第二章 晩餐会の幕開け
招待された貴族たちがホールに集うなか、東口の扉から文官がぞろぞろとやってきて、会場の中央を横断する、国賓席へ続く赤い絨毯の道を踏まぬよう勧告した。実際、そのような無礼な行いをする者は、最初からこの場にいる資格を与えられてはいないだろうが。
それまでざわついていた招待客はしんと静まり、ホールは厳粛な空気に包まれた。文官のひとりが周囲を見渡し、頃合いを計ると咳払いをする。
「これより第一王女プリムローズ様、第二王女シャーロット様のご到着にございます」
文官の高らかな一声を合図に、皆が一斉に階段の先にある南口の扉に注目した。豪奢な両開きの扉を、ふたりの警備兵が恭しく開け放った。
扉から出てきたのは、装い華やかな赤みがかった金髪の姉妹。見上げる臣下たちへ微笑みを送り、階段の踊り場でしずしずと一礼した。そのまま淑やかな足取りで、僅かな衣擦れの音をさせながら、階段を一段ずつ下りていく。
(ドレスの裾を踏んで転びそう。スカートをたくしあげたら……やっぱり駄目よね……)
(なんて要らない階段なの……! 私が女王になった暁には取り壊さなきゃ)
プリムローズたちは階段を下りるとき、微笑を絶やしはしないが表情が若干強張っていた。まるで湖の白鳥のように優雅でありながら、水面下では必死にもがいていたのだ。
階段を下りきると、二人は国賓のための赤絨毯の道の前に横に並んで立ちどまる。
「アルカネット帝国イグアーツ皇帝陛下、我らが国王バクストン6世陛下のご到着にございます!」
沈黙の最中、東口の扉からイグアーツ、次いでバクストン6世が登場する。それぞれ藍色と金色の衣を身に纏う二人は、月のない夜空と眩き太陽のように対照的だった。
彼らの数十歩後ろから、調印式のためのアルカネット訪問に同行したベリロナイト騎士たちが、軍服姿に帯刀したまま、列をなして一糸乱れず行進する。先頭を行くのは騎士団長ブランドンである。がっしりとした体格と、剛毛というべき焦げ茶の太い眉ともみあげ、それに髭の毛深さは、大きな熊を彷彿とさせる。
両陛下は赤絨毯の道を渡り、国賓用の長卓の前で立ち止まった。
イグアーツの前に二人の姫君が静かに近付く。
「お初に御目にかかります、皇帝陛下。我が国の来訪を心より感謝しております。私はプリムローズ・リリィ・ベリロナイト。そして妹のシャーロット・マリィ・ベリロナイトにございます。――ささやかな宴ですが、ごゆるりとお楽しみください」
プリムローズは慣れた仕草で深々と一礼した。挨拶の言葉を練習した甲斐があった。
「……こちらこそ、手厚い歓迎を感謝する」
対するイグアーツは感謝の言葉を発しながら、その鷲鼻の先でつつくように、彼女たちを見下ろした。暗き瞳は思わず目をそらしたくなるような、底知れぬ威圧感がある。プリムローズたちが王国の王女といっても、皇帝の地位を得た人間にとってはただの小娘に過ぎないのだろうか。
「……ッ!」
プリムローズはふと、隣に立つシャーロットが青ざめた顔で小刻みに震えているのに気付いた。姉の次に挨拶の言葉を贈るはずだったが、声を発することすらできないらしい。
(シャーロット? どうしたの)
尋常でない妹の様子にプリムローズは戸惑いと違和感を抱いた。マドンナにより体調が万全でないことは知っていた。しかし、彼女は体調不良による悪寒で身震いしているのではなさそうだ。
(……怯えてる……)
直感で、プリムローズはそう察した。かつての敵国の皇帝を前に委縮しきっているのか、無言のまま凍りついたシャーロットをフォローすべく、彼女はとっさに皇帝に話を振った。
「あ、シャーロットは……皇帝陛下の威厳に満ちたお姿に、感動のあまり言葉が出ないそうですわ!」
「……は、はい。陛下のご来訪を誠に感謝しております……」
顔面蒼白となったシャーロットは、それでも姉の話に合わせるように頷き、深々と一礼した。
「ほう。奥ゆかしい姫君たちであるな」
イグアーツはやはり感情の乏しい表情で、プリムローズとシャーロットをまじまじと交互に見つめた。
(何とか、皇帝陛下のご機嫌を損ねずにすんだみたい)
プリムローズは、その場の雰囲気を壊さなかったことに安堵した。その一方で、シャーロットを案じた。幼き妹は身震いこそ治まったものの、まだ何かを恐れているようだった。
「イグアーツ陛下よ、ささやかな催しではあるが、どうぞ長旅による疲れを癒して頂きたい。――では、これより晩餐会を始める」
バクストン6世のその言葉より、晩餐の宴は本格的に幕を開けた。貴族たちは両陛下の着席を拍手しながら見守る。きらびやかな晩餐会の窓の向こう、星なき夜はまだ長い。




