第二章 中庭を警備するビクターとフィリポ
ホールから北側に位置する中庭は、垣根越しに涼やかな秋風が吹き抜け、暗がりに咲く薄紫のシオンの花をさやさやと揺らした。
その花の上を、真っ黒な一匹のクロアゲハが、ぱたぱたとあてもなく飛んでいく。どこへでも飛べるように見えて、どこかに止まりたがっているようでもあった。足元に咲く花の蜜は、さぞかし甘いだろうに。
夜の中庭でただ唯一の明かりは、八角柱に建てられた白亜の東屋にある、天井に吊るされたランプだけである。東屋より数歩離れた石畳の道に、二人の男の影が映し出された。
そのうち一人の影は耳がやたらに長く、尖っている。
「……晩餐会もう始まってんのかな」
フィリポは両腕を上げ、大きく伸びをした。
「これからではないか」
傍らのビクターも任務中でありながら私語を慎まなかった。自分たち以外にまだ誰も来ていない場所を、どう警戒すればいいのだ、とでも言わんばかりに真面目な彼にしては珍しく気が緩んでいた。
しかし、鞘に納められた三叉槍は、しっかりと右手で持ちながら肩に担いでいる。フィリポも矢筒と弓を背負い、腰にサーベルを下げている。
あーあ、とフィリポは退屈そうに、両腕を頭の後ろに回した。
「美味そうなご馳走がたくさん出るんだろうなぁ。腹減ってきた」
「会場内に配置された奴らだって、別に食えるわけじゃないぞ。……私は、皇帝陛下の鷲鼻がどれほど高いものか拝んでやりかったな」
「……」
同僚のさりげない言葉に滲み出る、故郷を蹂躙された積年の悔しさを、フィリポは静かに汲み取った。両腕を解き、墨を流したような夜空を見上げると、黒い蝶が宙を飛んでいるのが見えた。エルフは夜目が利くので、暗がりでも視覚に支障はない。目を凝らせば、曇りの夜だって星屑の瞬きが見えるほどだ。
「……なんかさぁ、時代が変わったって感じだよな。アルカネットの皇帝がベリロナイトに来るなんて、俺らが子供の頃はありえなかったよ」
「戦争が終わったからな」
ビクターはぽつりと返事しながら、背後にある池の水音に耳を澄ませた。鯉が泳ぐたび水面は小さな波紋を描く。港町で生まれ育った彼にとって、海などの水辺ひいては水のマテリアに属するものは、すべて思い出のよすがとなり、心を落ち着かせるのだ。そして感傷に浸らせる。
一方、フィリポは常人の目には見えない、微かな星々を捉えながら、独り言のように話し始めた。
「十年戦争かぁ。赤ん坊だった頃に始まって……10、いや11歳くらいのときパタッと終わったっけ。侵攻中のアルカネット軍がハルナ山の獣や植物を捕りまくって、エルフ族の食糧がなくなっちゃって、俺も一度飢え死にしかけたことあるらしい。物心つく前だからあんま覚えてないけど」
エヴァンやビクターほどではないが、フィリポも己の出自への誇りや、郷土愛は確かに胸の内にある。そうならば、それらを傷つけた敵国に対して、耐え難い憎しみを持っているかと問われると、ハイと言いきれない。嫌な目に遭わされたはずなのに、なぜか負の感情はぼんやりしていてはっきりしない。淡泊というより薄情な性分なのだろうか。彼自身には自覚があるぶん、心の薄っぺらさがもどかしかった。
ふと、同僚の話をほぼ聞き流し、物思いに耽っていたビクターが、頭によぎった違和感を口にした。
「……待て。終戦の時に11歳? 私が当時9歳だったんだぞ」
「え。だって俺、今年で31だけど」




