第三章 地下深くより現れし刺客Ⅱ
(あんなお化けみたいなモグラ初めて見た……。皆、大丈夫かしら……)
プリムローズは栗毛の馬マロンに乗って、森の中をどこまでも走り続けた。ビクターも馬に乗り、その後を追いながら、右肩に三叉槍を担いでいる。
「……ビクター、この森を真っ直ぐ進んでいいのですか!」
マロンを走らせながら、プリムローズは後ろを向いた。彼女のポニーテールに束ねた髪が横に引っ張られるように、向かい風になびく。
「はい! できるだけ遠くへ、走り続けてください!」
ビクターは風や蹄の音に掻き消されないよう、大声を張り上げると、右手で槍を高く掲げた。コバルトブルーの柄を強く握ると、水のマテリアが白く発光する。
(不幸中の幸いか、マテリアは十分に補給できた。これならば最悪の場合でも、最終奥儀を発動できるぞ……! とりあえず今は、プリムローズ様の結界を張ることに集中するべきだな)
彼は現在も、プリムローズに結界のマテリア術をかけ続けていた。彼女を安全な場所まで誘導するのが第一である。
だが森を進む途中で、何かを察したマロンが鼻を鳴らし、スピードをだんだん落としていく。
「マロン? どうしたの。走って、マロン!」
プリムローズが何度か足でマロンの胴を抑えたが、とうとう立ち止まってしまった。この馬が主人の指示を無視して、急に止まることなど滅多になかった。
「……わかったわ、下りる」
王女はマロンが何らかの理由があって立ち止まったのだと判断し、鞍から下りた。
「プリムローズ様ッ?」
後ろを走っていたビクターも、自分の馬を止めさせた。
「マロンが、ここから先へ進みたがらないのです。何かよくないものがあるのかもしれません」
プリムローズはそう言いながら、マロンの頬を撫でる。栗毛の馬はパチパチと瞬きを繰り返して、いつもより落ち着きのない様子であった。
「よくないもの……」
ビクターは怪訝な顔をして、黒鹿毛の馬から下りると、腰を低めて地面に手を当てた。目を瞑って集中すると、地中深くに水のマテリア反応があることに気が付く。湖から続いている地下水脈だ。この水脈を通して、ビクターは周辺の地下を調べることにした。
そしてしばらく探っているうちに、強烈な違和感を覚えた。
(……やたらにでかい気配を感じる。湖からこんな離れた場所まですぐに移動してきたというのか!)
「どうかお下がりください」
色黒の騎士は、馬を宥めていた王女の数歩前に立ち、三叉槍を構える。黒縁眼鏡越しの目つきは鋭く、剃り込んだ左のこめかみから顎へと、一筋の汗が流れた。来たる魔獣の襲撃に備える。
次の瞬間、またもやゴゴゴゴと地鳴りが鳴り響き、地面を大きく揺さぶった。
「きゃあ!」
プリムローズは地に伏せて、ダンゴムシの如く身体を丸めると、両腕で頭を庇う。
「クッ!」
ビクターは槍を構えたまま、両足で踏ん張った。敵が姿を現したとき、先手を打つつもりである。
稲妻のような地割れがいくつも生じ、地面が一気に大木のように盛り上がる。
「ハアッ!」
ゴロゴロと大きな土くれや石ころが降り注ぐのを、ビクターは槍を振り回しながらかわす。プリムローズにも土砂が落下しかけたが、彼女の頭上にパッと、円形の白い光の障壁ができて、弾き返した。
地を裂いて二人の前に立ちはだかるのは、やはり巨大モグラの魔獣だった。鼻先についた大きな赤い触手がもぞもぞと蠢いている。
プリムローズは地に伏せたまま、恐る恐る顔を上げ、数メートル先にいるのに視界を覆うほど大きい魔獣を凝視する。
「近くで見ると、いっそう不気味ね……」
「危険ですので、もう少しお下がりください。私の背中が小さく見えるところまで」
ビクターは彼女へ少し振り向くと、そう忠告する。
「わかりました! ……どうかお気を付けて!」
プリムローズはマロンに飛び乗って、もと来た道へ逃げ去った。
(結構あっさり逃げてくれるな……いや、それでいいのだが)
彼女のしたたかさに苦笑しつつ、ビクターは向き直ると、肩幅ほど両足を広げ、手にした槍の穂先を巨大モグラへ掲げた。
「邪を貫く龍の爪――水刃の槍!」
三叉に分かれた穂先は渦を巻き、シュゴオオオオ! と大量の鉄砲水をモグラへと放出した。
「ジギィィィィィィ!」
巨大モグラは甲高い鳴き声を上げながら、胴体へ当てられた水圧に押されそうになっていた。そうかと思えば突然、鋭い爪で手当たり次第に身の回りの地面を掘り上げて、土の中へ素早く潜り込む。
モグラの撒き散らかした土砂が、水を含んで重くなり、ビクターへ降り注ごうとしたのを、彼はとっさに避ける。危うく生き埋めになるところだった。
「やはり土のものとは相性が悪いな!」
ビクターは眉間に皺を寄せて溜め息をついた。
すると巨大モグラは今度、掘った穴から上半身を乗り出し、格闘技のフック技のように5本の爪を下から突き上げて、ビクターに襲いかかる。
「オオウッ!」
ビクターは一歩下がりながら、爪の攻撃を回避する。額から汗が飛び散った。
(モグラは本来、真っ暗闇の土の中に生息しているから、目が退化した生物のはず。何故、これほど的確に俺を狙える?)
彼は、この魔獣を見れば真っ先に目につく、鼻先の赤い触手が怪しいと踏んだ。あれで敵を感知しているのではないか、と。そう思いつくと、水刃の槍を思い切り強く、シュドドドドド! と魔獣の鼻へ噴出する。
だが、巨大モグラはイソギンチャクのように広げた触手で、なんと怒涛の勢いで放たれた鉄砲水を弾き返していた。触手の一本一本が、うねうねと水を掻き分けている。
「あんな大量の水まで防いでしまうの!」
遠くまで避難したプリムローズは、マロンに乗ったまま戦いの様子を見守り、巨大モグラの異様なタフネスに恐れおののいた。
巨大モグラに接近しようとしても、地中へ潜り込んで反撃される。視覚を補っているであろう、顔の中央に咲いた真っ赤な花のような触手は、攻撃されてもびくともしない。
(あの触手なんとかできないかしら……! 攻撃以外の方法で何らかの刺激を与えて、鈍くさせるとか……)
彼女が冷や汗をかきながら、手綱をギュっと握りしめていると、背後からマシューたち3人の騎士が馬に乗ってやってきた。
「プリムローズ様、ご無事で」
エヴァンが近づきながら話しかけるのを、プリムローズは振り向きざまに遮った。
「あの、何か匂いの強いものとか、粉末状のものを持っていませんか?」




