第二章 両陛下、キャンディス城に着く
「どうしても、会場内にいなければならない理由があるのだな?」
ビクターは憮然とした表情のエヴァンに話しかけた。周りの同僚たちは誰を連絡係にするか話し合っているため、こちらに気を留めることはない。
「夕べ、私達に協力しろと言ったのは覚えている」
無断で単独行動するのは許さない、とビクターは暗に釘を刺した。
「……例の、協力者から任務を言い渡された」
エヴァンはちらりと周囲を一瞥すると、声をひそめて宰相クレメンスに依頼された内容を語り始めた。
聞き終えたビクターは僅かに動揺し、顎に手を当てた。
「その協力者の推測が正しかったとしても……無謀じゃないか。こっちの任務はどうする? とても両立できると思えんが……。皆には絶対バレるだろう」
「簡単なことだ、あのエルフがこう言えばいい。北側の警備は異状なし、とな」
「私達を一枚噛ませる気か」
ビクターは悩んだ。エヴァンの協力者に与えられた任務の主旨は、騎士としての本来の意義に反してはいない。ただ、事情を知らない第三者に理解を得られるかと問われると、厳しいところだ。おおかた職務放棄とみなされるだろう。
彼はムウ、と小さく唸ると、ようやく観念したように溜め息をついた。
「わかった。できるだけのことはやってみよう。ただし、他の者に見つかって追及された場合は、正直にお前の名前を出すからな。あまり目立ったことをするなよ」
ああ、とエヴァンは頷いた。ビクターはその灰色の目をじっと見つめる。
「くれぐれも無茶をするな。昨晩から疲れがとれていないのだろう? 目の下にクマができている」
「余計な世話だ」
自らの目の下を指さす同僚に対し、エヴァンは鬱陶しげにそう言い捨てた。
その二人の様子を、遠くからほんの一瞬だけ、マシューが見ていた。
晩餐会が催されるホールは、城の二階ぶんの広さがあり、ドーム型に覆われた天井には、巨大なシャンデリアが吊るされている。そのシャンデリアは煌々と、長卓に並べられた銀食器を照らした。赤い天鵞絨の絨毯は、金糸の刺繍で幾重にも国章の百合の花を施され、客人を今か今かと待ち構えている。
西日が翳る丘の向こうからキャンディス城を目指し、淀んだ茜色に染まった馬車の隊列がやってくる。夕闇の群像は砂埃を立て、蹄と車輪の音がけたたましく鳴り響く。馬車に掲げられた旗は、夕方の秋風になびいた。一つはベリロナイトの国旗。もう一つは青地に銀の狼の紋章、アルカネットの国旗だ。
「いよいよ狼のお出ましだ!」
城の塔で待機していた見張り番が、望遠鏡を覗きこみ、二か国の国旗を確認すると、手前にあった釣り鐘を叩き鳴らした。
ゴーン、ゴーン、という鐘の音を合図に、門番たちが石造りの堅牢な城門を開け放つ。風を切って次々と城門を潜る数台の馬車に、門番は敬礼しながら道を譲った。
2台の馬車が隊列の先頭へ飛び出し、本城へ続く石畳の道に止まる。
「両陛下のおなぁぁりィッ!」
門番が声を張り上げると、整列していた警備兵らは一斉に、右手の拳を45度で掲げ、左掌の甲を胸の前に示した。
最初に馬車から下りてくるのは、赤みがかった金髪を顎のあたりまで伸ばした初老の男性、ベリロナイトの国王バクストン6世だった。詰襟と袖口に、百合の紋章が刺繍された緋色の礼服を纏い、胸元には国家元首の勲章を飾り、背中にシャンパンゴールドのマントを羽織り、その佇まいは堂々していていた。
次の馬車から下りてきたのは、腰まで届く黒く長い髪に蓄えた顎ひげ、藍色の礼服を纏った人物――イグアーツ皇帝陛下だ。
周囲に緊張感が走る。かつて祖国を蹂躙した敵国アルカネットの皇帝、憎悪と恐怖の象徴が現れたのである。警備兵の多くは、敬礼のため掲げた拳をイグアーツの頬めがけて振り上げたいという衝動を堪えていた。
彼らの苦悩を知ってか知らずか、当のイグアーツは口端を歪ませ、嘲笑めいた底知れぬ表情を浮かべている。
「……貴殿を歓迎する。我が居城にようこそ」
バクストン6世がイグアーツに向き直ると、背中の金色のマントが翻った。その立ち姿は曇天の下にあってもなお、煌めいていた。その眩さに目が耐えられなかったのだろうか、イグアーツは深淵のような双眸を、剣の切っ先のように細める。
両脇を敬礼する兵士たちに挟まれながら、二人の君主は本城へ向かった。




