第二章 敵の発見
「ハァ?」
突然のフィリポの暴露に、ビクターは思わず目を見開いて聞き返した。
「なんでちょっとキレてんの? こっちがビビるんだけど……」
フィリポは戸惑いを紛らわすように、鼻の頭を人差し指で掻くと、しばらくして合点がいったようにひとり頷いた。
「……ああ、エルフ族ってよそだと若く見えるらしいな? ギルドで職探しするとき年齢を誤魔化してるんじゃないかってさんざん疑われたもん」
「若く見えるというか、童顔にも程があるだろう……!」
消え入りそうな声でそう呟くと、ビクターはその場で膝を屈めて、がっくりとうなだれた。フィリポのことを自身よりずっと年下だと勘違いしていたので、兄貴分のような気持ちで接していた。それどころか、あいつも成長したらこんな感じだろうかな、と、なかなか会えない我が子と重ねることもあった。今まで年上の中年男を可愛がっていたという、衝撃の事実を受け入れることができない。
「……ショックが膝に来た……」
「膝に? どんだけ衝撃受けてんだよ」
父性本能から沸き立つ、庇護欲のやり場にされていた三十路を越える男は、困惑する他なかった。フィリポの集落は過疎化の一途をたどるが、本来エルフは長寿かつ老化しにくい民族なので、あまり実年齢を意識せず、体力が衰えるまで狩猟生活を営むのが常であった。だから、年功序列による上下関係がコミュニケーションの基盤にある、水夫の考え方が理解できないのだ。
ビクターはいじけながら持っている槍の石突で、地面をほじり始めた。
「正直、エヴァンより8つか9つ年下だと思っていた。怖い……」
「怖がんな! いくらなんでも10代はないだろ――って、そういえばエヴァンの奴、遅いよな。何やってるんだろう」
3人目のチームメイトは、持ち場を離れてもう数十分になる。フィリポは怪訝そうな表情で辺りをきょろきょろ見回した。尖った長い両耳が、周囲の音を拾うたびにピョン、ピョンと何度も上下に揺れる。
「……トイレにでも行ってるんじゃないか。腹でも壊したんだろう」
よっこらしょ、とビクターは立ち上がりざまに冗談を言った。
「あー、きっとヘソ曲がり過ぎて胃腸もよじれちまったんだ」
フィリポもその冗談に乗りながら、さりげなく左手を腰に当て、刀帯に下げられたサーベルの柄を確かめた。
「はっはっは……それは大変だな――ッセェイ!」
突然、ビクターは鞘に納められたままの槍の穂を、背後の生け垣に勢いをつけて突き貫いた。
「ヴゥオッ……!」
手応えあり。数本の小枝がガササッと折れる音ともに、男の低い唸り声がした。
フィリポは素早く剣を抜き、生け垣の裏へ回り込む。しかし、自分たちの背後に潜んでいた男は急所を突かれたのか、すでにうつ伏せの状態で地面に倒れていた。意識を手放していても、右手で鋭く研がれた短剣を握りしめている。
それより、特筆すべき点があった。彼の着ている礼服の詰襟から覗く、首筋の黒い刺青である。国辱というべき、百合の花に剣を突き立てた、暴力の象徴。
「やっぱエヴァンの言った通り、招待客の中にも義勇十字団がいるのかよ……! すっげぇヤバいじゃん」
エルフの騎士は剣を手にしたまま凍り付いた。城内に過激派テロ組織が侵入しているという、恐ろしい事態に直面してしまったのだ。後ろからビクターが追いつく。
「まさか反ブルジョア主義の集団に貴族が混ざっているとはな……。まぁ、ともかく」
ビクターは声を潜めた。池の水音を聞き入っていたときの穏やかな表情は消えている。
「あと何人いる」
フィリポも神妙な顔つきになって、小声で返事した。
「4、5人……声とか靴音からして全員、男。垣根挟んで9時の方向、だいたい2、30メートル先にいる。幸いこっちには気付いてなさそう」
二人の騎士は、中庭に何者かが入ってきたことに勘付いていながら、あえて知らないふりをしていた。相手を油断させるためである。そして殺気を感じた時点で攻撃に出たのだ。
晩餐会もまだ開幕していないだろう時間に、王家の挨拶の言葉を聞かずに外へ出る客人など、あまりにも礼儀を欠いている。すなわち招かれざる客、ということだろう。
「二手に分かれて挟み撃ちにするか」
ビクターの提案に、フィリポは首を縦に振った。




