石の囲いから、みるみる中庭の地面へ流れだした。池から流れる水はついに、脛のあたりまで届くようになった。
(これで霧の中でも敵の立てた水音で居場所がわかるぞ……)
中庭にたちこめる霧も、あるはずのない水溜まりも、ビクターが水のマテリア術で仕掛けたものだった。
(何で急に、地面が水浸しになるんだ! クソ歩きづれぇ!)
義勇十字団の一人がザバザバと水を跳ね上げながら、それでも出口を探して歩き進んだ。城の兵士には確実にばれているだろう。霧で確認できないが、遠くから仲間の悲鳴が聞こえた。
(この霧といい、誰かが仕組んだ罠に違いない。うかつに動けねぇじゃねぇか!)
もはや中庭は霧の迷宮といっても過言ではなかった。浸水のせいで動きにくく、無駄に体力を消耗し、歩く度にバシャバシャと音が出るので、このままでは捕まって殺されるのも時間の問題だ。
ところが、幸運にも男はベンチを発見した。
(しめた! ベンチを足場にして低木に登れるぞ!霧深くて全体は確認できないだろうが、敵が近付いてきたら高所から狙える……!)
男がベンチの背もたれに足を掛けて、身近な木に登ろうとしたその時。
ドヒュッ、と風を切る音と共に、男の背中に激痛が走った。鷹の矢羽の弓矢が突き刺さっている。
「いぎゃああああ!」
立っていられないほどの痛みに、男はベンチから転げ落ち、ザブンッと水飛沫を立てて倒れ込んだ。
男から6時の方向30メートル先に、シオンの花畑から身を屈めて弓を構える者が居た。
「……ごめんな。ここからだと丸見えなんだわ」
フィリポである。長い耳を動かして、周囲の音を聞きとった。地面を浸す水が靴に沁み込んで気持ち悪いが、より足音を探りやすくなった。彼はこれで、すでに義勇十字団の2人を屠っている。
(あと一人いるな……ビクターのほうに近いか?)




